精神科病院/暮らしの場ではない 東京新聞社説2014年5月19日  精神病床が多すぎるというなら、その一角を住居に転換してはどうか。入院患者は効率よく“地域”に移ることができる。厚生労働省の検討会でそんな構想が議論されている。 人権意識が疑われる。  日本の精神病床は34万床を超え、人口当たりでは先進国平均の4倍近い。心の病の多発国なのか。答えは「ノー」である。  在宅で療養できるのに、多くの患者が病院生活を送っているからだ。人間らしさを奪う社会的入院の蔓延(まんえん)は、国際的にも批判されてきた。  最近の統計では、入院患者は32万人。20万人は1年以上入院している。そのうち3割は10年以上に及ぶ。高齢化も進み、年間2万人が病院で最期を迎える。  10年前、厚労省は病院から地域へと患者の生活の場を移す方向性を打ち出した。しかし、この間の統計は、改革の失敗を物語る。  そこで、去る4月、地域移行の手だてを考える検討会を新しく立ち上げた。最大の論点は、精神科病院の病棟を居住施設に転換するという構想の可否である。  病院側は推進の意向を示す。精神科病院のほぼ九割が民間経営という事情を抱えているからだ。  入院患者は主要な収入源だ。病床を安易に減らすと、経営が傾きかねない。既存の病棟を退院先の受け皿として生かせば、利点は大きい。そんな思惑がうかがえる。  裏返せば、そこに社会的入院の原因が浮かぶ。財政難を言い訳にして、精神医療を民間に任せ、患者の隔離と収容をせきたてた戦後の国策が背景にある。それを後押ししたメディアの責任も重い。  この構想の根底には、患者の人権より病院の営利を優先させる危うい発想がある。看板を掛け替え、患者を囲い込むトリックではないか。障害当事者や支援者側がそう反発するのは当然のことだ。  「いつ病気やけがをしても安心です」。そんな宣伝文句で、病院内のマンションが売り出されたとしよう。普通の感覚では遠慮したい物件だろう。障害者にとって便利なはずと見なすのは差別に通じる。  退院患者を病院内に押しとどめるような環境づくりは、障害者の自立と社会参加を保障する障害者権利条約の理念を損ねることになる。地域から切り離す行為に変わりはないからだ。  診療報酬も退院を促し、在宅医療を手厚くする方向になった。  精神科医や看護師ら専門職の方こそ病院を出て、地域に分け入り、患者を支えて回るべき時代である。