雑居部屋で老いたくない(朝日新聞社説)
1988年4月13日 朝刊

 あなたは、相部屋で人生を終えたいですかと聞かれて、「はい」と答える人はめったにいないだろう。
 習慣も、人生観も、寝起きの時間も、テレビ番組の好みも違う他人同士が、決して広いとはいえない部屋で四六時中顔をつきあわせて暮らすのは、つらいことだろう。
 にもかかわらず、日本の福祉施設は、この奇妙な雑居の伝統を戦前から引きずってきた。

 そうした中で社会福祉法人、東京老人ホーム(保谷市)が、老朽化した施設をシャワー、トイレつきの個室と団らんの部屋に建てかえる計画をたて、注目されている。
 行政当局の一部は、主として財政上の理由から難色を示しているようだが、豊かになった日本にふさわしい積極的な対応をしてほしい。

 「夫婦やごく気のあった友人同士以外はひとり部屋」という原則は、高齢先輩国のデンマークやスウェーデン、計画的な国づくりに取り組んでいるオーストラリアなどの福祉施設では、常識になってきている。基準の多くはシャワー、トイレ付きで、1人あたりの面積は日本よりはるかに広い。

 イギリスの社会福祉施設運営基準は、こう記している。
 「ひとつの部屋にふたり以上が生活する場合には、『特別な理由』がなければならない。居住者は家具をできるかぎり持ち込むことが奨励されるべきである」
 西欧人と日本人では、雑居に対する文化が違うのだろうか。そんなことはないようだ。日本の福祉施設の職員が最も頭を悩ますのは同室者の不仲の仲裁と部屋替えだ。
 そして「施設」に暮らす人びとの最も切実な願いは「個室に入りたい」ことだという。

 日本住宅会議の1988年版「住宅白書」は、次のように分析している。
 「話し相手がほしくないのではない。ロビーやサロンで話し合うのはよい。自室に客を招いて話すのも好きだ。しかし1人きりになれる部屋がまったくないのはつらいものだ。一時的に入院する病室や旅行中の相部屋ではない。永く住む住宅なのだ」と。
 身の回りのことが自分ひとりではできない特別養護老人ホームでは、特に深刻だ。同室者の振る舞いがどんなに気に障っても、自力で部屋から逃げ出すことができない。ひとには絶対見せたくないおむつ替えの姿や音やにおいが同室者に知れてしまう。誇りが傷つけられる。見せられる方もつらい。

 関東弁護士連合会は、さきごろまとめた報告書「老人と人権」の中で、日本の施設について次のように述べている。
 「プライバシーを侵害され、私物の持ち込みも極端に制限されている状況、特養ホームでは排せつ介助も同室者の面前で行わなければならないなど、到底人間の尊厳を保持した『生活の場』相当のものとは言えない」

 特養ホームの1部屋あたりの人数の基準は「4人以下」と定められている。だから個室化は法律上は何の問題もないのだが、国と都道府県からの補助金が4人部屋を基準にしているため、なかなか実現できなかった。東京老人ホームの場合は、保谷市と武蔵野市が余分にかかる建築費を補助する方針を打ち出したため、実現の可能性がでてきた。
 「利用する人の誇りと自由とプライバシーを尊重するホームをつくりたい。お世話する側の都合ではなく、高齢者を中心にものを考えたい」という東京老人ホームの理念が、市職員や議員の心を動かしたからだった。

 ただ、個室化したために、安全上の支障が出たり、職員が疲労したりしては困る。そうした問題を一つ一つ解決していくモデルとして、同ホームの今後を見守りたい。