日本弁護士連合会で「障害者差別禁止法案」を作成した主要な弁護士(障害と人権全国弁護士ネット有志)が千葉県の条例について声明文を発表しました。詳細に条例案を詳細に分析したうえで、「早期制定を要請する」とうたっています。以下は声明文の全文です。
声明文
私たちは、千葉県が発表した※「障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例(仮称)」要綱案(以下「本要綱案」という。)について、以下のような法的見解をもつことを示し、もって、本要綱案に沿った条例が早期に制定されることを要請するものである。
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先に制定された鳥取県人権侵害救済推進及び手続に関する条例(以下「鳥取県条例」という。)に対しては、平成17年11月2日付で日本弁護士連合会会長声明が出されているところである。
同声明で指摘されている鳥取県条例の問題点については、以下の理由により本要綱案では必ずしも問題にならないものと思料する。
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まず、鳥取県条例における「人権侵害救済推進委員会」に対応する千葉県の「障害差別解消委員会」は、行政からの独立性が不十分であるという同じ批判があたることは確かである。
しかし、独立行政委員会は法律を根拠にしてしか設置できず、条例では知事の付属機関としての委員会しか設置できないとの見解が、行政庁や法学者の間で一致した見解となっているところである。そうすると、国家機関としての人権救済機関の設立の議論における場合と同様の機構上の独立性の保障が絶対的に必要と考えると、およそ条例レベルの人権問題や差別を救済する機関は一切許されないことになってしまう。しかし、もともと独立性が要求された理由は、主に@対国家をはじめとする行政機関の人権侵害に対しての実効性ある人権救済のために必要、A私人間の人権問題に機関が介入してきた場合の濫用を防止するために必要、という2点にある。特に鳥取県条例においてはこのうちAの関連から強く問題点が指摘されたにとどまるものであり、想定される人権救済機関の機能・権限によって要求される独立性の程度は異なるというべきである。
従って、本要綱案でも機能・権限についての限定がなされており、濫用を防止するための規定上・運用上の方策が十分に工夫されているのであれば、私人間においても現実に差別に苦しみ救済を求めている者が多数存在する以上、独立性が不十分であることによって設置が許されないとの結論をとるべきではない。
そして、これらの規定上・運用上の方策としては、例えば、条例において差別の定義を可能な範囲で具体的に規定することで委員会の権限に覊束性を持たせること、罰則を課す等の強い権限を委員会に与えないこと、委員選任過程において透明性と公平性・中立性を確保すること、等の方策が考えられるのである。
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次に、鳥取県条例で指摘される人権概念の曖昧性については、本要綱案においては、差別の具体的中身が定められることにより、払拭されているものと考える。
また、本要綱案では、鳥取県条例とは異なり差別的表現を規制の対象としていないが、このように表現の自由を直接に規制する条項を含まないことと相まって、表現の自由を侵害し表現活動を萎縮させるおそれはないといえる。
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さらに、鳥取県条例に対する「救済対象とされる人権侵害が限定列挙されており、その範囲が極めて狭い」との批判は、本要綱案においては全くあたらない。なぜなら本要綱案では、生活分野を広く網羅すべく、福祉サービス、医療、労働者の雇用、教育等8分野を挙げて具体的な差別の定義をおいているからである。
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最後に、公権力による人権侵害に対する救済が、極めて不十分であるとの批判については、本要綱案においても、関係行政機関の長による調査拒否が認められていることからあてはまるといえる。しかしながら、例えば地方公共団体が対国家機関との関係でどの程度の権限を保有できるかについては理論的限界もあり得るのであり、そもそもすべての侵害対象に対する救済を一つの条例による地方機関でなしうるという考え方も極論といえるものであって、公権力による人権侵害に対する救済を論じるにあたっては国家機関と地方機関との任務分担の視点が不可欠である。本要綱案は、同時に、関係行政機関が、障害のある人に対する理解を広げ、差別をなくすための必要な措置を講ずるよう努める旨の定めもおいており、地方機関としてなしうる救済への配慮はされているといえよう。
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さらに念のため、鳥取県弁護士会会長声明により指摘される罰則の問題性について検討すると、本要綱案では守秘義務違反に対するもの以外、罰則規定をおいていないことから、批判はあたらない。
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上記様々な問題点は全てが克服されているわけではないが、私たちはなお、本要綱案の意義を高く評価するものである。
なぜなら第一に、世界40カ国以上で障害のある人に対する差別禁止法制が整備されている現在、日本で差別禁止法に先駆けて、自治体の差別禁止条例が制定されることにより、差別禁止法制定への動きが促進されることが大きく期待されるからである。
第二に、障害のある人の人権救済において、国レベルと自治体レベルで異なる役割を分け持ち、自治体においてはより地域密着型の細やかな人権救済プロセスを機能させることが望まれるからである。この点本要綱案は、障害当事者らによって構成される推進会議の設置、地域相談員による相談業務、指定機関による相談・調査・広報啓発活動などを定め、まさに地域密着型の問題解決・差別解消を図ろうとする意図が窺える。
第三に、一自治体における条例であり、裁判規範性までは持たないといっても、初めて法規において障害のある人に対する差別の具体的中身を定めることにより、全国に対し絶大な差別予防効果、啓発効果を発揮するものと期待されるからである。
第四に、国連を舞台に2002年から開始された障害者の権利条約の審議も第7回の審議を終え、早くて今年の秋の国連総会、遅れても来年の総会で採択される見込みである。この権利条約は、障害者に対する差別を無くすことを大きな課題として策定されているものであり、この条約の締約国は、国内での差別を無くす措置を講じることが求められるところであるが、千葉県の条例は、まさに、この条約を地方レベルで実施するものと言えるのである。この条約に関しては、日本政府としても、ニューヨークで行われた第58回国連総会における一般討論演説において、川口外務大臣が、数々の重要外交議題と並び、障害者権利条約の策定に向けて積極的に取り組んでいく旨を明言している次第である。
以上から、冒頭の結論に至る。
2006年2月8日
障害と人権全国弁護士ネット 弁護士有志
弁護士 竹 下 義 樹(代表)
同 池 田 直 樹
同 市 川 正 司
同 大 石 剛一郎
同 大 谷 恭 子
同 大田原 俊 輔
同 黒 岩 海 映
同 黒 嵜 隆
同 児 玉 勇 二
同 田 口 哲 朗
同 田 門 浩
同 千 木 良 正
同 西 村 武 彦
同 野 村 茂 樹
同 東 俊 裕
同 宮 田 桂 子
同 村 越 進
同 山 田 裕 明
※声明発表当時は「千葉県障害のある人に対する理解を広げ、差別をなくす条例案」でしたが、その後条例案の名称が変わったので、弁護士ネットの了解を得て現在の名称にしました。