優しき挑戦者(国内篇)

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 「優しい」と評判の若い職員が、認知症高齢者グループホームで起こした事件が2005年2月、明るみにでました。朝日新聞と読売新聞の石川県版はこう書いています。
 「84歳の女性を逃げられないように部屋の隅に追いやって、顔や腹部に服の上から石油ファンヒーターを押しつけるなどしてやけどを負わせ、殺害した疑い」
 「容疑者も風呂場で意識もうろうとした状態で倒れていた。『虐待して死なせてしまった。申し訳なく、死んでおわびをしたい』との走り書きが残っていたという」
 「入所者から『いいお兄ちゃんや』と慕われていた」

 続発する事件は、介護には、人間への深い理解と専門知識、技術が不可欠であることを教えてくれます。「介護は誰でもできる単純労働」という日本に根強い常識がどんなに危険かを証明しています。

 そのことに気づいて、多彩で地道な活動を展開してきた、ボランティア精神の塊のような人たちが今回の主人公です。
 きっかけを作ったのは、福岡県大牟田市にある整形外科病院の院長、東原忠さん。
 1994年に特別養護老人ホームを始めたものの、医学では解決できない壁にぶつかって悩んでいました。「デンマークには『寝たきり老人』という言葉がない」と講演会で聞くやいなや、大谷るみ子婦長をデンマークに3カ月間、派遣する思い切った決断をしました。96年のことです。

 大谷さんを受け入れたフォルケ・ホイスコーレの校長、千葉忠夫さんは、26歳のとき、リュック一つでデンマークへ渡り、50歳が近づいたとき、廃校になった小学校を買い取り、福祉の懸け橋の場をつくった人です。大谷さんは、ここでの日々で、2つのことに気づきました。
 ひとつは、視察にきた人たちの多くが、「デンマークは凄い。でも、制度が違う日本では無理」と諦めの言葉を残して去ってゆくこと。
 けれど、デンマークの高い福祉水準は、制度以上に、「自分を大切にする、だから他人も大切にする」という人間観に根ざしていること。
 それなら、社会の仕組みが違う日本でも実現できる、と大谷さんは確信しました。

写真@:デンマークの認知症ケアハンドブック「介護にユーモアとファンタジーを」を大牟田グループの肝入りで翻訳したもの。ミネルヴァ書房刊。認知症コーディネーター研修はこのテキストにそったプログラムで構成されました。

 以来、スタッフたちはデンマークで毎年、肌で感じる研修をするようになりました。デンマークの実習生を引き受けて、交流がさらに深まりました。
 2001年には、デンマークの「認知症コーディネーター」に長期滞在してもらいました。コーディネーターを育てるためのデンマークの教科書を日本の現場の人々にも読んでもらいたいと翻訳のために奔走しました(写真@)。
 認知症の人たちは物忘れへの不安や、うまく表現できない苛立ちからパニックになったり、乱暴になったりします。知識や技術がないと介護者は対応に疲れ、冒頭の記事のような虐待へと駆り立てられることにつながります。
 デンマーク独特の認知症コーディネーターは、スタッフを現場に訪ね、相談にのったり、助言したりする専門家なのです。

 この年、「痴呆ケア研究会」も大牟田市に生れました。市の介護保険課とパートナーの関係で、会員数はいま560人。まず、認知症コーディネーターの養成に取り組みました。研修は2年間で計280時間。受講生は看護師やケアマネジャーたち。講師陣はデンマークから、日本各地から、第一人者が顔をそろえます。
 大牟田の人たちの熱気が乗り移ったのです。

 デンマークにヒントを得た絵本作りのプロセスもユニークです。「誤解や偏見をなくすには、認知症の人が価値ある存在であることを、子どもの頃から学ぶのがなにより」という考えから、研究会のメンバーが、身近に認知症の祖父母がいる子どもたちの話を聞き、物語をつくりました。
 本の題は、「いつだって心は生きている」(写真A)。

写真A:『いつだって心は生きている〜たいせつなものを見つけよう〜』の表紙ご注文は、大牟田市有明町2−3 大牟田市役所保健福祉部介護保険課へ。定価1000円、送料は別。電話は0944−41−2672 写真A:『いつだって心は生きている〜たいせつなものを見つけよう〜』の表紙ご注文は、大牟田市有明町2−3 大牟田市役所保健福祉部介護保険課へ。定価1000円、送料は別。電話は0944−41−2672

 夜になるとにぎり飯をつくり始める祖母、行方不明になってしまう祖父に、主人公たちは初め戸惑いますが、やがて、病気と知り、祖父母の身になって考え、寄り添う心が芽生えていきます。
 「出来なくなったことでなく、今出来ることを大切にしよう」というデンマークのケアの基本思想(図)が盛り込まれています。
 絵本作りには幼稚園児から高校生まで参加し(写真B)、物語に沿って挿絵を描いてゆきました。2000冊を市内の小中学校の全学級と図書館などに配布。総合学習の一環として出前教室もしています。

図:デンマークの認知症コーディネーターのミリアム・ゲーデさんが、大牟田の人々のために描いた介護の基本の説明図 写真B:24人の子どもたちも絵本づくりに加わりました
写真C:1月30日のフォーラムのフィナーレ。

 2004年4月には、同市駛馬(はやめ)南地区の住民たちが「はやめ南人情ネットワーク」を設立しました。ボランティア組織、郵便局、警察、タクシー会社など様々な人が手をつないで、認知症になっても、住み慣れた町で暮らしつづけるように見守る仕組みです。

 1月30日、1200人が集まって「認知症高齢者への"新しいケア"の可能性を探るフォーラム2005」が開かれました(写真C)。認知症コーディネーター研修を終えた一期生7人が祝福を受けました。フィナーレには、古賀道雄を市長が「大牟田市は、認知症の人とその家族を地域全体で支え、市民が認知症を超えて、安心して豊かに暮らし続けることができるよう、まちづくりを推進してまいります」という「フォーラム宣言」を読み上げました

 一人の思いが1000人を超える人に、そして全市に広がりつつあります。

※痴呆症と認知症
 厚生労働省は2004年のクリスマスイブの日に、「痴呆は侮蔑的な表現である上に、実態を正確に表しておらず、早期発見・早期診断などの支障となっている」と指摘し、認知症に変更するよう求める報告書を発表しました。
 詳しくは、「秘蔵資料の部屋」をご覧ください。

大阪ボランティア協会『Volo(ウォロ)』2005年3月号より)

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