■ワクチン世界市場の“草刈り場”となった日本■ □子宮頸がん予防ワクチン 推進するWHOの影にゲイツ財団と製薬企業□ 太田美智子(フリーランスライター)   2013年6月から「積極的勧奨の一時中止」となっている「子宮頸がん予防ワクチン」。厚生労働省では再開するかどうかの議論が大詰めを迎えているが、ここにきて推進派が主張してきた「WHOが推進している」という論拠に疑問が出てきた。 「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」(議長・野田起一郎近畿大学前学長)など推進派の医師団体は6月20日、海外からWHO(世界保健機関)理事らを招き、東京都内でシンポジウムを開いた。  理事は、昨年6月から「積極的勧奨の一時中止」が続く日本の子宮頸がん予防ワクチン(以下、HPVワクチン)の状況について、「政治問題にすり替えられている」と被害の訴えを批判した。同会議委員らは「WHOが安全性に問題がないと言っている」「海外は、どうしたんだ日本、という目で見ている」と、再開を促した。  しかし、厚生労働省審議会の副反応検討部会と安全対策調査会(以下、合同部会)が、「心身の反応」「(ワクチンとの因果関係を示す)エビデンスがない」としている症状について、最近、同省研究班などからワクチンが原因である可能性が指摘されている。  合同部会委員の7割がHPVワクチンメーカーのグラクソ・スミスクライン社(以下、GSK)とMSD社から寄付金などを受けていた問題も明らかになっている(本誌5月23日号参照)。 さらに、「専門家会議」も2012年度に両社から計3500万円の寄付を受けていたことが、昨年始まった日本製薬工業協会の透明性ガイドラインにもとづく情報公開でわかり、両社との金銭関係を過去に遡って明らかにするよう、市民団体「薬害オンブズパースン会議」が6月18日付で公開質問状を突きつけるに至っている。   ■わずか1年で日本が世界市場の4分の1  逆風吹きすさぶなか、推進派は「がんから女性の命を守りたい」と勧奨再開を求めている。だが、その背景には、途上国の貧困撲滅や社会貢献の名のもとに、製薬企業の利益を守ろうとする世界的な取り組みがある。  09年12月、GSKの「サーバリックス」が日本初のHPVワクチンとして発売され、国は翌年11月、「子宮頸がん等ワクチン接種緊急促進事業」実施を決めた。補正予算を組み、HPVワクチン接種費用の9割を公費負担として10年度106億7700万円、11年度580億5200万円を計上した。  おかげで、11年のサーバリックスの世界売上総額は前年比109%増の875億3800万円に跳ね上がった(1ポンド=173円換算)。偶然ではない。GSKの株主向け年次報告書に、「日本の全国接種事業が主な要因」とある。MSDの「ガーダシル」も11年8月の日本発売などを追い風に、この年、前年比22%増の1224億円(1ドル=102円換算)を売り上げた。  遡ること10年3月、土屋了介・国立がんセンター中央病院院長(当時)らを共同代表とする「子宮頸がん予防ワクチン接種の公費助成推進実行委員会」は、日本での承認は「世界で99番目」「約30ヵ国で公費助成」と、日本の立ち遅れを強調していた。  ところがその翌年には、日本は世界市場の4分の1を売り上げる“草刈り場”になった。 ■ワクチン推進にビル・ゲイツの後ろ盾  二つの世界地図がある。次ページ上図は08年の子宮頸がんによる死亡率(疾病負担)、下図は11年7月時点でHPVワクチンを定期接種に組み入れた国を示している。  これらの地図は、世界の最貧国に新規ワクチンを安価に供給する国際組織「GAVIアライアンス(ワクチンと予防接種のための世界同盟)」が、HPVワクチン推進に用いた資料だ。HPVワクチン価格は1回分1万数千円と高額なため、GAVIが支援対象国に約500円で供給しているが、疾病負担がきわめて低い先進諸国がいちはやく定期接種化し、日本も追随した。がん治療よりも費用対効果が高いとされるが、その根拠は、発がん抑制効果も効果の持続期間も仮定にもとづいた試算にすぎない。  GAVIは、1999年にビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団(以下、ゲイツ財団)が出資して設立した。マイクロソフト創業者で同財団共同議長のビル・ゲイツ氏は08年、スイスのダボスで開かれた世界経済フォーラムで、「創造的資本主義」を提唱した人物だ。利益と社会的評価を生む市場インセンティブ(誘因)によって世界の不平等や貧困を解決していく、持続可能なシステムだという。  このとき具体例として挙げたのが、07年に米国で法制化された医薬品の「優先審査制度」だ。マラリアや結核など患者が途上国に偏在する「顧みられない疾病」の薬を開発した企業は、他の高く売れる新薬の承認審査を優先的に受けられる制度である。「発売が1年早まれば、何億ドルにも値しうる」と称賛した。加えて、「貧しい人々を助けるための新しいアプローチ開発に取り組んでいる製薬企業」として、とくにGSKの社名も挙げている。   ■中立的な立場とは言い難いWHO   あまり知られていないが、WHOはゲイツ財団や製薬企業などから多額の寄付を受けている。たとえば10〜11年の総予算4945億円は、7割が任意の寄付、加盟国の分担金はわずか2割だ。寄付金の大半は加盟国や国連機関によるものだが、最高額の寄付者はゲイツ財団で455億円、GAVIも101億円、GSKはワクチンなどの現物と金銭で計82億円相当を寄付している。  WHOはゲイツ財団や世界銀行とともにGAVIの常任理事でもある。さらに、09年にはGAVIを通じて最貧国に供給すべき有効で安全な薬としてガーダシルとサーバリックスを「事前認定」しており、中立な立場とは言い難い。  冒頭のシンポジウムで、やはりHPVワクチンの推奨機関として紹介されたCDC(米国疾病予防管理センター)に至っては、ジュリー・ガーバーディング前所長(任期02〜09年)が10年にMSDの親会社メルクのワクチン部門トップに天下りする癒着ぶりだ。  GAVIの資金調達機関IFFIm(予防接種のための国際金融ファシリティ)は、欧州など9ヵ国からの寄付金を担保に世界で4600億円のワクチン債を売り上げた。約半分は08年以降、大和証券を中心に日本で販売された。 同社広報部の瀬戸真一氏は「無償奉仕ではない、ビジネスの仕組みの中での持続可能な社会貢献」と胸を張る。若い層の関心も高いという。 たしかに「命を救うワクチン」や「投資で社会貢献」は甘美な響きだが、市場インセンティブを前提とする「創造的資本主義」に官も民も専門家も市民までもからめとられてしまっては、誰が客観的な監視や判断を行なうのか。まずは落ち着いて、ワクチン被害の可能性と治療に向き合うべきだ。 写真撮影/太田美智子 おおたみちこ・ライター。 子宮頸がんに関する世界地図つき 週刊金曜日 2014.7.25(1001号)