「物語・介護保険」書評
浅川澄一さん(日本経済新聞編集委員)

介護保険の成立過程を丹念に調べ上げ、克明に描き、類書の追随を許さない画期的な著作である。著者は元朝日新聞論説委員。官民の人名がこれほど次から次へと出てくるドキュメントも珍しい。

といっても単なる裏話ではない。
新制度に込めた新たな福祉政策の考え方を追いかけた。従来の家族介護(日本型福祉)から介護の社会化へと転換への思いをはっきり打ち出す。
デンマークやスウェーデンの介護先進国に何度も足を運び、日本との違いに衝撃を受ける。その原因を当事者から聞き出し、資料を探り、日本のあるべき方向を提案、展開していく。
障害者運動も視野から外さない。

厚生省の介護保険の取り組みを80年代から説き起こしているのが本筋だ。89年の介護対策検討会に光を当て、「介護の社会化の『受精』段階」と位置付ける。以降、諸々の審議会委員や省内の担当者の発言や人柄に話が及ぶ。
それも、「学生運動の闘士だった」など個人的な経歴に踏み込みながらの叙述だから面白い。
中央だけでなく地方自治体の首長や在野の介護先駆者、研究者、医師たちを訪ねる。さまざまな分野の人たちの「思い」がどのような経緯で制度発足に結実していったかがよく分かる。

「鳥の目、虫の目、歴史の目」という著者の取材スタンスが十分に発揮され、全方向から介護の在り方を問う。介護保険の原点を浮き彫りにし、それでいながら平易な書き方で、書名通りの「物語」として楽しめる。
月刊誌の「介護保険情報」に長年連載してきた記事をまとめたものだが、最近の話題も丁寧に加筆されている。