優しき挑戦者(国内篇)
(56)最期のときを輝かせる「穂波の郷」の夢を叶えるプロジェクト

◆病院を飛び出したわけ◆

蕎麦屋さんと間違えた人が飛び込んでくるという、古民家風の「穂波の郷クリニック」。
育児に不慣れな若いお母さん、ご近所のお年寄り、こどもたちが出会う地域の人々のなじみの場でもあります。
クリニックの廊下を利用したギャラリー、患者さんも参加してつくる花畑、和室もあります。

この風変わりにクリニックの院長は、循環器内科が専門の三浦正悦さん。
市民病院の責任あるポストについていた三浦さんが病院を飛び出したのは、医療ソーシャルワーカー、大石春美さんの仕事ぶりに感動したのがきっかけでした。

大石さんは、たとえば、余命10日と診断された末期癌の女性の「自宅に戻りたい」「教え子たちに何かを残していきたい」という夢を1つ1つかなえていました。
すると、その女性は、入院中とは別人のように輝き始め、予測を超えて4カ月あまりも充実した人生の最期を送ったのでした。
医師としての勉強の中では教えられてこなかったことばかりでした。

◆ひとつひとつが、ドラマのよう◆

「あきらめない」「つながる」「在宅を支える」を理念に、三浦さんは、2005年の七夕の日にクリニックを開業しました。
そして、半年後、大石さんを中心とする在宅緩和ケア支援センター「はるか」がスタートしました。訪問看護師、ケアマネジャー、社会福祉士、介護福祉士、リハビリテーション体育士、ボランティア、そして家族をつないで、一人一人の人生最後の希望や夢を見つけ出し、かなえています。

その1つ1つが、独創的で、ドラマのようです。
写真は、幼い日に戻って小川でどじょうすくいしてみたい、という夢をかなえているところです。
ご本人は車いすで参加。
とれたどじょうは、自宅に持ち帰り、家族やボランティアが柳川なべにして、みんなで舌鼓を打ちました。

人はそれぞれ、密かに誇りにしていることがあります。しばしば、ご本人も気付いていないそれを見つけ出して磨きをかけるのも、プロジェクトのお家芸です。

営林署につとめていた男性の場合。
つくりためていた桜の小枝のオリンピック選手人形たちの出来ばえを自慢にしていることが分かりました。
埃をかぶっていた作品を見つけ出して、クリニック開設3周年の展覧会に出品してほしいと頼みました。
作品はご近所の人たちに大好評でした。
こんどは、河童を自然の中において撮影し、「おじいちゃんのカッパ〜カッパオリンピック」というドラマ風の写真絵本集をつくることになりました。
家族たちが総出で参加。
お孫さんが、作品を手に持って「いい仕事してますね」と褒めている姿も納められました。
映像の試写を楽しそうに眺めたその1時間後、「おじいちゃん」は、家族に見守られて、静かに息を引き取りました。家族の胸には、温かい思い出が残りました。
河童の群像は、いまではクリニックの交流スペースの名物です。

◆夢を見つけては、実現する◆

乳ガンがリンパ節に転移して出血している女性の場合。
まず、クラス会に、そして、娘の結婚式に出席できるようにするプロジェクトが展開されました。どちらも、ご本人が諦めていた夢でした。

妻に感謝したいけれど、口には出せなかった肺がん末期の男性のためには、結婚40周年を祝う「ルビー婚式」が企画されました。
「飛び出せお茶会」も、頻繁に開かれています。
たとえば、材料をもちこんでのケーキづくり。
三浦ドクターの慣れない手つきも、笑いを誘います。
結婚式でケーキカットした経験のない夫妻は照れくさそう、でも、嬉しそうです
患者や家族の思いをくみ取り、人をつなぐ大石さんのような役割をする「緩和ケアコーディネーター」を養成する講座も開かれています。これには、遺族も参加し、愛する人を失った悲しみを癒しています。

◆「あたらしい医療のかたち」賞に◆

穂波の郷クリニック開設の翌年、厚生労働省は、「在宅療養支援診療所の制度」を新設しました。
自宅で人生の最期を過ごしたい、療養を続けたいという人のための制度です。

「はるか」は、痛みなどのからだの苦しみを和らげるだけでなく、一人一人の夢や希望を引き出し、実現しているのが凄いところです。それが、緩和ケアを志す全国各地の人々にインスピレーションの輪をひろげています。
それが評判となり、医療の質・安全学会の「新しい医療のかたち」賞の「医療者・医療機関を中心とした取り組み部門」の受賞者に選ばれました。

2008年11月24日東京で開かれた授賞式で、大石さんは、いいました。
「人は人の中でいやされる」
「喜びを共有する場の雰囲気が元気のエネルギーになる」
「それこそがあったかい薬」
そして、この活動の真髄を、左のような「在宅ケアの法則」にまとめて披露しました。

「1π」は「いっぱい」の掛けことばだそうです。

"はるか"の連絡先は、宮城県大崎市古川米倉字中田170番地。
TEL 0229-24-2883、FAX 0229-24 6886 。
ホームページ:http://hitoakari.com/

大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』2008年12月号より)

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