少子化と子育て、そして教育の部屋
上掛利博さん(京都府立大学福祉社会学部教授)
1.少子化対策の土台にある男女平等の教育と労働権保障
2006年4月末内閣府が発表した「少子化社会に関する国際意識調査」(日本、韓国、米国、フランス、スウェーデンの5カ国で、20〜49歳までの男女を対象に実施)によると、「子どもを産み育てやすい国かどうか」という質問で、「とてもそう思う」と「どちらかといえばそう思う」と答えた人の合計が、日本は48%と半数以下だったのに対して、男女平等の進んだ北欧のスウェーデンはなんと98%に達しており、次いで米国が78%と高く、フランスは68%であった(日本より低かったのは、韓国の19%)。
欲しい子どもの数より実際の子どもが少ない人に「さらに子どもを増やしたいか」聞いたところ、日本では「今よりも子どもは増やさない、または増やせない」が53%と半数を超え、5カ国中で最も高かった(スウェーデンと米国では「増やす」が81%、韓国は44%、日本は43%)。ちなみに、増やしたくない理由については、「子育てや教育にお金がかかりすぎる」という経済的理由をあげた回答が、韓国で68%、日本で56%あった(スウェーデンやフランスでは、「高年齢」「健康上の理由」が上位を占めた)。
育児における夫婦の役割分担では、「夫婦が同じように行う」と答えた割合は日本が31%と5カ国中で最も低かった(スウェーデンは92%と最も高く、米国は60%、フランスは53%で半数を超えたが、韓国は31%であった)。参考までに、合計特殊出生率をみると、韓国が1.19、日本が1.29と低く、スウェーデンは1.71、フランス1.89、米国2.04と、子どもを産み育てやすい国の方が出生率は高くなっている。
以上のことから明らかなのは、子どもを産み育てやすい社会環境づくりのなかでも、第1に、子育てや教育にお金がかからないようにすること(良質で安価な住宅の整備、ならびに教育の無償化)が必要である、第2に、妻も夫も子育てを同じように分担すること(そのためには、女性の労働権保障、男女ともに「一日あたりの労働時間」の短縮、職住の近接)が重要である、ということであろう。すなわち、女性に子どもを産ませるためのストレートな少子化対策を展開するというよりも(しかも、所得制限のある選別主義的傾向の強い"福祉"政策ではなくて)、それらの土台に位置するものとして、家事能力を含む「男女平等の教育」によって一人ひとりの能力を生涯にわたって全面的に発達させる教育の保障、および「雇用における男女平等」(パート勤務であっても"正規"雇用、同一労働同一賃金)の確保によってすべての人間の能力を社会に活かす労働権保障が不可欠であるといえよう。
以下では、スウェーデンやデンマークとともに北欧の福祉国家として知られるノルウェーの、安心でゆとりのある子育ての実情と社会のサポート体制について紹介する。1994年に6歳と11歳の子どもを連れてノルウェーで家族4人で暮らした経験をふまえてノルウェーの子育ての特徴を言うならば、時間的にも(週37.5時間と短い労働時間、年5週間の有給休暇)空間的にも(広くて質の高い住宅、豊かで身近な自然)ゆとりのある「人間的な暮らし」のなかで、「母親にとっても父親にとっても楽しい子育て」がなされており、そのための国・自治体によるファミリーサポート(子育て家族支援)の存在があった、ということになる。
ノルウェーの福祉国家の基盤には、「18歳の自立」とそれを支える教育制度がある。大学まで授業料は無料で、義務教育の間は教科書からノート類まで一切の費用がかからない。子どもたちは地域の公立学校に通い、少人数教育で手芸や工作など生活技術を身につけ、一人ひとりの個性を大事にされて「自信」(=生きる力)をつけていく。18歳で高校を卒業して「成人」すると親の家を離れるのが一般的で、親は子どもの人生に口を出さないし、お金も出さない。社会に出てから大学に行きたくなれば、本人が国の教育ローンを借りて生活費に充て自分で働いて返している(だから30代の学生も多い)。
このように子どもの教育にお金はかからないし、18歳という目標があるので、それまでに、料理、庭の手入れ、家の修理などの技能を身につけて自立できるように、父親も母親も一所懸命に子どもとかかわっている。「一日当たりの労働時間」が7.5時間と短い上に、残業もないので、夕食を家族そろって食べるなど、そのための条件もある。人間的な豊かさとは、こうしたなかに存在するのではないだろうか。
2.女性の地位と福祉水準
ノルウェーは、国連開発計画(UNDP)が様々な国の生活レベルを比較するためにもうけた「人間開発指数」(国民所得・平均寿命・教育水準)の調査で世界第1位であるが(日本は9位)、それだけではなく、女性が積極的に経済界や政治活動に参加して意志決定できているかを測る「ジェンダー・エンパワーメント測定」でも世界第2位であり(ちなみに、日本は44位と大きく後退)、女性の社会的地位が高い国としてもよく知られている。
このことに関しては、1970年代に女性の社会進出が進んだだけではなく、1981年に初めての女性首相グロ・ハーレム・ブルントラント(労働党、41歳)が誕生し、86年の第二次ブルントラント内閣では18人の大臣のうち8人(4割強)が女性という画期的な内閣を組閣して世界中を驚かせたように、ノルウェーでは女性が政治分野に進出するなかで、男女の性別役割分担の固定化をなくすことにつとめ、保育・教育・福祉など人間発達に関する政策に優先順位を与えてきたことが大きく影響している。
ノルウェーの男女平等が進んだ指標として、男女の生活時間の変化に注目してみよう(Statistical Yearbook of Norway 2004)。ノルウェーの男女別(16〜74歳)の一日あたりの生活時間(すべての日の平均)について、1971〜90年までの20年間の変化をみると、女性は収入を得るための時間(=有償労働)を52分増やしたのに対し(2時間48分)、男性は59分減らしている(4時間30分)。逆に、家事時間(=無償労働)については、女性が1時間33分減らし(4時間22分)、男性は23分増やしている(2時間36分)。ちなみに、70年代に家電製品が普及したことを考えると家事時間は短くなって当然であり、こうしたなかでノルウェー男性が家事時間を増やしたことは、家庭における男女の役割分担が変わった明確な証拠である。
そして、「教育の時間」を女性は16分増やし(33分)、男性は6分増やし(29分)、「余暇時間」を女性は60分増やし(6時間1分)、男性は52分増やした(6時間21分)。つまり、ノルウェーの女性が約1時間社会進出を果たした分、男性は有償労働を約1時間減らして家庭参加をすすめ、男女がともに自由時間を約1時間(女性76分、男性58分)増やすことになったわけである。教育や余暇のために使うことのできる「自由時間の拡大」を個人の幸福の増大とみなすことができるのであれば、ノルウェーでは女性も男性も幸せ(=自由)になったと考えることができる。
ノルウェーの場合は、モノやお金(そして、それを手に入れるための「競争」)によって豊かであるというよりも、子育てや家族の形成を通じて、女性も男性も自分の人生を「自由に生きる」ことができるという意味で「人生の質」が高いと言った方が適切である。
3.ノルウェーの子育て支援策
ノルウェーの合計特殊出生率は、1960年に2.85あったが、80年に1.73に低下、84年には1.65と最低になったがその後回復し、90年代は1.9前後で推移、2003年は1.80であった(日本の場合は、1960年に2.00であったが、80年には1.75に低下、90年の「1.57ショック」後も下がり続け、2003年には1.29と最低の水準となった)。
北欧の若者のあいだには「サンボウ」と呼ばれる同棲婚が普及していて、子どもが産まれたのを期に法律婚に移行するというカップルもみられる。したがって、ノルウェーでは出生に占める「婚外子」の割合が約半分(96年の数字では48%、日本は1%前後)と非常に多いという特徴がある。ただし、「法律婚の子ども」と「同棲婚の子ども」は社会制度上の扱いにおいては全く同じになっているし、婚外子の両親の多くは同居していて親としての責任を協力しながら果たしている。また、北欧諸国は離婚率が高いことでも知られているように、ノルウェーでも離婚するカップルが半数近くあるが、再婚して新たに家族を形成するケース(ステップファミリー)も多くなっている。
以下、ノルウェーの子育て支援の制度について、「諸外国における少子化の動向と次世代育成支援策」『世界の厚生労働2004』をもとに解説する。
(1)育児に対する経済的支援
a.所得制限のない児童手当
児童手当は、子どもを持つ家庭と持たない家庭のあいだでの所得の再配分を促すことを目的として1946年に導入されている。日本と大きく違っているのは、18歳で成人するまでの子どもに支給される点と、親の所得による受給制限がないことで、「18歳未満の子どもを養育するノルウェー在住の人はすべて」児童手当を受け取ることができるとされている(2000年4月までは16歳未満の子どもを対象)。
ノルウェーでは、例えば18歳未満の子どもが2人いる家庭であれば、月額35,000円の児童手当を誰でも受け取ることができるのである。しかも、日本よりも税金の負担が重く、累進税率も高いノルウェーにあって、児童手当には課税がなされない(なお、税金が高いか安いかは、返ってくるサービスとの比較で決まるので、低負担の日本の方が「安い」と一概に言うことはできない。無駄使いをしていれば「高い」のである)。
日本の児童手当制度は1972年に始まったが、当初は3人以上の児童がいる場合に、3人目以降が5歳未満の場合に限り月額3,000円を支給するというもので、所得制限があった。第1子が対象となったのは1991年からであるが、ただし1歳未満という1年間だけで(第2子以降は5歳未満まで)、月額5,000円であった。93年からは第1子以降で3歳未満、2000年から小学校入学まで、04年から小学校3年まで、06年4月からは小学校修了までに延長された。なお、所得制限の限度額は、2001年に少子化対策ということで大幅に緩和され、サラリーマンの場合は4人世帯で415万円になったが、06年4月の改訂により扶養親族2人の場合それ以前の536万円から608万円(控除前の収入ベースでは860万円)にまで引き上げられた。また、1991年以降、児童手当の支給月額は、第1子と第2子が5,000円という低い水準であるだけでなく、第3子以降の子どもは倍の10,000円になるという格差が設けられている。
日本では「18歳の自立」とならない実情があるけれども、せめて子どもが高校を卒業するまで1人につき月額2万円(第2子以降も同額とする)の「子ども手当」を親の収入に関係なく支給するなら(そして、大学までの教育費を無償に近くすることができれば)、子どもを持つことによる親の経済的な負担は軽くなり、急激な少子化がすすんでいる日本の現状は変化しはじめるのではないだろうか。
b.家庭保育手当(kontantstotte)
ブルントラント内閣(第3次まで合計10年3ヶ月)など保育所を充実させて女性の社会進出を推進してきた労働党政権が、1997年10月にキリスト教民主党・中央党・自由党による中道保守連立政権に交代して大きな政策転換がなされた。
1998年の制度導入当初は1歳児のみを対象としたが(0歳児については、1年間80%の給与保障がある育児休業が保障されている)、翌99年からは2歳児も対象となった。全く保育施設を利用しない場合は、子ども1人当たり月額3,657クローネ=約65,800円が支給されている。なお、利用時間によって5段階(8時間ごと、20%ずつ)で減額される。例えば、週当たり9〜16時間利用する場合は、給付割合は60%となり2,194クローネ=約39,500円が支給され、週当たり17〜24時間利用する場合は、給付割合は40%となり1,463クローネ=約26,300円が支給される(2004年8月)。
この家庭保育手当は、親の就労の有無に関係なく支給されており、また、必ずしも親が直接保育する必要はなく、親族や他人(保育ママ等)が保育してもかまわないとされている。親の所得による給付制限もない。対象となる1〜2歳児のうち、部分給付も含めると約70%(1歳児では約80%、2歳児で約65%)の親が、この制度を利用して現金給付を受けている(2002年12月末)。
家庭保育手当の導入目的として政府が掲げたのは、@親が自ら子どもを世話する時間を与える、A子どもにとってより良い種類の保育が選択できるようにする、B親に対する政府の支払いの公平性を確保する、という点であったが、「家庭での母と子の結びつきを強めたい」とするキリスト教民主党連立政権のねらいとは異なって、所得の高い層のなかにはベビーシッターを安く雇って働きに出かける母親もいるし、逆に、移民など所得の低い母親(低学歴、非専門職)では、賃金の安い仕事に就くよりも現金給付の方を選択するなど非就労の増加傾向が強まったこと、また、その子どもたちが保育園などの集団の中でノルウェー語などを習得する機会を奪っているなどの「思わざる効果」もうまれている。
c.養育費の立て替え
両親が離婚したり同棲を解消したりした場合、子どもが18歳で成人するまで養育する親に、同居しない方の親は子どもの養育費を合意して決め、支払う義務を負う(養育費はあくまで子どもに支払われるものなので、養育する親の再婚には左右されない)。しかし、養育費が支払われなかったり、支払われる額が不足したりする場合には、国がひとまず代わって不足分を手当として支給し、負担すべき親に賠償を求めるという制度である。なお、養育費を支払うべき父親が特定できない場合にも支給される。
支給される立替額は、子ども1人の場合は支払うべき親の所得の11%、2人の場合は18%、3人の場合は24%、4人以上の場合は28%と決められている。立替額の上限は、月額1,120クローネ=約20,200円となっている(2000年6月)。
d.一人親に対する諸援助
一人親に対しては、就労を促進するために、次のような支援を行っている。
e.税制上、および社会保障上の優遇措置
18歳以下の子どもを養育する人に対しては、税金の還付がある(所得制限はない)。子どもが15歳になるまでは年1,820クローネ=約32,800円、16〜18歳の場合は年2,540クローネ=約45,700円が還付される(2000年)。この税還付は、全く所得がない場合でも支給される(というのも、所得が無くても消費税から税を払っているので)。なお、ノルウェーの消費税の税率は24%(2004年〜)と高いが、食品に関しては12%と半分に抑えられており、子どもを養育中で食費のかさむ人にとっては有利となっている。
保育料などの保育関連費用については、課税上の所得控除が適用される(11歳以下の子どもを養育する人が対象、障害児は12歳以上も対象)。子ども1人の場合は年25,000クローネ=約45万円、2人以上の場合は年30,000クローネ=約54万円が上限である。所得制限はない。
(2)子育てと仕事の両立支援
a.出産休暇・育児休暇
ノルウェーで出産・育児休暇が法制化されたのは1915年であったが、無給で一部の女性労働者を対象とするものであった。すべての女性を対象とするようになったのは1956年のことであり、父親の取得が可能になった(18週間のうち母義務の6週間をのぞく)のは1977年のことである。
女性労働者の場合は(自営業者も含まれる)、「出産手当」が産前3週間+産後6週間支給される(休暇の直前10ヶ月に6ヶ月以上、国民保険対象の就労についていたことが要件である。したがって、専業主婦を妻に持つ父親は出産・育児休暇が取れない)。出産と育児をあわせた養育手当の給付内容は、休暇前の賃金の80%(出産休暇と育児休暇の期間はあわせて52週間;なお、2005年7月から「53週間」に改訂されたが、ここでは元の数字を使う)か、賃金の100%(同42週間;2005年7月から「43週間」に)が選択できる。「80%52週間」の給付を選択する母親が多いが、その場合、父親のみ取得可の「パパ・クオータ」の4週間をのぞいた48週間が母親の取得上限となる。父親は、母義務の産前3週間と産後6週間をのぞいた43週間が給付の取得上限となる。
養育手当には上限が定められており、国民保険基礎額の6倍(352,668クローネ=約635万円)を超える部分は国民保険からはカバーされないことになっているが、労使の合意によっては使用者がカバーする場合もある。このように、育児休暇中の養育手当の給付は国民保険からなされているので、事業主は、育児休暇取得者の給与相当額を代替要員の確保にむけることが可能となり、労働者は、心理的な負担を感じることなく休暇の取得が可能となっている。
養育手当の受給資格のない女性には、33,584クローネ=約60万円の補助金が支給される。15歳未満の子どもを養子にした場合も、親は子どもが産まれたときとほぼ同じ手当を受けることができる。
b.パパ・クオータ制(育休の父親割当)
ノルウェーの子育て支援策で特徴的なことは、父親を子育てに巻き込むための制度を確立していることである。前述の@父親のための「出産休暇」(2週間)、A母親と分割して取得できる「育児休暇」(1年ずつ)、およびB育休の父親割当「パパ・クオータ」(最低4週間)、後述のC勤務時間の短縮「タイムコント」の4つがある。
なかでも1993年に導入されたパパ・クオータは画期的な制度で、育児休暇のうち「最低4週間」は父親が取得しなければならないことを法律(国民保険法)で定めたというものである(2005年7月からは「最低5週間」に改訂された)。父親が病気、失業していた父親が就業して未だ6ヶ月以内、海外赴任中で帰国が困難、小規模な自営業者などの場合は適用除外となり、母親が代わって取得できるが、それ以外の理由で父親がパパ・クオータを使用しない場合は没収され、母親の出産・育児休暇手当の支給期間は短縮される。なお、父親がパパ・クオータ取得時は、母親はフルタイム労働時の50%以上(週19時間)の就業をすること、すなわち母親の職場復帰が要件になっている。
パパ・クオータの期間中は、育児休業手当が国民保険から支給される。父親への手当の額は、母親が出産前賃金相当額の100%(42週間)を選択した場合は父親も100%補償され、80%(52週間)を選択した場合は父親も80%になる。しかし、出産前の母親の就業割合がフルタイムの70%であれば、父親の手当もフルタイム所得の70%となる。
c.タイムコント(勤務時間の短縮)
タイムコント(タイム・アカウント=時間貯蓄)は、パパ・クオータと同じく1993年に法制化された制度で、育児休暇の1年目から勤務時間をフルタイムの90%、80%、75%、60%、50%に短縮(パートタイム勤務)することによって、最大2年まで有給の育児休暇を取得できるようにするものである。タイムコントは、収入の減少を伴わずに子育てのためパートタイム勤務を可能にするので、特に、父親の育児休業の取得促進を目的として導入されたものである。
対象は男女の労働者で、取得の要件は、取得前にフルタイムの半分以上(週19時間以上)の就労をしていたことである。出産・育児休暇が「80%の給与補償で52週間」の場合は、産前産後の9週間とパパ・クオータの4週間をのぞいた39週間、「100%の給与補償で42週間」の場合は29週間ということになるが、その全部または一部を2年間まで分割して取得できる。取り方は100通りを越えるが、最短で12週間、最長で104週間(90%のパート勤務の場合)となる。
男女ともにキャリア形成への影響を軽減して、育児休業を取りやすくする上で重要な役割を果たしており、利用者の評価は高い。しかし、組み合わせが複雑で、労働者と事業主の間で調整を図らなければならないこともあって、利用率はそれほど高くなっていない(1999年で約4%)。ノルウェーでも幼い子どもを持つ父親の労働時間は、キャリア形成・資産形成の必要の面から長くなる傾向があり(男性の週平均労働時間は37.5時間、乳幼児を持つ父親は45時間)、なかでも民間部門で働く父親は取りにくい現状にある。
d.看護休暇
12歳以下(慢性病や障害児の場合は16歳以下)の子どもが病気になったとき、または、子どもの世話をしている配偶者や保育者(保育ママ、ベビーシッター)が病気になったときには、親は看護休暇を取る権利が認められている。
(3)保育サービス
ノルウェーでは有給の育児休暇が長期に取得できるので(80%の給与補償で52週間、タイムコントを使って104週)、1〜2歳児では、親が子どもの世話をしているケースが44%と最も多く、次いで保育施設の利用が33%となっている。3〜5歳児になると、保育施設の利用が72%と最も多く、親は16%である(2002年)。小学校入学前の5歳児では約86%が保育施設を利用している。ノルウェーでは、保育施設の利用を希望する1〜5歳児には施設を提供しなければならないと1995年の「保育施設法」で定められているが、実際には低年齢児向けを中心に保育施設が不足している。すでにみたように、このことを背景に1998年、家庭保育手当の制度が導入された。
ノルウェーの保育施設は公立(2,978カ所)と民間(2,798カ所)と半々であるが、民間の保育園もコミューネの定める基準の下で認可を受けて補助金が出されているので、建物、園庭、保育内容、職員数などで公立施設との差はほとんど無い(しいていえば、民間保育園には若い職員が多く、公立施設はベテランの職員が少し多い点である)。
補助金に関しては、コミューネは公立保育所には運営費の27.9%を助成しているが、民間保育所には8.2%しか助成をしていないので、結果として親の負担が高くなっているという指摘がある(斉藤弥生「社会福祉」岡沢憲芙・奧島孝康編『ノルウェーの経済』早稲田大学出版会、2004年)。また、政府から地方自治体への保育園補助金が増え、ここ数年で保育料の親負担は7〜8%減ったが、それでも年収50万クローネ(約900万円)のフルタイムの共働き中流家庭では、公立保育園で月額2,185クローネ〜3,850クローネ(約39,300円〜約69,300円)となる(2003年8月)。民間保育園の場合は、収入によらず一律で、全国平均で3,166クローネ(約57,000円)となるという指摘もある(安部オースタッド玲子「家庭政策」、同上書)。なお、2004年5月から、保育施設への参加費の上限は、月額2,750クローネ=49,500円とされている(ノルウェー王国大使館ホームページ「社会と政策→家族→ノルウェーの保育政策」、http://www.norway.or.jp 2006年5月1日)。
この他に、自宅で保育をしている親が子連れでやってきて、週に1〜2回利用する「オープン保育所」が5,826カ所、研修を受けた家族が保育を行う「ファミリー保育所」がある。6〜10歳の児童については、学校の時間外(朝と夕方)に預かる学童保育の制度が1991年にでき、希望者の9割が利用している。
4.男性の役割の変化
以上のような子育て支援を通じて、ノルウェーは、母親の働く権利を保障することと同時に、男性の家庭参加をすすめ「父親が育児にかかわる権利」を保障してきたといえる。
ノルウェーでは、「男性の役割の変化は、女性との関係だけでなく、ほかの男性、新しい仕事、それに男性によって運営される重要な社会組織との関わり方にも影響」してきているという(ノルウェー王国大使館ホームページ「社会と政策→男女平等→男性の役割の変化」)。しかし、ノルウェーの保育園の全スタッフのうち男性はわずか7%、小学校の教師では12%(2002年)しかいないことから、保育施設や学校はいまだに「女性中心」のままである。
家庭はもとより、地域や学校、保育施設など、社会のさまざまな場面で、子どもたちが女性と同じように男性とも関わる必要のあることが指摘されて、男女平等の重要な課題となっている。それゆえに、ノルウェー政府は2007年までに、保育施設で働く男性の比率を20%にすることを目標にしている。
日本のように女性の社会進出のみを追求して、女性に家庭内労働と家庭外労働の二重の負担を強いるのではなく、ノルウェーは「女性の社会参加と男性の家庭参加」のバランスをとることで、女性にとっても男性にとっても「人間的で暮らしやすい自由な社会」をつくってきた。こうしたことから考えると、「子育て支援」の本来の目的は、「母親による子育て」の支援ではなくて、「父親を含む子育て家族支援」でなくてはならないのではないだろうか。 男性の役割を変化させ(父性の確立、家事能力を含む男女平等教育)、社会のあらゆる場面での男女のバランスを確保(雇用における男女平等)することによって、女性の役割を固定化せずに発展させ、多様な人々との関係性、仕事のあり方や社会の仕組みを、より人間的なものに変えていくことが求められている。 (精神保健ミニコミ誌『クレリエール』2006年7月号から)
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