なぜ内部告発しなければならなかったのか? 志村福子さん( 元・千葉県がんセンター麻酔科医) 自己紹介  はじめまして。最近、元勤務先の千葉県がんセンターで起きた、腹腔鏡手術後の複数の医療事故に関連して、私の名前を耳にしたことがある方もいらっしゃると思います。元・千葉県がんセンター麻酔科医の志村福子です。千葉県がんセンターには2007年から勤務し、その間に目撃したセンター内の様々な問題を2010年に告発したところパワーハラスメントにあい、退職しました。  パワーハラスメントに対して、2012年5月、千葉県を相手に国家賠償法に基づく損害賠償請求訴訟をおこなっており、地裁・高裁とも勝訴しましたが、現在、千葉県がんセンターが上告中です。  また、その他に、今回の千葉県がんセンターの案件を公益通報として厚生労働省に2011年2月に報告しましたが、全く対応されず、門前払いされた経験をふまえ、公益通報者保護法の改正を訴えております。  実名で活動をしております関係上、千葉県では就職先がないので、長野県の病院に勤務医として働いております。 1.千葉県がんセンターの問題点  新聞記事などで知ることができるものは、大きく分けると2点になります。 @歯科医師の無資格麻酔   男性歯科医師1名が、研修登録をせずに、歯科医師には担当できない高難度の麻酔を担当していた。また、患者に対し、歯科医師が研修目的に麻酔を担当する説明がなかった。   男性歯科医師1名と手術管理部部長が書類送検され、起訴猶予となった。 A膵臓癌の腹腔鏡手術で複数の死亡事故が出ていること   まだ、保険診療が認められていない膵頭十二指腸切除術を腹腔鏡で行い、術後死亡した患者が複数存在する。また、その医療費を違う術式で請求(不正請求)していた疑いが持たれている。  ところが、実際には、上記に加え、次のような出来事が生じていたのです。   @歯科医師の医科麻酔研修が長年違法な形で行われ、歯科医師が担当した麻酔で、医療事故が発生、中には術中心停止し、植物状態になった患者もいた。(この症例は、今回の第三者委員会報告書の症例Dにあたる。)2010年当時、起訴された歯科医師だけでなく、他3名名の歯科医師がいずれも違法な研修を行っており、安全管理の不十分な中で、医療事故が起きていた。   A消化器外科の様々な手術(開腹手術や腹腔鏡手術を合わせて)で術後出血や、重篤な縫合不全による早期の再手術が多発していた(この件に関しては、今回の第三者検証委員会報告書で、他の腹腔鏡手術の件も触れられている)。 2.告発の行方  まず、当時の千葉県がんセンター長中川原章医師に、前述の2点の問題について上申しました。その結果、手術管理部部長のパワーハラスメントにより手術麻酔の担当からすべて外され、さらに抗議をしたところ、今度は佐原病院という、自宅から高速道路を使用して1時間以上かかる病院への移動を勧められました。当時は、夫は単身赴任で自宅におらず、母子家庭でのようなもので、明らかに嫌がらせだろうと思い、結局千葉県がんセンターを退職しました。  その後も、センターに勤務する一部の医師とは連絡を取っていたのですが、依然として、歯科医師の違法行為や、消化器外科の再手術の多さはかわらない、と聞き、内部からの変革は無理と考え、内部告発する決意を固めました。  ところが、それを知ったセンター長や、病院局長小田清一医師からメールで連絡が入り、ました。そこで、病院局長には、前述の2点についてメールで報告しました。しかし、「今後、調査を進める上で、お話しを伺うかもしれません」という返事をいただきましたが、それ以降、病院局長から、連絡はありませんでした。さらに、膵臓癌の腹腔鏡手術は安全だ、という内容の患者向けパンフレットを目にし、病院局はまったく、改善をする気が無いのだと感じました。そこで、病院局萬谷様に2010年12月には、パワーハラスメントや、歯科医師の違法研修、さらにその研修で医療事故が起きており、調査をするようにと文書で提出しました。  2011年2月に、千葉県警が千葉県がんセンターに、歯科医師の医師法違反の捜査に入ったのを機に、厚生労働省あてに、文書やメールで公益通報を試みました。この結果は、新聞記事などにも載っていますが、当時の厚生労働省大臣官房総務課行政相談室の松浦さんより「退職者ではないので、公益通報として扱わない。」と送付した資料はすべて返却され、終わりました。  また、歯科医師の医師法違反について、日本麻酔科学会・日本歯科麻酔科学会双方に調査を依頼しましたが、調査の対象となったのは書類送検された歯科医師・手術管理部部長だけで、歯科医師が関与した医療事故の実態を解明するにはほど遠い状態でした。 3.週刊朝日の告発記事  2014年5月、新たな動きが起こりました。千葉県がんセンターで、膵臓癌の腹腔鏡手術で死亡事故が起きており、院内事故調査委員会が開かれていたにもかかわらず、その後も術後死亡例が出ていたことを週刊朝日がスクープしたのです。この件は、私は報道で知り、非常に驚きました。そこで、以前から私の公益通報関連を取材していただいた朝日新聞や東京新聞、TBSディレクターの力を借り、過去にも、腹腔鏡で死亡事故が起きており、それを厚生労働省に告発していたにも関わらず、厚生労働省が放置していたという事実を報道することができました。この報道は、かなりの衝撃を千葉県がんセンターや、厚生労働省に与えたようです。この後、センター側から発表された腹腔鏡の死亡症例数は徐々に増えていき、対象となった11例についてやっと第三者検証委員会が開催されることになったのです。 4.第三者検証委員会報告書  2015年3月30日、約1年かけて、報告書が公表されました。内容は、報道で言われていますように、ほぼすべての症例で、手術に問題があった、保険適応外の手術で適切な同意を取っていなかったというものでした。現場を目の当たりにしていた立場から言えば、予想通りの結果に終わった報告内容でした。ただ、私が内部告発をしていたことをセンターや病院局が知っており、放置していたという事実は、あえて触れなかったようです。 5.現在  以前の職場の同僚のお誘いで長野県に勤務しています。というのも、実名で内部告発や、千葉県を対象としたパワーハラスメントに対する損害賠償請求裁判を行っているため、千葉県内では就職先がないためです。しかし、千葉県だけでは無く、他県の病院でも勤務先を見つけることは困難であろうと考えています。というのは、医療界は閉鎖的で、私のような行動を起こすものを、「組織に敵対する要注意人物」「いずれ自分の病院でも同じ事をおこすのではないか。」と考え、排除しようとするのが常だからです。幸い、現在勤務中の病院は、前述したように、私が裁判中であることなども知っており、その上で「信念を持って行動していることであり、応援する。」と言ってくださっています。しかし、家族と離れての単身赴任生活はいつまでも続けられるものではないので、将来、医師としての活動を継続していけるのかは、全く予想がつかない状態です。 6.公益通報者保護法  公益通報者保護法は 2006年4月1日より、施行されています。これは、内部告発者に対する解雇や減給、その他不利益な取り扱いを無効とし、内部通報をおこなった労働者を保護するための法律です。ところが、この法律が施行されてからも、不当な扱いを受ける労働者は減ることがありません。それどころか、告発を受けた窓口の担当者が、内部告発者の実名を、告発をされた企業なり団体に漏らすという信じられないようなことや、私のように、まったく対応せず放置するという、不適切な対応が後を絶ちません。  この法律には重大な欠点があります。この法律では、不当な対応をした企業や団体に対する罰則規定は全く無いのです。また、告発を受けても対応しなかった場合も同様です。「内部告発をするだけ、損をする」というのが、労働者を取り巻く環境なのです。  公益通報者保護法は、制定後5年経過したら、見直しをするという前提があったのですが、9年目に入った今でも、改正の議論は進んでいません。改正をすることは、企業や団体側には不都合にしかならないからです。現在、この法律を改正するべく、オリンパス社員の濱田正晴さんをはじめとした内部告発にて不利益を被った経験者たちで「公益通報者が守られる社会を!ネットワーク」を作り、消費者庁に働きかけていますが、反応はただただ鈍いものです。これを機会に、公益通報者保護法にも興味を持っていただければ幸いです。