「見つける、つなぐ、結果を出す」の食べられる街づくり 〜MTK&Hプロジェクト〜 五島朋幸さん(新宿食支援研究会代表)  胃ろう大国日本。現代日本社会には40万人もの胃ろう造設者がいると言われている。これは日本の医療水準の高さを表すとともに「口から食べること」を粗末にしていることをも表す。このような社会で地域にできることはないのだろうか。われわれは2009年7月、東京都新宿区で「最期まで口から食べられる街、新宿」をモットーに新宿食支援研究会(新食研)を結成した。  地域の食支援を展開する上で、まず、食支援の定義を「本人、家族に口から食べたいという希望がある、もしくは身体的に栄養ケアの必要がある人に対し、適切な栄養管理、経口摂取の維持、食を楽しんでもらうことを目的としてリスクマネジメントの視点を持ち、適切な支援を行うこと」とした。  新食研の行動目標は3つ。(1)介護職の食に対する意識の向上、(2)地域のネットワークづくり、そして(3)地域での実践。この行動目標に対し、現在13のワーキンググループがあり、それぞれの目標に向かって活動している。すべてを記すことはできないが、それぞれの行動目標別のワーキンググループの一部を紹介する。 1.介護職の食に対する意識の向上プロジェクト    現状を考えると、介護現場に一番多く関わるのはホームヘルパーやケアマネジャーである。彼らが、生活の中で食の問題点に気づくことでその対応が可能になる。新宿区でわれわれが行った調査では、低栄養高齢者の4割は要支援から要介護度2の高齢者だった。この時期に自ら「食に問題がある」と気づくものは少ない。しかし、持続的な低栄養状態から肺炎などを発症し、重度化していることは容易に推測できる。したがって「本人、家族も気づかない食の問題点を介護職が能動的に見つけること」が介護予防への重要なキーワードとなる。この目的に対し、新食研独自のヘルパー研修会を行っている。  また、介護現場で介護職が利用者の機能にあった食形態を判断するための「SSK-O(エスエスコ)」を作成した。介護職が理解している現状のみで判定でき、介護職が食の異常に気付くための一つの指標になる。 2. 地域のネットワークづくり    食支援職種は多い。その中でまずは誰でも集まれる場として勉強会を毎月開催している(2015年3月現在53回開催)。どの職種でも集まれることでまずは顔が見える関係ができる。ただし、顔が見えるだけで食べられるネットワークはできない。各専門職種がプロフェッショナルとしての腕と腹(skillとmind)を理解したネットワークづくりがわれわれの目標である。現在、新食研スタッフは20職種60名。全員が食支援の意識をもって自主的に参加しており、強固なネットワークができている。  また、連携創造ワーキンググループ「コラクリ」は、連携とは何かを追求し、実際に連携を想像し、実践することを目的としている。例えば、嚥下機能が低下すると服薬が難しく薬局で相談いるケースが多い。この時期に食形態の変更や介護予防としての嚥下リハビリなどが介入できれば低栄養を防げる可能性がある。そうであるならば、薬局と地域、例えばケアマネジャーや配食サービスなどが密に連携することで介護予防を実現できる可能性がある。また、街の食品製造販売業(豆腐屋)にも加入してもらい、地域で出来る食支援の形を模索したりしている。このような具体的な連携づくりを作る活動を行っている。 3.地域での実践  地域における食支援の実働的な部隊として2010年4月『地域食支援グループ「ハッピーリーブス」』を立ち上げた。地域の食支援に関わる深く関わる歯科衛生士、管理栄養士、そして理学療法士がフリーランスとして集い、新宿を中心に活動している。口腔環境を整えるだけでなく、食べる機能を回復させる歯科衛生士、栄養の評価、管理、その人に適した食形態の選択、さらに食事介助などを担う管理栄養士、食べる姿勢を作りだす理学療法士がグループになることによって多くの効果を生み出している。  また、理学療法士と福祉用具専門相談員とのペアで「ファンタジスタ」を結成した。理学療法士は身体機能を評価し、正しい食姿勢を作っていく。それにあった福祉用具を準備し、調整していくのが福祉用具専門相談員である。食姿勢が崩れ、食事が思うように進まなかった人が正しい姿勢を獲得し、その日からスムーズな食事が可能になった例も少なくない。  さらに、新食研が応援する形で訪問看護ステーション「結わい」を立ち上げた。地域において医療、介護の扇の要になるべき看護師の存在はとても大きく、食支援という切り口でも同様である。そこで我々と密に連携できるスポットとして訪問看護ステーションを立ち上げた。  これらの活動とともに、現在、「食支援マイスター」ワーキンググループを立ち上げた。18職種が揃うわれわれの利点を生かし、それぞれの職種が、他の職種、家族等に知っておいてほしい知識を出し合い、集積し「食支援学」を作り上げ、講座を開設し、それをマスターしたものに「食支援マイスター」の称号を与えるという企画である。食支援とは何かを考え、地域の人材育成をも実践できる企画として力を入れている。  各地に摂食・嚥下障害、食支援に対するネットワークや地域一体型NSTなどが存在するが、新食研はそのようなものとは一線を画す。東京都新宿区の人口は約325000人で高齢者は約65000人。あるデータによると地域高齢者の摂食嚥下障害の発症率は約16%と言われている。その数から推測すると、食支援が必要な高齢者の人数は少なくとも10000人以上いると考えられる。このようなサイズを、数十名単位の医療連携、多職種連携で守ることはできない。  地域の食支援とは何か。医療職、介護職を問わず、一般市民参加で「何らかの食の異常を見つける人」「適切な支援者につなぐ人」「結果を出す人」を無限に作り続けることである。介護職の食に対する意識の向上プロジェクトは能動的に「見つける(M)」人 材育成とツールの開発、地域のネットワークづくりは「つなぐ(T)」システム作り、地域での実践は「結果を出す(K)」人と仕組みを作ることである。  この中で最も困難なのは能動的に見つけるということである。食の異常は、生活が自立し、本人も自覚のない頃から栄養摂取量の不足などが起こっている。この状態が慢性的に続き、体力低下が顕著になった時に誤嚥性肺炎発症などを繰り返し、「食に異常のある人」として顕在化する。しかし、その前の段階での予防を考えるとき、コミュニティの参加が必須になる。  「見つける、つなぐ、結果を出す」は個別に独立したものではない。結果を出す者がいなければ見つけることは無意味になる。いくら結果を出せる人材があったとしても能動的に見つけるシステムがなければつながらない。つまり、「見つける、つなぐ、結果を出す」を包括的に育てていかなければ地域は動かない(MTKトライアングル)。地域食支援はシステム作りではなく「街づくり」に他ならない。  さらに、新食研のもう一つのキーワードが「広げる(H)」ことである。食の大切さを社会に広げていくこと、食の知識、技術を広めていくこと、そして新食研のノウハウを全国に広めていくこと。各地域には各地域の事情があり、他地域に同じシステムを移設することは無意味である。しかし、実験的チャレンジを繰り返している新食研の活動の良いところを、各地域にあった形で利用してもらうことには意味がある。例えば、「ハッピーリーブス」のような形態はたまに話を聞くようになったが、現在、多くの結果を出してきている「ファンタジスタ」のような形態をとっている地域は存在しない。われわれの活動は「見つける、つなぐ、結果を出す」に「広げる」を加え「MTK&H」プロジェクトである。  新食研はプロフェッショナル集団であるが単なる多職種集団ではない。現在、20職種60人のスタッフがいるが、60人が1つのグループを形成するのではなく、それぞれのワーキンググループの集合体として連携を深める仲である。  われわれの活動は食べられる街づくりのためのムーブメントである。 参考 http://www15.atpages.jp/shinshokuken/ 新宿食支援研究会ワーキンググループ 「見つける」プロジェクト ・ホームヘルパー研修会 ・SSK−O(食形態判別表)開発 「つなぐ」プロジェクト ・新宿食支援勉強会(新宿ネット) ・連携創造「コラクリ」 ・社会学的調査班「そしお」 「結果を出す」プロジェクト ・食支援の地域での実践 ・地域食支援グループ 「ハッピーリーブス」 ・一発逆転コンビ「ファンタジスタ」 ・訪問看護ステーション 「結わい」 ・食支援用具開発プロジェクト「コンセプト」 ・デイサービス活性化プロジェクト「食べる☆デイ」 「広げる」プロジェクト ・食支援マイスタープロジェクト ・新食研デザインワーキンググループ