少子化と子育て、そして教育の部屋
☆平らな国デンマークでも、出生率上昇中

梨の花の白、菜の花の黄色、新緑、そして、樹上から降り注ぐ黒歌鳥の囀り。ゆったりと流れる時間。そんなデンマークを2009年5月、久しぶりに体験してきました。そのご報告です。

◆誤解されている北欧◆

『「寝たきり老人」のいる国いない国』(ぶどう社)で北欧の社会を紹介してからというもの、私は疑り深い人々の質問にさらされることになりました。

その1「福祉まかせにすると家族の情愛が薄くなるのではないか。その証拠に、スウェーデンの老人は世界一自殺するそうではありませんか」
日本で広く信じられている話です。
その真偽を、1972年、スウェーデンを初めて訪ねたときに確かめたら、「おや、また、その質問?」という顔で、こんな返事が返ってきました。
「統計のケタを間違えて書いた記事をアメリカのアイゼンハワー大統領が演説で引用したのです。それで世界中に広がりました。アイク自身はあとで間違いに気づき、スウェーデンを訪問したとき謝ってくれたのですが、その時はもう大統領ではなかったので、記者団はついてこず、報道されませんでした。いまだに信じられているようで閉口しています」

自殺率で比べれば、日本はスウェーデンの2倍近くです。
当時、老人の自殺がもっとも多かったのは、実は、わが日本だったのです。

その2「福祉が進むと人は怠け者になり、経済が傾く」
写真はデンマークのビジネスクラスの車両の風景、まるで仕事場です。
日本のグリーン車で観察してみると、眠り込んでいる人と一杯やっている人が8割という感じなのです。一方、デンマークでは、インターネットにつないで文字通りビジネスをしている人がほとんどです。
残業はしないけれど、仕事時間はみっちり働くのが北欧流です。
「福祉に力を入れると経済が傾く」というデマを信じて政策をつくった日本の財政が大赤字なのと対照的に、北欧では、財政収支も貿易収支も黒字です。

その3「税金が高くて国民はあえいでいる。その証拠に、テニスのボルグも映画監督のベルイマンもスウェーデンから逃げ出したそうではありませんか」
実はふたりとも、あっさり戻ってきました。でも、ニュースパリューがないという判断からか、報道されなかったのでした。

税金が高くても、「確実に戻ってくる」という実感を北欧の人々は持っているようです。
写真はデンマークのどの町にもある図書館の子どもコーナーです。手前に見える絵本だけでなく、奥の方には、冒険心をかきたてる壁画で囲まれた遊び場も設けられています。そこには、楽しいおもちゃも置かれています。
本の相談にのる司書さんのカウンターの前には、背丈の低い子どもたちのために白鳥や写真のような豹の形をした楽しい踏み台が用意されていました。

教育にも税金がかなり使われています。小中高はもちろん大学も無料です。
看護や介護など仕事と結びつく学校は、教育費が無料なだけでなく、その間の生活費も用意してくれます。
人生のやり直しがたやすくできるのも、北欧の国々の伝統です。

その4「スウェーデンは医師不足で日本のように受診できない」
ごく最近、有力な経済誌に経済学専門の教授が、そう書いていました。
けれど、スウェーデンの国民1000人あたりの医師数は、グラフのように、日本の1・5倍なのです。

◆出生率1・9の秘密は◆

日本は、いま産科医不足で妊婦がたらい回しと報じられています。
「デンマークではどうですか?」と尋ねると、みんなキョトンとしています。
その答えは、「ヨーモア」と呼ばれる助産婦さんが活躍できる環境にありました。
写真は、造形作家で『平らな国デンマーク』(NHK出版)の著者でもある高田有子さんとイエスパー・ケラーさん、そして、一粒種のニコラス君です。ニコラス君の誕生を例に、有子さんに聞いてみました。

家庭医が妊娠を確認すると、ヨーモアに連絡がいきます。そして出産までに7回ほど定期検診。家庭医は3回ほど。日本と違って無料です。
お産は病院でするので、分娩室の見学もあります。ただし、出産をとり仕切るのはヨーモア、医師は必要に応じて顔を出すというやり方です。そのヨーモアが検診も担当してくれるので安心だったと有子さんはいいます。

デンマークに滞在中、合計特殊出生率がさらにあがって、1.9になったというニュースが報じられました。日本が1.3あたりで低迷しているのと比べると、たいしたものです。
出産にかかる費用が無料、たらい回しの心配がない、理由は、それだけではなさそうです。
保育所や保育ママが充実しているので、仕事をもっていても、安心して子どもを持てます。

もう1つの理由を発見したのは、ポリオと交通事故後遺症のある人をバックアップするPTUの事務局長のフィリップさん(写真の右側)と話していたときのことです。
フィリップさんは弁護士で、金融関係の会社で1000人の組織のトップでした。
この経歴にPTUが目をつけてスカウトの電話をしたときのことです。

「電話を受けたときは、娘を保育所に送り届けたところでした。PTUがどんな組織か知らなかったけど、カレハウエさん(写真の左)が会長ときいて、すぐ引き受けることにしました。ボリオの後遺症で電動車いすと人工呼吸器の利用者であるカレハウエさんは、とても尊敬できる判事です。僕が弁護士になるときの面接官でもあったのです」
多忙で社会的地位の高い、日本の常識だったら「育児は妻まかせの男性」が、ごく当たり前のように、子育てに参加しているのでした。

デンマークは実に平らな国です。
この国の最高峰は、なんと、171メートルなのです。
でも、それだけではありません。人と人の関係が実に平なのです。
写真はスヴェンボーの市議会です。雛壇も赤絨毯もなく、フラットです。
ほとんどの議員が仕事をもっているので、夜開かれます。
議員は名誉職ではなく、市民のために智恵を絞るボランティアなのでした。

大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』2009年6月号より)

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