「縛らないことを決意し実行する。初心を忘れないため病院内を公開する。この運動を全国に広げていく」
福岡市で先日開かれた介護療養型医療施設の全国研究会で、こんな宣言が発表された。「抑制廃止福岡宣言」という。
宣言が紹介されたとき、二千人を超える参加者は二通りの反応を見せた。
感動の面もちで大きな拍手をする人と、まゆを寄せ、拍手をしない人と――。それぞれ、どんな思いだったのか。
まず、拍手をしなかった人たち。
「ベッドから落ちて骨折するおそれがある人がいる」「点滴の管を外すと危険」「おむつに手をつっこんで不潔行為をすると困る」「問題行動や迷惑行為の心配がある」。「だから抑制せざるをえない」
宣言を歓迎した人々は、こう語る。
「縛られれば絶望して叫んだり、暴力を振るったりする。それが問題行動と呼ばれる。問題行動をしているのは、実は縛る方なのに」「縛らずにすむ技術を磨くべきだ」「どんなに痴ほう症が重くても、自尊心は最後まで残る」「自分だったら、縛られるのは嫌なのだから」
福岡県内の十の病院が、一年余の実践を踏まえて宣言をまとめた。手本としたのは、独自の方針で「抑制ゼロ」を十年以上続けてきた東京の上川病院の経験である。
宣言の特徴は、「抑制」の意味を広く捕らえていることだ。
病院によっては、縛る代わりに行動の自由を奪う薬を使うところがある。これは「化学的抑制」と呼ぶ。
日本には、おむつに手を入れることができない、かぎ付きのつなぎ服がある。これも抑制の一種と考えた。厳しい口調で禁止したり、しかったりする「言葉による抑制」もやめるべきだという。
ベッドからの転落は、床にマットを敷く和風寝室方式で防ぐことにした。
栄養分を注入する管を抜かないように、患者の手を縛る例も多い。十病院では、縛らずにすませるため、可能な限り口から食事をとれるよう努力した。どうしても口からとれないときは、足から点滴をしたり、管をそでに通したりした。近くでスタッフが見守ることも欠かせない。
排せつのリズムをつかんで、その時間にトイレに誘導すれば、「不潔行為」は防止できる。相手の誇りを大切にし、安らげる日々を提供するうちに、いわゆる「迷惑行為」や「問題行動」も激減した。
福岡宣言と対照的なのが、新潟県の国立療養所犀潟(さいがた)病院の「隔離・拘束マニュアル」だ。ここでは今春、ベッドに縛られた患者が窒息死した。
マニュアルは事件が明るみに出たあとでつくられ、縛っても違法にならないための手続きが詳しく書かれている。そこには、「縛る医療」が人間の尊厳を奪う、という視点が抜け落ちている。
「抑制ゼロ」を目ざしている病院では、「患者さんに笑顔がよみがえり、職員の気持ちも一緒に明るくなった」「ケアの技術が高まった」「仕事に誇りをもてるようになった」「患者の家族が安心し、病院が信頼されるようになった」という。
介護が必要なお年寄り、重い心身障害をもつ人、精神病の人、手術直後の人……。「抑制」や「拘束」、「隔離」の対象となっている人はいたるところにいる。
福岡の宣言が全国に広がって、実践されていくことを期待したい。
(朝日新聞・1998年11月06日・朝刊・社説)