えにしの本のエッセンス

(6)34歳でがんはないよね?〜あるジャーナリストの揺れる心の軌跡
本田麻由美さん

本田麻由美さんの「まえがきに代えて」と目次から抜粋

 「そんなタイトル、困りますよぉ……」
 「それじゃぁ、私のバカさ加減を全国にさらすようなもんじゃないですか!」
 私は抵抗しました。世の中には若い患者さんもたくさんいます。特に乳がんの場合、20−30歳代の患者さんも少なくなく、私が34歳で見つかったことは別に驚くことではないのです。ただ、その時の私が無知で、そう思っただけのこと。学術集会のシンポジストの一人として、「患者側からみた『がん対策基本法』の意義と今後の展望」について発言させてもらった直後だっただけに、そんなトボけた題名では、私の愚かさを露呈するだけじゃないかと恥ずかしく感じ、さらに、若い患者さんに失礼ではないかと思ったのです。
 しかし、私の反論に対し、編集者の深見さんは「本田さん、そこですよ。ベテラン患者の感覚に染まっちゃ、ダメですよ」と指摘し、説得を始めました。
 ベテランのがん患者には「そんなこと当たり前」でも、がんの不安を抱えていたり患者になったばかりだったりする人には、当たり前じゃない。50歳代でも60歳代でも「まさか、私が……この年で」と衝撃を受けるもの。本田さんのこの"つぶやき"は、そうした不安や衝撃を象徴したもので、心の機微をうまく表した言葉だ。恥ずかしいものなんかじゃない。初心を忘れるべからずという意味でも、このタイトルでいきましょうよ――と。
 それを聞いていて、ドキッとしました。(略)
 そう思ったのは、私がベテラン患者になったからで、初めは誰もが自分のこととなると「まさか」と感じるもの。私もがんの予感に心が揺れ、どんな心構えでがんと向き合えばいいのか苦しみ続けました。希望の光を追うように治療法を探しては壁に突き当たったり、自分の思いを医師にどう告げていいものか悩んだり。よもやの乳房全摘、局所再発といった試練に遭遇し、死の不安に苛まれ、もう要らない人間になってしまったと疎外感で一杯になりました。
 そうした体験をもとに取材を加え、求めたい医療や社会の姿を考えて新聞記事を書き、問いかけ続けている立場だからこそ、その"素人感覚"を忘れてはいけない。深見さんの言葉に、そう思い至り、自分への戒めとして説得を受け入れることにしたという次第です。(略)
 新聞コラムでは書けないことがたくさんありました。(略)読んでいただく方々に、一つの問題提起として私という一患者のルポを提供してみようと考えました。例えば、その治療法をどう考えて選んだのか。医師との対話にどう臨んだのか。つらい現実に心の折り合いをつけるには。患者になって医療制度や社会の仕組みはどう見えたのか――。
 幸い、私には闘病中の出来事や心情を事細かに記してきた手帳がありました。それを読み返すと、その時の情景がくっきりと映像として思い出され、かなり具体的なルポになりました。すると、当初は過去3〜4年の闘病体験を書くつもりでいたのが、かなりの分量となってしまい、初めの一年を書いたところで一先ず終えることとなりましたが、様々な試練に翻弄された凝縮の一年をありのままに綴りました。(略)
 医療技術の進歩と患者の価値観の多様化、さらには国も地方も厳しい財政事情を抱えるという現状で、自分にとって安心・納得できる医療ってどんな姿なのか、それを実現するには――など、自分たちの医療をどうしていくかに関心をもっていただける一助になればと願っています。

1章 乳がん発症。そのとき私は――

予兆/告知/漁火/微笑み/停滞
2章 『生』に固執して闘う姿は、浅ましいか――
選択/再入院/大部屋/乾杯/孤独/氷解/視点
3章 患者の立場で考える日本のがん医療
局所再発/残像/光線/原点/模索/逃避
4章 記者の視点でがん医療をライフワークに
試練/封書/病院行脚/安堵/決意/旅立ち

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