永田町・霞ケ関・市民
もし20年前に 共通番号が あったら…
2011年1月4日
磯村元史 函館大学 客員教授 厚生労働省 年金記録回復委員会 委員長
ヒョンなハズミで、3年以上も前の「社会保障番号導入の基礎条件(?東京市政調査会刊「都市問題」07年10月号)」を大熊由紀子先生にお目にかけました。で、早速に、『「えにし」のHPに掲載させていただきたいのですが…』とのお申し出。お役に立つのなら…と、ツイお引き受けしたものの、3年も前の原稿ですから少々補足の意味も込め、問題となって久しい年金記録回復の観点からの余談・雑談を、以下のように雑然と並べてみました。
(*)「都市問題」掲載の拙稿の表題は、当時の編集側のご意向で「社会保障番号…」としましたが、その本文中では「共通番号」と記述しました。
もし、15年も前の1996(平成8)年に導入された「基礎年金番号」の代わりに、この共通番号のような仕組みがあったら、年金記録問題は今のように騒がれることは無かったでしょうし、後に述べるような種々の問題も無かったでしょう。
ほんとうに悔やまれます。でも、年金記録問題の解決に生き甲斐を見出している私如き喜寿の老人にとっては、(逆説的な言い方で申し訳ありませんが)共通番号制度が導入されていなかったからこそ、今この人生最後の目標があるのだ…と、決断力の無かった政治家の皆さんに、心からのお礼を申し上げているところです。
1)"宙に浮いた記録"、いわゆる「5千万件」問題は、かなり防げたのに…。
新聞やテレビでご存知のように、中小企業ではもちろん大企業でも、年金記録の間違いは非常に多く、それに自営業者などが加入する国民年金のミスも含めて、「5千万件の迷える記録」とか「8.5億件の紙台帳との照合」などと、騒がれております。
年金記録の誤りでは、専ら旧社会保険庁が悪者にされています。大部分はそのとおりなのですが、事業主や加入者のほうにも、その原因が全くないかと言えば、そうでもないのです。
その一部の例示としては、次のようなものが挙げられます。
2)「住民票コード」も、不必要だっただろうに。
「住民票コード」は、「住民基本台帳ネットワークシステム」で使われている番号で、この番号の使用には種々の制約があります(その概要は3年前の拙稿をご参照ください)。
それでも当初費用としては、平成11年度から平成15年度までの累計額で約391億円、また毎年の運営費用としては、約190億円強と説明(*)されています。
(*)総務省自治行政局市町村課による、平成14年10月31日付「住民基本台帳ネットワークシステムの構築に要する経費概要」から。
それでも、この「住民基本台帳ネットワークシステム」は、地方公共団体の共同運営システムであって、国が一元的に管理するシステムではありませんから、国などが利用する際には、それなりの法改正の手続きと手数料を支払う必要があります。
年金記録の関連で、この共通番号が使えるようになったのは、ごく最近で、もし共通番号制度がそれ以前からできていたら、おそらくこの「住民票コード」は、必要なかったのでしょう。
3)社会保障関連だけでも「7つの番号」が付けられているが、これらも不要に。
先ほどの「住民票コード」や、国税庁が独自で作っている「納税者番号」のほかに、社会保障関連だけでも、次の7つの番号があります(平成22年2月23日、朝日新聞朝刊から)。
(*2)<筆者補注> 次項に記載。
4)基礎年金番号のズレも、無かっただろう。
1985(昭和60)年に、それまでの国民年金・厚生年金・共済年金の3つの公的年金が、基礎年金を通じて一応は一元化(*)されました。それまでは、3つの公的年金に別々の番号が付けられていたのですが、この基礎年金の新設に伴い、一つの番号で年金記録の管理を行うべく、基礎年金番号が1996(平成8)年に導入されたのです。
(*)基礎年金という土台ができたことで「一元化」といわれておりますが、本来の一元化とは、「同じ掛け金なら同じ給付」を受けられ、「制度運営の事務や資金の運用も同じ保険者で行う」というのが、理想だと思います。
ですから本来は、公的年金制度の加入者である(通常は20歳以上の)国民には、必ず一人に1個だけの基礎年金番号がつけられているはずなのですが、現実にはそうなってはいません。 出所:第15回「年金記録回復委員会」(平成22年7月27日)配布資料からの抜粋 単位=千人、千件
注:A)有効年番数=届出のあった死亡者を除く
B)人口が大(付番されていない)=若年の未加入、基礎番の付番漏れ(86年の基礎番導入前に被保険者資格を喪失し、年金受給者とならなかった者) C)基礎番が大=複数番号の保有、死亡届出漏れ、在留外国人で帰国者(約220万人)
5)「企業年金で180万人分の持ち主が不明…」も無かっただろうに。
昨年末12月28日の日本経済新聞の1面のトップに、この見出しのような記事が掲載されました。
@退職金を税制上の恩典を受けながら年金払いにする「税制適格退職年金制度」(平成24年3月末日で廃止)
A企業と従業員が将来の年金原資として一定額を定期的に積み立て、運用成績に応じた年金を受け取る「確定拠出年金制度(企業型)」と、受け取る年金額を予め定めた「確定給付年金制度」 B上記の「確定給付年金制度」のうち、公的年金である厚生年金の報酬比例部分の一部を民間で代行する「厚生年金基金制度」
国民年金・厚生年金・共済年金などの公的年金には、殆ど前述の基礎年金番号がつけられておりますので、これで処理できますが、民間の企業年金には、この基礎年金番号はつけられておりません。従って、転職を繰り返したり退職後に住所を変更したりして、ご本人が届出を忘れますと、企業の年金担当者は連絡の仕様がない…ということになり、結果として年金の貰い忘れが溜まってしまうのです。
もし共通番号制度ができていたら、退職や転職の際の事務処理に、この共通番号を使うことになりますから、住民票コードとのキチンとしたリンクができれば、所在不明などは簡単に探せるわけで、年金などの受給洩れ騒ぎも、こんなには無かっただろうと思います。
6)番号制度で省けるムダは多い。
共通番号だろうと社会保障番号だろうと、国民のすべてに背番号を付けるわけだから、それを悪用されたらプライバシー保護の観点からは大問題だ…、との意見がある一方で、「番号をつけることは、自分の家の鍵を国に渡すことではない。番号は住所に過ぎないからだ。」とか、「番号が無いことによるムダや不公平・非効率と、プライバシー保護のどちらが大事か?」との反論もあります。
特にこの「共通番号がないことによるムダや非効率」については、年金記録に絡む事務処理面だけでも、ザット次のように列挙できます。
@個人の場合 … 転居時の手続き、退職時の手続き、前の病院でのカルテの閲覧など。
A雇い主側の場合 … 毎月の源泉徴収の事務処理、毎年の給与などの変更処理、採用や退職時の手続き、年末調整の手間、など。 B所管の役所の場合 … 役所ごとの本人確認、その際のミスの後始末、本人の住所変更届出洩れの確認・補正手数、など。
このような点に着目した経団連は、昨年11月16日に、資料「豊かな国民生活の基盤としての番号制度の早期実現を求める」を発表して、番号制度を通じた電子行政推進の効果としては、年間3兆円以上の利便性向上と効率化を目指す、としています。
@国民が受ける行政サービスなどの利便性の向上 … 約7,500億円
A民間企業等が行政に対して行う手続きの効率化の効果 … 約6,300億円
B民間企業等の業務効率化の効果 … 約7,000億円
C国・地方の行政業務効率化の効果 … 約1兆円
こういった効果試算は、私の知る限りでは本邦初と思われ、共通番号の是非論議に一石を投ずる極めて意義深いもので、本来なら政府自らがビジョンと勇気を持って公表すべきものなのに…、と残念に思った次第です。
<参考> 番号制度の主な変遷
番号制度の名前やその骨組みは、色々と変わってきましたが、その背景には必ずと言っていいほど、メディアを中心とする「個人情報アレルギー」の方々への、政治的な配慮が見受けられます。
@1983年(昭和58年) グリーンカード(納税者者番号制度)の導入論議 ⇒ 「納税者番号は国民総背番号の導入につながり、国民のプライバシーが侵害される」として、土壇場で流産。
A1999年8月18日 改正住民基本台帳法公布。住民票コードについて規定。2002年8月5日住民基本台帳ネットワークシステムの稼働。 同時に住民票コードの一斉割り当てが行われた。
B2001年(平成13年)6月26日 閣議決定 「経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(いわゆる"骨太方針")で、「社会保障番号制度の導入」と併せて「社会保障個人会計(仮称)」の構築が盛り込まれた。
C平成22年6月29日読売新聞=政府の「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会」(会長・菅首相)は29日、中間とりまとめとして、国民の所得状況などを把握できる共通番号制度の原案を公表した。
<主な参考資料> |