「真のボランティアは、自身がボランティアであることに気づいていない」という法則どおりの報告が、大阪で開かれた日本予防医学リスクマネージメント学会学術総会で、参加者に感銘を与えました。
新米患者の振りをして公立図書館、大型書店、病院内の患者図書室をまわり、その結果をミシュラン・ガイドにならって下の表のようにまとめた発表です。
報告した片山環さんは、実は、新米どころか、悪性リンパ腫歴8年のベテラン患者。グループ・ネクサスの副理事長です。
2005年の第1回調査の方法は、こうです。
まず、スタッフに、「悪性リンパ腫の本を探しているのですが」と尋ねてみます。反応が良ければ、「この病気の薬の副作用についての本も知りたいのです」。
手応えがあったら、次は、「血管痛の情報はどうやって調べればいいでしょうか」。
血管痛は、悪性リンパ腫の1割を占めるホジキンリンパ腫の治療薬の副作用で、なかなかむずかしい質問です。公共図書館や書店は、ほとんど落第でした。
2007年の第2回調査の結果は以下のようになりました。
| 悪性リンパ腫の本 | 症状別料理の本 | 患者会資料 | 本の見つけやすさ | 開館曜日・時間帯 | 評価 |
大阪市立 中央図書館 | ◎ | ◎ | × | × | ◎ | ☆☆☆ |
大阪市立 阿倍野図書館 | ○ | ◎ | × | × | ◎ | ☆☆☆ |
大阪市立 北図書館 | ○ | ◎ | × | ○ | ◎ | ☆☆☆☆ |
紀伊國屋書店 本店 | ◎ | ◎ | × | × | ◎ | ☆☆☆ |
旭屋書店 本店 | ◎ | ◎ | × | ○ | ◎ | ☆☆☆☆ |
大阪医療センター 患者情報室 | ○ | ◎ | ◎ | ◎ | × | ☆☆☆☆ |
大阪厚生年金病院 患者情報室 | ○ | ◎ | ◎ | ◎ | × | ☆☆☆☆ |
淀川キリスト教病院 医療情報コーナー | ○ | ○ | × | ○ | × | ☆☆☆ |
(東京)河北総合病院 健康図書室 |
◎ |
◎ |
× |
◎ |
◎ |
☆☆☆☆ |
市立の図書館の場合。
がんの読みものコーナーだけでなく、医学、内科学、外科学の棚があって、がんの本はあふれています。ただ、目的の本を見つける手だてがありません。
予防の本がやたらにあります。
「でも、がんになってしまったら、今をどう切り抜けるかの具体的な情報が知りたいのです」と片山さんは実感をこめていいました。
肝心の専門書の棚には、10年以上も前に出版されたものが混じっています。悪性リンパ腫の治療法はぐんぐん進歩しており、5年前でも古すぎるのです。
10年前の本で治癒率のページを見て絶望したら大変です。
駅前の大きな書店の場合。
夜遅くまでたくさんのお客が医学のコーナーにあふれていました。日曜日の夜にも本を探したいという人に応えているのが、公立図書館と違う長所です。
ただ、並んでいる本の信憑性に問題が多すぎます。
また、たとえば、『抗がん剤拒否のススメ』。ホジキンリンパ腫は抗がん剤で8割ぐらいの患者が治るのに、と片山さんは嘆きます。
こうして、"患者経験という特技をもったボランティア"ならではの、片山式評価表が出来上がりました。
このような、芝居っけのある評価ボランティア、福祉など他の分野でも、きっと威力を発揮することでしょう。
司書さんが常駐する病院の患者図書室の応対は、さすがでした。
老舗、京都南病院の場合、その歴史は1970年代に遡ります。
これも、"ボランティアと気づかないボランティア精神"が始まりでした。
当時は、入院期間が長く、1年以上入院している患者さんも少なくありませんでした。そこで、スタッフのための病院図書館の入口部分に、図のように歴史や文学、社会科学や趣味の本を並べ、患者さんに読書の楽しみをもってもらおうとスタッフが考えたのです。
この病院では、独り暮らしのお年寄りのために食堂を開放することも、80年代から始めています。病院あげてボランティア精神の塊でした。
当初は、患者さんが入れるのは、入口近くの一般書だけでした。
「患者が中途半端に医学知識をもつと治療の妨げになる」というのが日本の医師たちの常識だったのです。
それが、変わっていった経過について、この図書室の司書、山室眞知子さんは、大阪市立大学の大学院生が企画した公開シンポジウムで、こんな風に話しました。
「『難しくても、詳しく書かれている医学書も見せて欲しい』という要望が患者さんの間から高まってきて、図書委員会で検討を重ねました。そして、97年から医学専門書も公開することになりました。公共図書館には専門書がないということも一つの理由でした。医学書は高価ですので、書店に行っても買えないし、立ち読みをすることもできません。セカンド・オピニオンを医学書に求めたい、との目的の利用者も多くなっています」
「病院図書室の役割は、まず医療スタッフへの医学専門情報の提供と研究支援ですが、治療チームの一員である患者さんへの医学情報の提供も大事な仕事と考えられるようになりました。
医療費のことなどの心配ごとを相談されることもありますが、そのときには病院のケースワーカーを紹介する、これも図書室の一つの役割と思います。
これからは、地域の人々にも、医療情報の提供や読書サービスを広げていく役目もあると思っています」
左の写真は、千葉県がんセンターの患者図書室「にとな文庫」です。
ここで働いている下原康子さんは、プロの司書さんですが、ご本人が乳がんを体験しているので、実にきめ細かい運営をしています。
下の写真のように、コンピューターを駆使して最新の医学情報を引き出すだけでなく、読みやすい新聞の切抜きや医療にまつわる漫画もおいてあります。
エプロン姿で、お茶を一緒に飲みながら、おしゃべりする。
そんな、ほっとできるスペースにもなっています。
共有ノートに患者さんの家族のこんな言葉が残されていました。
「突然に夫がすい臓がんと言われ、希望を失って夫に付き添ってきました。この図書室でがんについての本をガンガン読んでいると、少しがんが怖くなくなりました。今はがんについてできるだけ客観的にいろんな資料を読もうと思うようになりました。おかげさまで。」
このような動きを、バックアップしている、ご本人が気づいていないボランティア精神のうねりがあります。
1つは、医療法改正にかかわった官僚たち。その基本的な考え方に「患者の視点に立った、患者のための医療提供体制の改革」を盛り込み、7項目の1番目に、「患者等への医療に関する情報提供の推進」を挙げました。
もう1つは、病院機能評価にかかわった専門家たちです。
その経過について、司書の杉本節子さんは、国立保健医療科学院で行われたフォーラム「市民への健康情報提供サービス」でこう分析しています。
◇
病院機能評価の記述の変化をみますと、Version4の<特記事項>に「院内の患者・家族または住民に利用してもらっている事例がある。病院の地域に対する健康教育活動として評価されるべきであるが、このような場合にそれらの図書の購入や管理について、図書部門がどのように関係しているか留意する。」とありました。
それが、Version5では、【評価の考え方】に「図書室機能とその運営のあり方について、委員会などを設置して、定期的に検討することが望ましい。(略)また、近年、患者、家族または住民向けの保健・医療・福祉関連の図書を整備し、健康教育や医療に関する情報提供に役立てている事例がある。病院の地域に関する啓蒙活動として、評価されるが、図書部門の積極的な関与が期待される。」と書かれており、病院図書室や医学図書館の積極的な関与について初めて述べられていることは注目すべきことです。
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下の写真は、冒頭に掲げた片山さんの"成績表"で高得点を獲得した東京の河北総合病院の「健康図書室」の風景です。
多くの患者図書室が、元喫煙室を転用した「窓のない地下室」だったりするのに、ここは、玄関を入ってすぐの一等地にあります。
多くの患者図書室が司書さんの報酬を切り詰めたり、ボランティア司書さんに頼ったりするのに、ここでは、土曜日も有給のスタッフが働いています。
患者さんが調べやすいように、パソコンのトップベージに「しらべるくん」という初心者に親切な目次が載っていたり、闘病記の棚があったり、老眼鏡も用意してあったり……。そして、なんと、暖炉がしつらえられて、ゆったりした雰囲気をかもしだしています。
患者図書室にまつわる学会や研究会で、かならず深刻に語られるのが、「院長の理解」をどう獲得するか、です。患者図書室は、直接の病院収入に結びつきません。にもかかわらず、病院の空間や人手を割くかどうかは、病院長の決断に大きく左右されるからです。
高得点の河北病院の場合。理事長の河北博文さんは、医療機能評価機構の生みの父のひとりでした。そして、患者図書室を日本に定着させなければという信念をもつ人だったのでした。
(
大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』4月号より)