●第一章 子宮頸がんワクチンに見る利益相反 ◆その1 検討委員は誰の味方? 江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授/元NHK記者 隈本邦彦  HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)について、厚生労働省の検討会は二〇一四年一月二〇日、「接種後に起きる痛みや歩行障害などの副作用は心因性のものに過ぎない」という見解をまとめました。かなり強引に。  では、検討会メンバーは、ワクチンを製造販売している二つの製薬会社、グラクソスミスクライン(GSK)社やMSD社と、どんなつながりがあるのでしょうか?  この検討会は、去年五月から、厚生科学審議会副反応検討部会と薬事・食品衛生審議会安全対策調査会の合同で開催されています。  その第一回検討会の冒頭、報道カメラが退出した後に、厚労省の担当者は、委員から申告された二社からの金銭受領状況を読み上げました。  次ページに各委員の受取金額一覧表を掲載しましたが、なんと出席した委員十四人のうち半数の七人が、当該ワクチンメーカーから金銭を受け取っている人たちでした。特に園部委員と五十嵐委員は、受取金額が五〇万円を超えていたため、審議には加われるが議決には加われないという制限付きで参加することになっていました。これでワクチンの副作用についてほんとうに公正な判断が行われるのか、誰だって疑問を持ちますよね。  さらに、この自己申告でさえ極めていい加減であったことが、その後の検討会で次々とあきらかになりました。検討会のたびに委員の受け取り金額がどんどん増えていくのです。最新のデータとの比較を次ページ一覧表の右欄に載せました。  第一回で一切「受け取っていない」と自己申告していた稲松委員、熊田委員が、その後、実は五〇万円以下の金銭を受け取っていたこと、またMSDから「受け取っていない」としていた多屋委員が実際には受け取っていたことを明らかにしました。また岡田委員と五十嵐委員のMSD、GSKからのそれぞれの受取金額は、最初の申告の五〇万円以下から、五〇万円超五〇〇万円以下に増えています。  驚くべきことです。この五人については、最初の申告が虚偽だったか(単純ミスだったと言い訳するかもしれませんが)、あるいはこの問題の審議中に新たに金銭を受け取ったか、そのいずれかとしか考えられないわけです。  いずれにしても、利益相反の正確な申告ができないか、審議中に製薬会社から金を受け取るような人たちは、委員の適性を欠いているといわざるを得ません。少なくとも彼らが出した結論に国民が納得することはないでしょう。 ★表 HPVワクチンの副作用の検討委員たちの利益相反(2013年5月現在と2014年1月現在の比較) 直近3年度のうち最も受取額の多い年度の受取額。 年間500万円を超える場合は、その専門家は「審議に加わらない」 年間500万円以下の場合は「審議には参加できるが、議決に加わらない」 年間50万円以下の場合は「審議にも議決にも加わることができる」 ★副反応検討部会 稲松 孝思 委員 都健康長寿医療センター顧問 2013年5月現在 受け取っていない 2014年1月現在 MSDから50万円以下 岡田 賢司 委員 福岡歯科大学教授 2013年5月現在 GSKから50万円以下 MSDから50万円以下 2014年1月現在 GSKから50万円以下 MSDから50万円超500万円以下 岡部 信彦 委員 川崎市健康安全研究所長 2013年5月現在 GSKから50万円以下 MSDから50万円以下 2014年1月現在 GSKから50万円以下 MSDから50万円以下 熊田 聡子 委員 都立神経病院神経小児科医長 2013年5月現在 受け取っていない 2014年1月現在 GSKから50万円以下 倉根 一郎 委員 国立感染症研究所副所長 2013年5月現在 受け取っていない 2014年1月現在 受け取っていない 薗部 友良 委員 育良クリニック小児科顧問 2013年5月現在 MSDから50万円超500万円以下 2014年1月現在 MSDから50万円超500万円以下 多屋 馨子 委員 国立感染症研究所 感染症疫学センター第三室長 2013年5月現在 GSKから50万円以下 2014年1月現在 GSKから50万円以下 MSDから50万円以下 永井 英明 委員 国立病院機構東京病院 外来診療部長 2013年5月現在 MSDから50万円以下 2014年1月現在 欠席 道永 麻里 委員 日本医師会常任理事 2013年5月現在 受け取っていない 2014年1月現在 受け取っていない 桃井 眞里子 委員 国際医療福祉大学副学長 2013年5月現在 受け取っていない 2014年1月現在 受け取っていない 安全対策調査会 五十嵐 隆 委員 国立成育医療研究センター総長 2013年5月現在 GSKから50万円以下 MSDから50万円超500万円以下 2014年1月現在 GSKから50万円超500万円以下 MSDから50万円超500万円以下 遠藤 一司 委員 明治薬科大学教授 2013年5月現在 受け取っていない 2014年1月現在 受け取っていない 大野 泰雄 委員 国立医薬品食品衛生研究所 客員研究員 2013年5月現在 受け取っていない 2014年1月現在 受け取っていない 柿崎 暁 委員 群馬大学医学部附属病院 2013年5月現在 MSDから50万円以下 2014年1月現在 MSDから50万円以下 望月 真弓 委員 慶應義塾大学薬学部教授 2013年5月現在 未就任 2014年1月現在 MSDから50万円以下 ---------------------------------------------------------------------------------------------- ◆その2 「専門家会議」の利益相反 ジャーナリスト 鳥集 徹  ご存じのとおり、いわゆる「子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)」をめぐっては、接種後に継続的な痛みや発熱、関節の腫れ、運動障害、記憶障害などの副反応を訴える人が相次ぎ、大きな問題となっています。  現在、日本ではグラクソ・スミスクライン(GSK)社の「サーバリックス」とMSD社の「ガーダシル」の二種類が発売されています。昨年末の厚生労働省の資料によると、発売から昨年九月末までに両ワクチン合わせて二三二〇件の副反応が報告され、うち医師が重篤と判断したものは五三八件にのぼっているそうです(企業からの報告と医療機関からの報告の合計)。  こうした事態を受けて、国は昨年六月の「厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会」で、このワクチンの「定期接種」(予防接種法に基づき、行政が積極的に接種を推奨すること)を一時見合わせることに決めました。小学六年生から高校一年生までの女子を対象に接種することが決まってから、わずか七十五日目のことでした。現在も、定期接種を継続するかどうか、国は検討を続けています。  子宮頸がんは、検診をしっかりと受ければ予防が可能です。にもかかわらず、毎年約三百億円という莫大な税金を投じ、副反応のリスクを冒してまで、中高生の女子全員にワクチンを打たせる意味があるのか、各方面から疑問の声が上がっています。  ところが、産婦人科の偉い方々は、どうしてもワクチンを打たせたいようなのです。今年一月二十日、日本産科婦人科学会など関連四団体は「子宮頸がん予防HPVワクチン接種の接種勧奨差控えの状況について」と題する声明文を公表しました。そこには、こう書かれています。「接種勧奨が一刻も早く再開されることを強く希望する」。 どうして、これほどワクチン接種にこだわるのでしょうか。その裏を見ると、どうしてもワクチン会社の影がちらついてしまうのです。  声明文にも名を連ねていますが、このワクチンの普及活動を担ってきたのが、「子宮頸がん制圧をめざす専門家会議」(議長・野田起一郎近畿大学前学長)という団体でした。産婦人科や小児科の医学部教授、ワクチン研究者、がん検診関係者など四十八名が役員に名を連ねており、〇八年十一月の設立以来、厚労大臣への提言、国会議員、地方議員、行政担当者への働きかけ、市民講座などの活動を展開してきました。  ただ、この団体は「専門家会議」と称しながら、実はとてもワクチン会社と関係が深いのです。この団体には、ワクチン会社から多額の資金が提供されています。各会社のホームページに公開されている資料によると、二〇一二年度はGSK社から一五〇〇万円、MSD社から二〇〇〇万円もの寄付金が拠出されていました。  専門家会議の事務局には、GSK社のワクチンマーケティング部の元部長も在籍しています。昨年、筆者は「週刊文春」の取材班の一員として、この問題を取材しました。その際に得た関係者の証言によると、専門家会議のミーティングには、ワクチン会社の社員がいつも同席していたそうです(二〇一三年六月二十七日付週刊文春「子宮頸がんワクチン推進の急先鋒・松あきら公明党副代表夫と製薬会社の蜜月」)。  そもそも、専門家会議の事務局は「朝日エル」という広告会社の中に置かれています。ワクチンメーカーがお金と人を出し、広告会社が普及キャンペーンを企画・運営する──それが、「専門家会議」の実態なのです。  そして、専門家会議の実行委員長として、このキャンペーンの旗振り役を果たしてきた自治医科大学附属さいたま医療センター産婦人科教授・今野良医師も、ワクチン会社と無視できない関わりがあります。二〇一〇年、婦人科がん専門誌にこのワクチンの日本での費用対効果について検討した論文が掲載されました。五人の共著者のうち、筆頭著者が今野医師なのですが、そこにはこう書かれています。 「この研究は日本GSKの補助金に支援された。今野良は日本GSK、日本メルク(現MSD)、日本キアジェンより研究費や旅費、講習会や専門会議の謝礼金を受領した。彼はGSKバイオロジカルズの顧問・専門家委員会の一員である」  GSKバイオロジカルズはGSKのワクチン部門で、同論文の共著者の二人が同社の人間です。つまり、ワクチン会社のお金と人が関わった論文が、ワクチンの有効性や公費助成の必要性を示す論拠の一つとなり、なんと厚労省の資料にまで引用されているのです。 取材班がワクチンメーカーから供与された金額について質問したところ、今野医師も自治医大も回答を拒否しました。しかし、ホームページに公開された情報によると、二〇一二年度にGSK社は一〇〇万円を同医師の教室に寄付しています。もちろん、専門家会議の役員でワクチンメーカーから利益供与を受けているのは、今野医師一人ではありません。  昨年来、高血圧薬の「ディオバン」(ノバルティスファーマ社)、同「ブロプレス」(武田薬品)、白血病薬「タシグナ」(ノバルティスファーマ社)など、臨床試験をめぐる不正疑惑が相次いで発覚しました(いずれも商品名)。  製薬会社がお金と人を出し、「専門家」の名を借りて薬の販促に利用する──子宮頸がんワクチンの問題の背後に、ディオバン事件と同様の構図があると思うのは筆者だけでしょうか。 ----------------------------------------------------------------------------------------------- ◆その3 政治家は、こう動く ジャーナリスト 鳥集 徹  二〇〇九年十月、グラクソ・グラクソ・スミスクライン(GSK)社の「サーバリックス」が、日本で初めての子宮頸がんワクチンとして、国から承認を受けました(MSD社「ガーダシルの承認は一一年七月」。  その直後から、「しきゅうのお知らせ」と銘打った、テレビ、新聞、雑誌、インターネットなど使った大々的な普及キャンペーンが展開されたことを覚えておられる方も多いことでしょう。  しかし、このワクチンは三回の接種が必要とされ、合計で約五万円の費用がかかります。そこで、「子宮頸がん制圧をめざす専門家会議」などの推進派は、次のステップとして公費助成を求めるキャンペーンを展開しました。  その結果、翌一〇年度には早くも国と自治体で費用負担をする緊急促進事業がスタート。さらに、〇三年四月には予防接種法が改正され、年間約三百億円の地方交付税を充てて、小学六年生から高校一年生の女子を対象に、原則無料で定期接種されることになったのです。このように、あれよあれよと言う間に定期接種となった子宮頸がんワクチンですが、その快進撃は、政治家の後押しなしにありえませんでした。  国会で子宮頸がんワクチン普及の旗振り役となった一人が、引退した公明党の松あきら前参議院議員です。松前議員の動きはGSK社がサーバリックスを日本で承認申請した直後に始まり、このワクチンの推進を強力に推し進める発言を国会で繰り返しています。  たとえば、〇八年二月にはワクチンの早期承認、接種への助成を当時の舛添要一厚労省に求めています。また、承認四ヵ月前の〇九年六月の参議院決算委員会では、このワクチンをこうアピールしていました。 「菌はこれは投与するわけじゃないんですね。ですから、ほとんど副作用がないんです」  何がなんでも副作用はないことにしたかったのでしょう。一〇年八月の参議院予算委員会では、「一定程度の副作用があることを伝えるべき」と述べた長妻昭厚労相にこうかみついています。 「一体何を指して一定程度の副作用があるとおっしゃっているのか」  さらに、十一年九月の参議院予算委員会でも、小宮山洋子厚労相にこのワクチンの定期接種化を迫りました。 「私がここへ出てきますと、子宮頸がんワクチンのことをやらないわけにはいきません。またかと思われても何度も」  しかし、松前議員の「信念」とは裏腹に、ワクチン承認を審査する厚労省薬事・食品衛生審議会では当初から、一部の委員から早期の承認や安全性に疑問を呈する声があがっていました。また、承認後の同省検討会でも「失神がこんなに多い予防接種は見たことがない」という声があったのです。  にもかかわらず、松前議員がこれほど熱心にこのワクチンを推したのはなぜなのでしょうか。その裏には、やはり製薬会社の影がちらつくのです。  実は、「松前議員が熱心なのは、夫がGSK社の顧問弁護士だから」という話が、当時から永田町や厚労省の間では言われていました。  週刊文春の取材に対し、松前議員の夫である西川知雄弁護士は「守秘義務があるので回答致しかねる」と答えました。しかし、西川弁護士の国際法律事務所は、〇九年の新型インフルエンザ騒動でGSK社製などの海外ワクチンを大量に輸入した際、それに必要な法律の成立に関わっていました。また西川弁護士は、GSK英国本社の上席副社長ダン・トロイ氏とともに、同じ国際法律事務所で一緒に活躍していた過去もあります。  この西川弁護士から、松前議員は自身の政治団体や代表を勤める政党支部に、十八年間で約一億四千万円の政治献金を受け取っていました(政治資金収支報告書より)。松氏は文春の取材に、 「夫の仕事内容については承知しておりません。従って私の仕事に影響を与えるようなことはございません」  と回答していますが、これだけの献金を受け取っていて、夫が政治活動とは関係ないと言うのは、無理があるのではないでしょうか。少なくとも、夫がGSK社と近い立場にあるならば、李下に冠を正さず、国会議員として同社の利益誘導になるような答弁を繰り返すべきではありません。  このように、製薬会社と医師だけでなく、製薬会社と推進派の政治家との間にも利益相反、すなわち癒着を疑わせる状況があるのです。  もちろん、ワクチンを後押しした政治家は松前議員だけではありません。製薬会社はその資金力にものを言わせ、国会周辺で影響を強めていきました。  政府にワクチン承認と助成金拠出を働きかけるのに、「新日本パブリック・アフェアーズ(新PA)社」というロビイング会社が暗躍したと言われています。経済ジャーナリスト(元日本経済新聞編集委員)の磯山友幸氏によると、同社は与野党の厚生族議員に議員連盟の設立を働きかけたり、GSK社の社員と一緒に各議員の事務所を訪れたりして、このワクチンの重要性を説いて回ったそうです(二〇一一年八月二十四日付現代ビジネス「国際会計基準IFRS反対派"逆転勝利"の裏側で動いていた『日本版ロビイスト』」)。  国民の生命や財産を守るのが、本来の国会議員の仕事のはずです。このワクチンが「副作用はない」と言い切れるものだったのか、松元議員をはじめとする推進派の議員たちは、きちんと検証して発言したのでしょうか。 ------------------------------------------------------------------------------------------- ◆その4 宣伝に貢献したジャーナリズム ジャーナリスト 鳥集 徹  「利益相反」というと、医師と製薬会社との関係ばかり思い浮かべるかもしれません。しかし、製薬会社とジャーナリズムの間にも、利益相反という言葉で表すのがふさわしい状況が生まれることがあります。  ワクチンメーカーが資金提供している「子宮頸がん制圧をめざす専門家会議」のホームページに、「EUROGIN 2010&2010 WACC Forum参加・取材ツアー」の活動報告が掲載されています。モナコで開催された世界最大の子宮頸がん学会・国際会議に参加する企画で、四日間にわたり情報収集や啓発団体との交流を図ったそうです。  このツアーには、子宮頸がん啓発団体、メディア関係者、細胞検査士、行政職員十二名が参加したと書かれています。なかでも注目したいのがメディア関係者。フリーの医療ジャーナリストやライター三名に加え、毎日新聞科学環境部記者も参加しています。  さて、決して安くないであろうモナコまでの旅費ですが、そのお金は一体どこから出たのでしょうか。   専門家会議のホームページに、二〇一二年にプラハで開かれた同じ学会・会議へのツアー参加者募集告知が掲載されています。それによると、 「成田〜プラハ往復航空(エコノミー)運賃、現地宿泊費(朝食付)、学会参加費は、主催者で負担いたします」  とありますから、当然、モナコでの会議の費用も専門家会議から出たのでしょう。このツアーの報告書を読むと、学会・会議のセッション参加だけでなく、協力企業(万有製薬、GSK,キアゲン)によるワークショップ、それにカクテルパーティーやオフィシャルディナーまであったそうです。  これだけのお金を出すわけですから、スポンサーはメディア関係者に当然、記事を書くことを期待します。そしてメディア関係者もがんばって、それに応えようとするでしょう。  事実、このツアーに参加した医療ジャーナリストの一人が「がんナビ」という日経BP社が運営する医療サイトに、モナコでの取材をもとに、子宮頸がんワクチン普及と公費助成の課題をテーマにしたレポートを書いています。また、このジャーナリストは同ワクチンの副反応が問題となった昨年七月にも、その対応を訴えつつ「有効性、必要性はある」とする記事を「AERA」(朝日新聞出版)に書いています。  そして、それらの記事中にはいずれも、ワクチンメーカーから資金提供を受けている自治医科大学附属さいたま医療センター産婦人科教授・今野良医師のコメントが使われています。  つまり、このジャーナリストが書いた記事は、ワクチンを持ち上げる「ちょうちん記事」あるいは「ステルスマーケティング(消費者に宣伝と気づかれないよう宣伝する行為)」に加担したと批判されて、仕方がないものになっているのです。  そうした利益相反が疑われる状況を隠して記事を書くのは、ジャーナリストとしてフェアと言えないでしょう。近年の医学論文投稿のルールにならって、ジャーナリストも当該の問題について書く場合には、利益相反を開示するルールをつくるべきかもしれません。  筆者は約三十年前、同志社大学の新聞学専攻というところに入ったのですが、その当時はスポンサー企業の圧力から、いかにジャーナリズムの批判精神を守るのかが盛んに議論されていました。しかし、毎日新聞の記者までがこのお抱えツアーに参加しているように、そうしたジャーナリズムの原則論に対する意識は、メディア全体に薄くなっていると実感しています。  とくに、製薬会社が大きなスポンサーとなっている医療分野では、その意識が非常に低いと感じます。たとえば新聞、雑誌、テレビの医療記者や、フリーの医療ジャーナリスト、ライターのもとには、製薬会社や医療機器メーカーなどから頻繁に、記者発表会やメディアセミナーなどのお知らせが来ます。そのような催しに参加すると、資料とともにボールペンやメモ帳などのグッズが配付され、ときにはお昼に豪華弁当が出されることがあります。筆者も正直に告白しますが、一度、弁当を食べてしまったことがあります。  また、大手出版社の編集部に出入りしていると、社員編集者から暗に広告主に配慮した記事を書くように求められることがあります。筆者自身、医療の利益相反をテーマにした記事を書いたら、広告との関係で掲載が延ばされた経験を持っています。このように医師だけでなくメディアにも、製薬会社との利益相反が明らかにあるのです。 もう一つ、医療ジャーナリズムに関して、指摘しておきたいことがあります。それは、医師とジャーナリストとの利益相反です。ジャーナリストのほとんどは、医学の専門教育を受けているわけではありません。ですから、取材には医学の知識がある医師の協力が不可欠です。とくに、医学部教授や有名病院の部長など、肩書きがある医師のコメントが必要とされます。つまり、医療ジャーナリズムは最初から、医師を批判しにくい環境にあるのです。  しかし、圧倒的に知識・経験のある医師は患者に対して、やろうと思えばいつでも生命・財産・権利を奪える「権力者」の立場にあります。権力に対する監視役であるはずのジャーナリズムは医療に対しても、つねに厳しい目を向けねばならないはず。ですが、それができているでしょうか。子宮頸がんワクチンの問題は、医療ジャーナリズムのあり方も問うているのです。 ----------------------------------------------------------------------------------------- ◆その5 WHO(世界保健機関)、あなたまで! ジャーナリスト 太田 美智子  「世界保健機関(WHO)が子宮頸がんワクチンの接種を推奨しています」  厚生労働省、推進派の医師団体、製薬企業らは、いわゆる子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)の有効性と安全性を示す有力な根拠の一つとして、WHOのお墨付きがあることを強調しています。しかし、WHOもまた製薬企業などからの多額の寄付に頼っているため、その公共性と公益性をいかに保つかが問われています。 ★寄付頼みの財政  WHOの主な財源は、一九五の加盟国と準加盟国が出し合う分担金と任意の寄付ですが、分担金は予算全体の二割しかありません(下図)。  二〇一〇年と一一年の二年間では、総予算四九四五億円のうち、三四五二億円はお金や医薬品(現物)などの寄付によるものでした@ 。寄付金の五割は加盟国、二割は国連機関などが提供していますが、民間からの寄付と同様、大半は提供者が使い道を指定しています。  WHOは年次総会で、分担金額に関わらず各加盟国が一票ずつ投票権を行使して事業計画や政策を決定します。しかし、なにしろ予算のほとんどが使い道を指定された寄付ですから、総会で決めた通りに事業を遂行することが難しくなっています。つまり、国際保健の優先課題を見極め、課題解決に率先して取り組むべきWHOが財源理由で身動きがとれず、寄付者の利益(interest)に沿った事業の遂行機関になりかねない状況なのです。  マーガレット・チャン事務局長は一〇年一月、非公式の諮問会議を開き、財源問題によるWHOの危機を訴えました。しかし、豊富な資金力を持つ寄付者の影響を排するのは容易ではなさそうです。 ★国家の分担金を上回る企業の寄付  一年間の分担金が数十万〜数百万円という低所得の加盟国も珍しくありません。未払いの国もあります。  一方、製薬企業による寄付はとても高額です。  なかでもHPVワクチンのサーバリックスを製造販売する英グラクソ・スミスクライン社は群を抜いていました。一〇〜一一年に一億三三〇〇万円の金銭と八〇億八四〇〇万円相当のワクチンなど現物を寄付しています A。ガーダシルを製造販売する米メルク社(日本では子会社のMSD)も、計二億四六〇〇万円相当のお金と現物を寄付しています。この二社による寄付だけで、同期間のWHOの全予算の一・七%を占めました。  これは、加盟国分担金額が第三位のドイツの二年分(七八億六二〇〇万円)を上回る額です。ちなみに、日本は第二位(一〇年 七八億七六〇〇万円、一一年 五九億三六〇〇万円)、第一位は米国(両年ともに一一一億五九〇〇万円)でしたB 。 ★世界的なワクチン推進の波の中で  寄付金額が最も多かったのはビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団の四五五億八〇〇万円でした。次いで、国際ロータリー、国連開発計画で、四番目がGAVI(Global Alliance for Vaccines and Immunization)の一〇〇億八〇〇〇万円となっています。  ワクチン好きを公言しているビル・ゲイツ氏が設立したゲイツ財団は、最貧国へのワクチン供給や新しいワクチンの研究開発など、ワクチンに関する世界のさまざまな取り組みに関与しています。GAVIはユニセフ、WHO、世界銀行、ゲイツ財団を常任理事とし、世界の最貧国にHPVワクチンなどの新しいワクチンを供給するため、資金調達や市場形成などを行っている団体です。  他にも、七億九〇〇〇万円を寄付したPATH(Program for Appropriate Technology in Health)など、アフリカ・アジアや中南米の低所得国へのHPVワクチン導入に取り組む組織もあります。つまり、製薬企業だけでなく、世界でワクチンの開発や接種を推進している様々な組織がHPVワクチンを後押しし、さらにWHOに多額の寄付を行っているのです。  また、ガーダシルとサーバリックスは〇九年、WHOが最貧国に供給すべき有効で安全な薬に認定する「事前認定」を受け、GAVIを通じて通常の二〇分の一以下の価格で提供されています。  子宮頸がんによる世界の死者数の八五%は低所得国の女性と言われていますから、一見、よいことのように思えます。しかし、WHOと寄付者との持ちつ持たれつの関係が深まる中で、果たして寄付者に不適切な優遇はないのか、副作用などの問題に迅速に公正な対応ができるのか、疑問があります。 図 円グラフ 世界保健機関の財源(2010〜2011年度) 加盟国(195ヵ国の負担金) 19% 964億円 寄付(金銭) 60% 2957億円 寄付(医薬品などの現物) 10% 495億円 その他 11% 529億円 注釈 @)WHOの予算は二年ごとに決定される。文中の金額はすべて1ドル=102円換算。Document A65/29. WHO A)Document A65/29 Add.1. WHO  B)Document A65/30. WHO  ---------------------------------------------------------------------------------------------- ◆その6 ロビイストはこう暗躍する ジャーナリスト 野中 大樹  ロビイストもしくはロビー活動というものは、およそ映画の世界のことだと、それまでは思っていました。  だから、子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)が定期接種化される過程でロビイストが介在していたという話を初めて耳にしたとき、ロビイストとはいったいどういう人種なのか。どんな人が、どういった動き・仕事をしてみせるのか、記者として、興味関心が沸きたったのを覚えています。  すぐに取材をはじめました。HPVワクチンの承認、定期接種化にむけて重要な役割を果たしたと思われる国会議員らに、ロビイストとの接触があったかどうか、あったとしたら、そこでどんな話を聞き、どう行動に移したのか、尋ねてまわったのです。しかし、なかなか手応えは得られませんでした。  民主党政権時代の厚労政務三役経験者ですら、「そういえばあの会合に、その方(ロビイスト)いたなあ」「たしかにあの勉強会の席にいたのは覚えている。だけどあの方、そんなに力を持っているの?」といった程度なのです。  グラクソ・スミスクライン(GSK)社製のサーバリックス、MSD社のガータシルの販売が承認されたとき、厚生労働大臣だった長妻昭議員は、ロビイストの存在すら知らないようでした。  ふたつのことが見えてきました。ひとつは、ロビイストは民主党にも働きかけていましたが、より強く働きかけていたのは、民主党ではなく自民党、公明党の議員たちだったということ。それはつまるところ、ロビー活動は二〇〇九年の政権交代以前から始まっていたことを意味しますし、法改正や政策実現、利害調整のイロハを知悉しているのは民主党より自民党なのだと、ロビイストが踏んでいたことも物語っているのかもしれません。  これがふたつ目になるのですが、ロビー活動、最近の言い方でいうと、「パブリック・アフェアーズ戦略」というのは、ひとつの政策実現のために議員や官僚に陳情するだけでなく、メディア、市民運動家など、さまざまな立場の人に働きかけるため、推進派の当人たちにも、その戦略の渦中にいることを気づかせないのです。  アメリカでは、ブッシュ前大統領を誕生させたといわれる共和党系の大物ロビイストが映画の主人公にもなるなど、その存在は大きく、社会的な地位も高く、目立ちます。依頼者である特定の企業や業界――たとえば防衛産業界、原子力産業界、製薬産業界など――の代弁者として、法改正や政策実現のために動き、高い報酬をえます。その傍若無人な振舞いは批判の対象にもなりました。  そうしたことから、ロビー活動が日本にビジネスとして移入する際には、アメリカ型のロビイングを反面教師とした節があります。すなわち、露骨な利益誘導型ではなく、市民感覚に根ざし、公益性にも叶い、社会の発展につながるようなロビイングです。  その新しいかたちこそが、前述したパブリック・アフェアーズ戦略です。単に官僚や議員に陳情するだけではなく、議員連盟の設立を働きかけたり、シンポジウムを開かせたり、メディア関係者にことの「重要性」を説き、記事を書かせたりします。このやり方は、PR(パブリック・リレーション)会社の仕事とも通底しています。  ただし、新聞やテレビ、雑誌に、その記者の記事(番組)が出たとき、読者(視聴者)はそれがパブリック・アフェアーズ戦略の上にのっかった記事だとは認識できません。ここが、新聞や雑誌ではっきりと「広告」であることを見せる広告代理店と、ロビー会社およびPR会社の違うところです。社会からの「見え方」が、似ているようで、違うのです。  GSK社がロビイングを委託したロビー企業は、まさしく(株)新日本パブリック・アフェアーズ(新日本PA)という名でした。  利益相反の観点から見た場合、ロビイストにはどんな責任があると考えられるでしょうか。私の中で、まだ結論は出ていません。言えるのは、企業から報酬をえて動くロビイストは、自分の仕事にどれだけ責任を持てるのか、HPVワクチンを打ったことで重篤症状を呈した人がいる事実に、どこまで誠実に向き合うのか、という点だと思います。  その意味でも、また、ロビイストの介在をオープンにする意味でも、重要な政策決定にたずさわったロビイストは、ジャーナリストの取材に応じるべきだと私は考えます。  新日本PAの小原泰社長は、私の取材依頼に応じました。重篤症状の人がいることも、小原氏は知っています。その上で小原氏は、HPVワクチンの必要性を説きました。  一方で、取材に応じないロビイストもいます。たとえば、ガータシルを製造販売するMSD社の親会社メルクのロビイングを請け負う実力派ロビイスト、ロイ・ファウチ氏です。ヘルスケア大手ジョンソン・エンド・ジョンソングループと日本看護協会が創設した「ヘルシー・ソサエティ賞」の事務局長を担い、日本の政界、経済界に太いパイプを持つ人物です。  共和党系ロビイストのファウチ氏が永田町や霞ヶ関で、どんな仕事をしたのか、しているのか。メルク社から、どの程度の報酬をうけたのか。明らかにすべきことですし、ジャーナリストは、そこを明らかにする努力(取材)を続けるべきだと思います。