医療福祉と財源の部屋

「消費税を考えよう」
内閣府社会システム担当参事官 大島一博さん

 消費税に関する新聞記事を以前より目にするようになった気がします。つい先日も、福田総理が「消費税の引上げは、2〜3年先の段階の話だ」と発言したという報道がありました。これについては、それに先立つこと一週間前にあった「消費税について決断しなければならない重要な時期だ」という総理自らの発言を打ち消して先送りする趣旨だとの解説も報じられています。

 消費税について、みなさんはどう思われますか? 多くの方の第一印象は、日々の暮らし向きを悪くさせる「敵」のイメージだと思います。「上がってほしくない。上げるにしても使い道をはっきりさせなければならないし、それよりもまずは先に、行政のムダや天下りなどを徹底的になくしてからだ」といった声が多いのではないでしょうか。そのとおりなのですが、しかしそうとは言いつつも、長い目で見ると、医療や介護などのサービスを保障する財源は消費税抜きには考えられないというのも事実です。本稿では、社会保障との関わりを中心にしながら、消費税の将来について考えてみたいと思います。

なぜ消費税?

 「増税」というときに、よく話題にのぼるのは消費税です。他にも、法人税や所得税、相続税、はたまたガソリン税やたばこ税などいろいろな税があるのになぜでしょうか。
 国の税収を多い方から並べると、法人税(約3割)、所得税(約3割)、消費税(約2割)となっていて、この3つで全体の8割を占めます。
 あとはぐっと規模が小さくなり、ガソリン税、相続税、たばこ税などが全体に占める割合は、それぞれ4%、3%、2%程度です。このため、大きな規模(例えば、兆円単位)の税をしようとした場合には、どうしても3本柱の増税を考えることになります。

 このうち、法人税は、国際的には企業誘致や国外逃避防止の観点から税率を引き下げる方向にある中で、日本は最高水準にあると言われています。また、所得税は、高所得者に対する課税強化といった見直しはありえるでしょうが、勤労世代は人口減少時代を既に迎えており、大きな負担を寄せることには限界があります。
 こうしたことから、(当面の増税策としては、たばこ税や相続税がとりあげられることになるかもしれませんが、)長期的な安定財源としては、すべての世代から負担を広く求める消費税がクローズアップされることになります。

諸外国では?

 EU加盟国の間では、消費税の税率を15%以上25%以下にするという定めがあります。このため、イギリス17.5%,フランス19.6%,ドイツ19%などと軒並み20%近い水準になっており、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーは最高税率の25%です。
 ただし、こうした税率は、多くの国では「標準税率」として位置づけられたもので、食料品をはじめとする生活必需品には「軽減税率」が導入されています。
 例えば、イギリスでは、食料品・水道水・新聞・書籍等は0%、高熱水費等は5%、フランスでは、新聞・医薬品等は2.2%、食料品・水道水・書籍等は5.5%、ドイツでは、食料品・水道水・新聞・書籍等は7%などとされています。

 アメリカでは、州、郡、市によって扱いが異なり、例えば、ニューヨーク市では、8.375%です。
 アジアでは、中国17%、韓国10%、オーストラリア10%、シンガポール7%、タイ7%、台湾5%などどなっています。


(備考)
1 .日本の消費税率5%のうち1%相当は地方消費税(地方税)である。
2 .カナダにおいては、連邦の財貨・サービス税(付加価値税)の他に、ほとんどの州で小売売上税等が課される。(例:オンタリオ州8%)
3 .アメリカは、州、郡、市により小売売上税が課されている。(例:ニューヨーク市8.375%)
(出所)IBFD"European Taxation Database"、各国大使館聞き取り調査、欧州連合及び各国政府ホームページ等による。
社会保障費はどれだけ必要になる?

 社会保障のうち、今後高齢化の進展に伴って給付が増えるのは、主に、医療、介護、年金です。
 高齢者人口(65歳以上の人口)は、数でみると2040年代、比率(高齢化率)でみると2070年代が、それぞれピークになると予想されていますので、社会保障の給付と負担のピークも今から30〜60年後になるのではないかと考えられます。これくらい先を見通して、予測をたてる必要があると思いますが、現在のところ、政府の社会保障費の予測は、2025年までとなっています。


 政府予測には、厚生労働省による試算と内閣府の経済モデルに基づく推計の2つがありますが、内閣府モデルによると、医療と介護のために必要とする公費部分の追加額(この他に保険料部分の追加額が必要になりますが、これについては補足@)を全て消費税で賄おうとすると、2025年時点で+3.5〜+3.75%の消費税の引上げが必要となります(2007年10月17日経済財政諮問会議資料「給付と負担の選択肢について」試算Uをもとに計算)。
 補足@ 医療は、窓口での自己負担部分を除いて、約6割が保険料、約4割が公費(税金)で賄われています。介護は、約4割が保険料、約6割が公費(税金)です。したがって、+3.5〜+3.75%の消費税の引上げを行って公費部分を賄ったとしても、別途保険料(労使が負担)の引上げを行う必要があり、その引上げ幅は、2025年時点で今より15〜20%程度のアップになると推計されています(上記資料より)。
 補足A 医療や介護の費用への影響が大きい75歳以上人口は、2008年から2025年にかけて850万人増加し、更に2025年からピーク時である2050年代にかけて230万人増加すると推計されています。経済成長の状況等他の要因を全て無視して、この75歳以上人口の絶対数の増加だけで、医療・介護の公費部分に対応する2025年から2050年代までの間の消費税引上げ率を単純に推計すると、(+3.5%〜+3.75%)×230/850=+1%となります。

 年金については、2004年の制度改正の際に物価や賃金の上昇に比べて給付額を抑制する仕組み(マクロ経済スライド)が導入されたことにより、増税の必要幅は小さくなっています。基礎年金の国庫負担率の引上げ(1/3→1/2)を賄うために、+1%の消費税引上げが必要なだけです。ただし、基礎年金を現行方式から全額税方式(その中でも過去の未納者の年金額は減額する方式)に切り替えるとした場合には、更に+4%の消費税引上げが加わります。
 補足B 年金額の水準は、長期的に、標準的な世帯での受取り額がそのときどきの現役世代の男性の平均的な手取り賃金の5割を割らないように設計されています。しかし、賃金上昇率や積立金利回りの動向等によっては、5割を割りそうになることも想定され、こうした場合には、年金給付や負担のあり方について再検討が行われます。+1%は、こうした見直しがなかったという前提での数字です。

福祉施策や少子化対策、低所得者支援には充てなくていい?

 介護以外の福祉施策の充実も重要な政策課題ですが、人口減少社会を迎え利用者の大幅な増加が見込まれるわけではないことから、基本的には、この分野が消費税率に影響を及ぼすまでのことはないと考えられます。ただし、施策内容の大幅な拡充を行うとした場合には、そうとは言えなくなります。例えば、少子化対策や低所得者支援の分野において可能性があります。

 昨年12月に、少子化対策の充実を図るためには、児童手当関係を除いて年間1.5〜2.4兆円の追加費用が必要であるとの報告がまとめられています(「子どもと家族を応援する日本」重点戦略)。このうち、公費がどのくらい占めるかは明らかにされていませんが、現状の比率(=8割(国27%、地方公共団体54%))をあてはめると、公費1.2〜1.9兆円、消費税率に換算すると、+0.5〜+0.8%の引上げに相当します。

 低所得者支援について、欧米では、各種手当や給付、更には日本にはない還付式の税額控除など多様な制度を用意し、それらを組み合わせることにより、母子家庭、失業者、障害者、病者等状況によって異なるニーズにきめ細かく対応しようとしています。また、最近の潮流として、欧米ではこうした支援をできる限り就労促進と結びつけようとしているそうです。制度が複雑化し分かりにくいため簡素化すべきとの意見もあるようですが、概して日本よりも充実している感じがします。日本では、今はまだ具体的なレベルでの議論は少ないように思いますが、賃金格差の拡大等を背景に、議論が進展していくのでないかと考えます。

公債の返済には充てなくていい?

 2006年度末時点で国と地方の借金(公債の債務残高)は、767兆円です。対GDP比150%、つまり、日本の年間の国内総生産を大きく上回る規模となっています。今も毎年度の財政収支は赤字です。
 政府の目標では、まずは、歳出カットと歳入増対策により公債に関わる費用の出入りを除いた財政収支(基礎的財政収支)を黒字化させ、ついで2010年代半ばには、「債務残高GDP比の発散を止めることを目指す」とされています。
 債務残高GDP比が発散する(返済が厳しくなる方向)か、それとも収束に向かう(返済が楽になる方向)かは、「長期金利」と「GDP成長率」のどちらが大きいのかによって変わり、また、双方の値やその差が大きいほど結果の出方も大きくなります。
 過去の推移を見ると、長期金利の方が高かった時期もあれば反対の時期もあり、将来の経済環境を言い当てることは困難ですが、楽観的な見方を避けようとすれば、「長期金利>GDP成長率」という前提を取ることになります。

 前述の2007年10月17日の試算Uでは、この前提に立ち、共に「長期金利>GDP成長率」である次の2つのケースを設定しています。
  設定1(経済成長順調ケース):長期金利4.5%、GDP成長率3.2%
  設定2(経済成長不調ケース):長期金利3.6%、GDP成長率2.1%

 ところが、設定1と2の間のちょっとした(と感じられる)%の値の違いが、消費税の引上げ幅に大きな違いをもたらします。すなわち、2025年の債務残高GDP比が今と比べて上昇しないようにするために、設定1の場合では、+3%の消費税率引上げが必要となる(注:+3.5%の医療・介護への対応分が別途必要)のに対し、設定2の場合は、+8%もの引上げが必要(注:+3.75%の医療・介護への対応分が別途必要)という推計結果になっています。両ケースの間で約5%もの消費税率の差が出ています。「経済成長が重要だ」としばしば言われる理由の一端がここにあります。

 それにしても、将来の不確定要素である経済環境の違いが、求められる税率の差にこれほどまでに大きな影響を及ぼすとは、ちょっとした驚きです。少子化による人口減少が進むという条件の中で日本が恒常的に経済成長を達成するのは容易なことではありません。「生産性の向上」がカギであると言われていますが、経済界等を中心に外国人労働者や移民の受入れを求める声も強くなってきています。

結局、何%になる?

 遠い将来に最終的に消費税が何%になるのかは、社会保障の将来給付額をどう見込むのか、社会保障費用のうち公費がどこまで担当するのか、金利・成長率等の経済環境がどうなるのか、生活必需品への軽減税率をどのようにするのかなど、多くの不確定要素があり、また、所得税や法人税等の他の税の動向とも関連するため、予想するのは困難です。しかしながら、これまで出てきた%の数字を足し合わせていくと、将来的にはいずれ日本でも、EU加盟国の消費税基準(15%以上25%以下)程度の税率が必要とされるようになると考えられます。

 はたして、必要だとしても、消費税の負担が増えていくことについて、国民の理解は得られるのでしょうか。政治や行政への国民の信頼が厚ければ、理解や納得が得られるかもしれません。しかし、今は肝心の「政治や行政への信頼」がすっかり損なわれた状態です。信頼の再生というのが、遠いようですが政治と行政に課せられたこの問題の正しい解決策であるように思います。

 以上に出てきました数字は、限られたデータをもとにしています。また、非常にラフなやり方で推計したところもあり、精緻な議論に耐えうるものではないと思います。消費税と社会保障がどう関係するのか、そのイメージをつかんでいただくための一つの材料として、お受けとめくだされば幸いです。増税論議にもっと関心が持たれ、暮らしの安心を守る観点から、幅広く行われるようになってほしいと願います。

(精神保健ミニコミ誌クレリィエール430(2008年9月号)より転載)

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