優しき挑戦者(海外篇)

■未来がみえますか?■

写真@:育児を楽しむノルウェーの男性
未来が見えますか?
低下続く出生率
女性に過重な負担
政府の対策、成果見えず

 これは、毎日新聞の特集のみだしです。一人の女性が一生に産む赤ちゃんの数を表す合計特殊出生率が、1.29に落ち込んだ深刻な状況を訴える特集です。その後、この数字は、1.25にまで落ち込みました。

 1.25という数字は、ふたつの意味で危険信号です。
 ひとつは、日本の女性が子どもを持つことに幸せを感じられなくなっていること、もうひとつは、社会を支える仕事や年金を担う若い世代が激減してしまうことです。

 そこで、出生率が着実に回復し、目下1.9のノルウェーに「未来」を見つけに出かけました。写真@は、ノルウェーのまちでよく見かける、子どもづれの男性の姿です。

■「パッパ・クオータ」って?■

 まずオスロにある国立男女平等センターを訪ねました。ノルウェーのこの種の国立機関は日本と違い、政府に厳しく注文をつけるのも使命です。
 迎えてくれた事務局長は意外にも44歳の男性でした。ペール・クリスティアン・ドッテルードさん。センターの事務局長は創設以来9年間、女性でしたが、「男女平等」の観点から、男性が就任したそうです。

 ペールさんは2つのホヤホヤ情報を話してくれました。
 まず驚いたのが、「パッパ・クオータを、現行の4週間から4カ月に延長する」という計画です。クオータとは中学の英語で習った「4分の1(クオーター)」ではなく、「割り当て」という意味です。
 ノルウェーでは、育児休業が42週間保障されています。それも、所得保障100%です。
 その42週間のうち4週間は、「父親に限って認める」と定めたのが「パッパ・クオータ」です。

 この国では1978年から父親の育児休業が可能になりました。ところが、現実にこれを取る人はほとんどなく、たとえば88年は、日本とほぼ同じ0・6%ていどでした。
 ところが、1994年、「パッパ・クオータ」を「父親の権利」として定める政策をとるやいなや、急速に普及し、2001年には、育児休業をとる父親は85%になりました。

■ババだけに認められる「4カ月の有給育児休業」■

 これをさらに進めて、「育児は父母でするもの」という文化を定着しようというのが、「パッパ・クオータ4カ月」提案です。とらなければ「権利」を放棄したものとみなされ、その赤ちゃんのための育児休業は大幅に減ることになります。
 「そうならないように、パパは、育児のために4カ月は仕事を休みましょう」と奨励する思い切った政策です。

 ノルウェーは、出生率回復のために、他にも数々の積極的な挑戦をしてきました。
 出産費用はもちろん無料。18歳になる前日までは、両親の所得に関係なく、月2万円ほどの児童手当てが支給されます。父子家庭、母子家庭はこの倍額です。3歳まではこれに1万円余りが上乗せされます。

■閣僚の半数が女性■

写真A:連立与党の3党首(真ん中が首相)

 効果抜群の子育て支援政策がとられた背景には、女性の社会進出がありました。
 1986年には、「19人の閣僚のうち8人が女性」という内閣が誕生して世界を驚かせました。首相のグロ・ハーレム・ブルントラントさんは4人の子をもつ母でした。

 私がノルウェーに滞在していた2005年9月12日に行われた選挙でも、女性党首が大活躍でした。イギリス以外の西ヨーロッパでは、2大政党ではなく、いくつもの政党が競い、妥協……をみつけて連立内閣をつくる方式が主流です。ノルウェーのこの年の選挙でも、労働党・左派社会党・中央党の連立内閣が誕生したのですが、3人の党首のうち2人が女性でした。写真Aの新聞の見出しは、「だれがケーキをとるのだろう?」。「ケーキ」と(女性に)「囲まれる」の発音がよく似ているので、掛け言葉になっているそうです。

■リスタという名の投票用紙に秘密が……■

 なぜ、これほどまでに政界に女性が進出できたのでしょうか?
 その秘密のひとつが、リスタと呼ばれる、各党ごとの投票用紙(写真B)にあります。
 他の北欧諸国同様、ノルウェーの選挙は比例代表制です。候補者本人は選挙のために資金を用意する必要がまったくありません。選挙が近づくと、まちの目抜き通りに、思い思いの趣向をこらした各党の選挙小屋(写真CDE)が並びます。選挙ボランティアが、詳しいパンフレットを手に、それぞれの政党の政策を熱をこめて説明します。市民も真剣に質問します。投票用紙はこの選挙小屋に積み上げられているだけでなく、まちのあちこちに置いてあります。
 有権者は意中の党のリスタを選んで投票箱に入れる、という仕組みです。

 比例代表制の欠点として、「候補者を選べない」ことがあげられます。これが巧みに克服されているのが、この投票用紙の面白いところです。党の決めた順位を有権者の意向で変えることができる仕組みになっているのです。
 写真Bを、よくご覧ください。候補者の名前の右側に並んでいる□は、気に入らない候補者に×をつける欄です。名前の左側には、2桁の数字が書き込めるようになっています。ここに、自分の好みの順位を書き込むのです。このようにして、党と人と両方を選べる仕組みです。

写真B:リスタ(これは、労働党のもの) (←クリックすると拡大します) 写真C:街の目抜き通りの選挙小屋にはこどもも訪れます
写真D:政党ごとにイメージカラー 写真E:政策パンフレットを前にディスカッション

■「子育ては楽しい!」■

 唯一の治外法権だったのが民間企業。男社会の価値観を引きずっていました。ペールさんは、そこにも切り込んだ戦略を語りました。
 「上場企業の役員の女性の割合は、まだ17%にすぎません。そこで、企業の役員にも40%クオータを義務づけ、違反したら罰金をとり、メディアにも発表して企業イメージを下げることにしました」

 ノルウェーで10日ほど過ごしてみて、肌で感じたのは、この国の子育て文化の変容でした。
 今回の旅の目的は、子育てとは直接は関係のない医療や福祉でした。ただ、ふと思いたって現場や政策担当者とのインタビューの最後に子育てについて水を向けてみました。すると、男性たちはその楽しさを生き生きと語りました。
 これなら女性が安心して出産するはずです。

 まちの本屋さんでみつけた『のびのび出産』という本を開いたら、あらゆるページに未来のパパ、未来の小さな兄姉が妊娠や赤ちゃん誕生を喜んでいるシーン(写真FG)、育児を楽しんでいるシーン(写真HI)が載っていました。

写真F:未来のお姉ちゃん 写真G:誕生の喜びをわかちあう
写真H:育児書に頻繁に登場するパパ 写真I:パパにも育児指南

大阪ボランティア協会『Volo(ウォロ)』2005年11月号より)

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