少子化と子育て、そして教育の部屋
いじめ、自殺、親殺し、子殺しのない国デンマークの教育
千葉 忠夫さん(バンク-ミケルセン記念財団理事長)

 40年前ふるさとを後にした私は、生活大国デンマークに在って、日本が誰でもが安心して生活できる国になることを願い続けています。ところが、最近、ふるさと日本に帰るたびに、かっての美しい日本が荒んでいくのを感じてもの淋しさを覚えます。
 小中高生のいじめ、自殺、親殺し、子殺し……。
 私が日本にいたころ、「切れる」という言葉は、頭脳明晰な人に使った言葉でした。それが、いま、激怒したという意味の言葉に変わっていることを知り、唖然としています。
 人間が、人間らしい行動が出来るのは、動物と違い教育を受けられるからだと思います。
 日本は「経済大国」になるような国民教育をしており、 デンマークは「生活大国」になるような国民教育をしている。
 経済大国の教育は、競争原理「人よりも上に、の教育」、生活大国の教育は、「人と共に、の教育」。この違いが、日本で起こる陰惨で悲惨な諸々の事件がデンマークでは起きない要因になっているのではないかと思い、デンマークの教育を、ありのままにご紹介してみることにしました。

■「福祉教育」という言葉が存在しない「福祉国家」■

 デンマークには福祉教育という言葉はなく、学校の授業の中でも道徳や福祉のカリキュラムはありません。では、そんなデンマーク国民が福祉国家を築いてこられたのはなぜなのでしょうか。
 高齢になり介護を必要とする身になった時に心配のない生活が送れるように税金を使う制度を維持する姿勢、障害のある人が可能な限り障害のない人に近い生活が送れるようにと税金を提供することに異論を唱えない姿勢。
 これらは何から生まれてくる考え方なのでしょうか。

■社会福祉の礎は「成熟した民主主義」■

 社会福祉の基礎にあるものは、人間の自由と尊厳を大切にすること、人格を認め合い、人権を尊重するということですが、これは民主主義の根底を支える原理「自由・平等・連帯・共生」と同じです。
 福祉国家の基盤は、成熟した民主主義にあり、デンマーク国民はこの民主主義を「教育」の中で自分たちのものとして身に付けてきた国民だといえます。

■試験も通知表もない初等教育■

 デンマークでは、子どもが6歳になるまでは原則として読み書きや算数をあえて教えず、 様々な遊びを通して、自由・責任・社会性を身につけさせることが優先されます。
 保育園も同様で、決まったプログラムはなく、その日の天気や子どもたちの様子によって、戸外に出たり、異年齢の子どもたちが一緒に遊ぶことが多いようです。
 それは、子どもたちには、共同生活の体験の中から勉強以前に必要な「個」と「社会」の関わりを教え、早く社会の一員とすることが大切なことだと考えられているからです。

 今まで自由をいっぱい身につけた子どもたちを国民学校1年生にソフトランデングさせるためには、時間の概念を教えなければなりません。そこで、幼稚園学級では1時間目歌の遊び、2時間目文字の遊び、3時間目数字の遊びというように午前中4時間の遊びを時間を決めて行います。

 デンマークの国民学校は、小中学校の区別はなく9年制です。
 1学級の定員は28人までとされていますが、平均は20人前後です。
 授業は、教壇のない少人数の教室の中で、対話式の生きた言葉によって生徒ひとりひとりの能力と個性に合わせて進められます。

 ですから、序列を決める試験も通知表もありません。
 子どもたちは試験の点数で人間を評価するような経験を一切せずに、その代わり自由・平等そして責任を果たすことを学び、連帯や共生の意識をもてる国民に育てられていきます。
 9年間の教育の義務の後に10年生クラスがあります。
 これは進学にあたって学力的にも情緒的にも不十分だと自分で思う者が継続して在籍するクラスで、現在では50%の生徒が継続しますが義務ではありません。

■入学試験も、入学金も、授業料もない高校、大学、専門学校■

 高等学校への進学は約45%で、その後さらに上級学校を志望する者が進学します。入学試験はなく本人の希望と教師の評価により決めます。
 高等学校に進学しない人は、自分のなりたい職種の専門学校に通います。
 この職業別の専門学校は全ての職種にわたってあり、あくまでも個人の希望が尊重され個々の個性を活かした高等教育が受けられる制度になっています。

 大学へは、医師・弁護士・エンジニア、高校教師等を志望する者が進学し、上級専門学校へは国民学校の教師・ソーシャルワーカー・看護師・福祉施設職員等を志望するものが進学します。
 いずれも入学金、授業料は一切無料で、更に奨学金が支給されます。
 大学などの上級学校への進学時も入学試験はありません。高等学校卒業後、職場経験や海外留学・国民高等学校などへの在籍がポイント加算され、入学できる制度です。
 例えば教育大学入学時の学生の平均年齢は25歳、その結果、新任教師は29歳くらいとなり、人を教えられる知識と豊富な経験を有した大人が教壇に立つことになります。

■親に強制されずに、希望する進路へ■

 デンマークでは日本と同様、地下資源がありません。国にとって一番大切な資源は、子どもであるといい、教育は国の投資となっています。
 このような民主的な国民教育をすると、社会問題となるような登校拒否・陰惨ないじめなどはなく、子どもたちは親に強制されることなく自分の希望する進路を選んでいくことができるのです。子どもの時期から民主主義を身につけることにより、人間尊重・命の大切さを身につけます。

 数年前、 日本のある政治家が「奉仕の義務化」とか「福祉教育の実践」などという矛盾した言葉を言っておりましたが、真の教育を行えば、国民は、「共生」という意識をしっかりと身につけます。
 この教育を身につけた国民がつくる生活大国は、国民全ての生活を保障する国なので、お金が掛かりますが、国民みんなによる連帯感が高い税金をも拒否せず、国民が安心して暮らせる社会を築いているのです。

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