自立生活の部屋

ほんとうの自立支援をもとめて〜デンマークの赤ちゃんプロジェクトと家計簿から

■自立って?■

 「自立」という言葉から、人は、何を思い浮かべるでしょうか?
 服を着替えたり、自分でトイレの始末ができるようになる「身辺自立」や自分の収入で暮らせるようになる「経済的自立」を思い浮かべる人が日本には多いようです。
 けれど、1980年、厚生省社会局に設けられた「脳性マヒ者等の全身性障害者問題研究会」(委員長・仲村優一社会事業大学教授)は、こう定義しています。

@真の自立とは、人が主体的・自己決定的に生きることを意味する。
A自立生活は、隔離・差別から自由な、地域社会における生活でなければならない。

 全国自立生活センター協議会、通称、ジルもこう定義しています。

 自立とは、1人の人間として、その存在を認められることです。自分の人生においてあらゆる事柄を選択し、自分の人生をじぶんなりにいきていくことです。
 自立生活とは、どんなに重度の障害があっても、その人生において自ら決定することを最大限尊重されることです。選択をするためには、選択肢の良い点・悪い点を知らされ、あるていど経験することも必要です。一部を選択したり、全てを選択しないという選択もあります。
 施設や親の庇護の元での生活という不自由な形ではなく、ごく当たり前のことが当たり前にでき、その人が望む場所で、望むサービスを受け、普通の人生を暮らしていくことです。
■1万5千人が「出直してよ!」■
写真1

 2006年10月31日、厚生労働省前に1万5000人が集まって開かれた「出直してよ!障害者自立支援法」大フォーラムは、1年前のこの日に成立した法律に抗議するものでした。収入の保障がなく、負担が増えるこの法律は、真の自立につながらず、それどころか、自立を妨げるというのです。
 その半月後、ノーマライゼーション思想発祥の地、デンマークから、知的なハンディを負った本人の会(頭文字をとってULF、狼のウルフと掛けことば)の代表、リスベット・イエンセンさん(写真@の右)が、バンク-ミケルセン記念財団理事長の千葉忠夫さんに伴われて来日しました。
 その口から語られる日々の暮らしは、「真の自立生活」「自律生活」そのものでした。

■親の会から、93年に独立したご本人たち■
写真2

 ウルフは93年に親の会から400万円の支援をうけて事務所を構えました。日本の人口に換算すると会員は5万人ほど。事務局は全部で7人。このうち、知的なハンディのないスタッフは、たった1人で、寄付集めなどの仕事を担当しています。
 写真Aは、ご本人たちでつくった会のパンフレットです。
 ジーンズに色とりどりのセーター、髭や髯をたくわえる人もいてファッションも様々。いずれも、知的なハンディを負った人々です。
 「わたしたちは、みなさんが思っている以上のことができます。でも、みなさんの支援が必要です」という表紙の文章が「自立」の真の意味を象徴しています。
 ウルフは、会員のきぼうもとに様々な研修会を開います。主として、自立した生活を送るためのものです。でも、それだけではなく、楽しい企画が目白押しです。
 たとえば、最近では、パリにあるディズニーランドやユーゴースラビア、ギリシャへの旅。知的なハディのあるご本人たちだけででかけます。
 「向こうに行けば旅行社の添乗員がつくでしょ。フランス語やギリシャ語を話せない職員の付き添いはいらないの」だそうです。

■コンピュータつき赤ちゃん■
写真3
写真4

 人気が高いのが、「恋人を見つけるプロジェクト」です。恋人どうしで参加するパーティー(写真B)も催されます。
 恋人ができると、次には赤ちゃんがほしくなるのが人情です。
 そこで、ユニークな「赤ちゃんプロジェクト」が生まれました。コンピュータつきの模擬赤ちゃん(写真C)を貸し出すのです。
 この赤ちゃん、実に精巧にできていて、昼夜をとわず、ホンモノそっくりに泣きます。おしめを替えたり、ミルクを飲ませたりすると、泣き止むのですが、放っておいたりすると、さらに、けたたましく泣きめきます。
 にもかかわらず、放置すると、そのことがコンピュータにしっかり記録されてしまいます。
 ほとんどのカップルが、「赤ちゃんをもつことって、こんなに大変だとは夢にも思わなかった。子どもはもたないことに決めました」といって、"赤ちゃん"を返しにくるのだそうです。

 楽しい絵入りの冊子もつくられました。日常生活の様々な場面に赤ちゃんが侵入する風景が描かれ、「それでも、かまいませんか?」という問いに、イエス・ノーで答える問いかけが用意されています。
 このようなプロセスをへて、なお、赤ちゃんがほしいという決断をしたカップルには、育児指南や育児支援サービスが提供されるという仕組みです。
 この人形、開発されたのはアメリカ。10代の無計画な妊娠を思い止まらせるためだったそうです。日本では、育児嫌いのカップルによる子殺しを減らすのに役にたつかもしれません。

■「一部負担」の代わりに所得保障が■

 このような、ふつうの暮らしがなぜ可能なのか、リスベットさんが家計簿を公開してくれましたので、日本円に換算してご紹介します。
【収入】税をひいた手取りの基本年金19万円/ウルフからの給与手取り2万6000円/住宅手当3万円
【支出】家賃(2LDK)6万円/電話代1万円/電気代1万4000円/ガス代8000円/その他6万5000円
 手元に約9万円のお小遣いが残ることになります。これで、食材や好みの服を買ったり、旅行のために積み立てたりするのだそうです。
 年金は、障害が重くて働けないAクラス、支援つきで働けるBクラス、かなり仕事ができるCクラスに分かれており、リスベットさんの手取り19万円は、Bクラスだそうです。

 そんなことをして、経済が傾かないかと心配の方へ。
 ご心配なく(^_-)-☆。
 日本と違い、デンマークの国家財政は長いこと黒字。貿易収支も黒字。経済成長は安定。
 出生率も日本よりずっと高いのです。

大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』12月号より)
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