日本国の人口減少がまた一段と進んでいる。
総務省が発表した今年3月末時点の人口動向によると、死亡者数が113万4402人で出生者数108万8488人を4万5914人上回った。この自然減は2年連続で、1980年の調査開始以来最大の下げ幅となった。そのため高齢化率は22・21%とさらにアップした。
出生者が前年より7977人減と、3年ぶりに前年比減となったことが大きい。出生者数の減少、すなわち少子化が止まらないことに、やっと社会的な危機感が広がってきた。
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今回の衆院選で少子化対策が大きなテーマになったこともその表れだろう。国政選挙で少子化問題がこれほど話題になったのは初めてのことだ。
民主党がマニフェストで掲げた子供手当があまりにも高額だったためである。
中学卒業まで子ども一人当たり1か月に2万6千円というものだ。1年間で31万2千円。子どもが2人いれば約60万円となる。
といっても、今、小学生以下の子供がいる家庭にとってはこの金額に達しない。
現在でも3歳未満時に月1万円、3歳以上なら5千円が支給されている。いずれも小学6年生まで。これがなくなって新制度に代わるわけだから、小学生以下の子供1人当たりでみると月1万6千円、年間20万円弱の増収となる。また、税の扶養控除もなくなるので、もう少し減額となる。
現実はこのように決して大盤振る舞いとは言えないのだが、それでも、選挙スローガンに金額をはっきり明示した効果は大きいといわれている。
「やっと、本気で少子化問題に取り組もうという姿勢の表れ」と、関係者は一様に歓迎しているかのようである。
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だが、この政策は的を射ているとは思えない。社会的サービスを必要としている子育てについて現金を給付してもあまり効果はない。なぜか。
高齢者の介護保険制度を見れば明らかだ。もし、現在の訪問介護やデイサービスのような現物サービスでなく、要介護高齢者に現金を給付していたらどうだろう。介護保険の評価は地に落ちていたはずだ。
介護サービスの事業者が増えて、誰でもが自由に選択しながらそのサービスを使うことができることが重要なのである。どんなにお金をもらっても、介護サービスが見つからなければ、結局、家族に頼らざるを得ない。
身近な地域に事業者がたくさん登場することで、家族は高齢者のためにそのサービスを選び、利用することで家族介護から解放される。家族が日常生活をきちんと送ることができれば、要介護者への接し方も良くなる。現実は、介護施設不足が続いていて、決して十分とは言えないが、それでも在宅サービスはショートステイを除きかなり浸透してきた。
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同様のことが保育サービスについても言える。高齢者ケアと同じように、全面的に家族がすべきだとされていた育児・保育を社会サービスに転換させねばならない。
すなわち、介護サービスに匹敵するのは、子供のデイサービス版である保育園の普及である。父母の介護に追われて仕事など社会生活に支障をきたしている家族を支援するのと同様に、育児に追われて就職ができず、或いは離職を迫られたり、外出を妨げられている母親を支援するにはまず保育園が必要である。
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保育園にわが子を日中預けることで、仕事を続ける親の社会生活が成り立つ。老人の介護が妻と娘、嫁に担わされてきたのと同様に、育児は母親の責務と言われてきた。いずれも女性たちがその重荷を負ってきた。家族介護と家族育児からの転換が求められている。介護保険の目的と言われた「介護の社会化」は、まったく同じ論理で「育児の社会化」が主張されねばならない。
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そのためには、保育園の整備、浸透が欠かせない。保育園に入りたくても入園できない待機児童数は厚労省によれば4万人という。おかしなことに、10年以上前からこの待機児数はほとんど変わらない。保育園の新設はこの間増えているのにである。そして、新設の保育園には、市町村自治体に待機児の登録をしていない子供たちがどっと入園してくる。
本当の待機児は4万人どころではないのである。最近になって厚労省はこの「偽待機児数」に気がついたようで、「子供を預けられずに仕事を辞めた潜在的な待機児は100万人にのぼる」と発言するようになった。
保育園不足は、特養不足と同じ構図なのである。需要を満たす供給が足りない。ともに、生活を支える基盤であるにも関わらず、放置されている。生活の土台を築こうとしない国が先進国であるわけがない。
子供手当を増額するよりも、その年間5兆3千億円もの予算を保育園の新設に使うべきだろう。厚労省や地方自治体は「保育園の適地がない」と言い訳をし続けているがこれも嘘だ。
就学児童数が減少したため、各地で小中学校は次々統合、廃校化しており、現存の校舎でも空き教室が多い。その教室を保育園に転換すれば適地はいくらでもある。
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もう一つの壁は保育園の運営主体である。10年前の規制緩和策により企業やNPOに門戸開放されたが、それは形だけで強い規制を残したままだった。そのため、新参者の参入は進まず、相変わらず市町村自治体と社会福祉法人が独占的に運営している。ともに納税義務がない。つまり社会的には普通でない運営者である。
こうした状況は介護保険が始まる前の高齢者サービスと同じだ。介護保険ができて、企業やNPOがどっと参入してきたからこそ、訪問介護など在宅サービスが行き渡った。自治体と社会福祉法人に事業者を任せていたら、とても需要に追いつかなったであろう
介護、保育と並んで、障害者についても同様に「手当より現物サービス」という基本原則は変わらない。
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と、述べてきても、「欧州諸国と比べ児童手当が格段に少ないのが日本。フランスなどで出生率が回復したのは児童手当によるものだ」という反論が出てきそうだ。果たして、現金給付が出産意欲を高めたのだろうか。
完全に否定はしないが、実は、別の要因の方がはるかに大きいと思う。
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その前に、各国の児童手当を見ていこう。最も効果を発揮したといわれるフランスでは、第1子はないが、第2子に月1万6千円、第3子以降に月2万円を19歳までずっと支給する。親の所得制限はなく、さらに子供数に応じて世帯の所得税が軽くなる。
合計特殊出生率は90年代半ばに1.66だったが、2006年には2を超えた。08年には2.02となっている。
スウェーデンでは、第1子の月1万3千円にはじまり、第2子以降は1万4千円、1万9千円、3万円、4万3千円。15歳まで支給される。1・50にまで落ち込んでいた合計特殊出生率は08年に1・91に回復した。イギリスも似たような制度で、04年の1.78から07年には1.90に達した。
その国の人口維持に必要な合計特殊出生率は2・01と言われ、2を上回れば合格圏内だ。両親から2人の子供が生まれ続ければ、人口は変わらないからだ。
いずれも日本の08年時点での出生率1・37。この3年ほどはほんのわずかにアップしてきたが、長期低落傾向は変わらない。欧州諸国のようなV字型の急回復は到底望めない。
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こうして、欧州諸国の出生率回復要因として児童手当との相関がよく指摘される。数字がはっきりしていた分かりやすいからだ。だが、実際は社会全体の子育て観や両親の子育てへのかかわり方が大きく作用している。
欧州諸国では、夕方になると若い父親が保育園に子供を毎日のように迎えに行く光景が普通にみられたり、家庭内では父親が料理や掃除を母親と分かち合ったりという、仕事と生活の両面で男女平等が徹底している。
比例選挙の候補者名簿で男女が交互に並べる決まりだから、議会の男女構成比は当然ながら半分半分。これはスウェーデンの話で、日本からの視察者はこうした基本を意外に気がつかない。
「労使の対立」が解決されると、次は「男女の対立」という意識が日本人には少ない。使用者優位、男性優位の社会がこの150年の間に、労働者と女性のパワーで大きく変わってきたその動きを無視してきた。
労使と男女をともに対等関係に築きあげていこうという認識の差がまだ大きい。
「子育ての負担が私ばかりで、それも社会や家庭で評価されない」という日本の若い母親と欧州では状況がまるっきり違うのである。
加えて、日本で流行りの「ワーク・ライフ・バランス」が彼の地では当たり前。有給休暇を全部使い切るのが労使の約束事である。日本とは総労働時間の差が決定的に異なる。
フランスでは、2000年から週35時間労働制を導入し始めた。週5日労働で、一日当たり7時間となる。7時間を超えると別の週に代替休暇をとることができる。もし、1日8時間労働なると、月に2回、年間24日前後の代休ということになる。
このほかに、有給休暇が25日あり、合計すると年間約50日の休みが取ることができる。
また、1週間の労働時間が50時間以上の人の割合は、00年時点でフランスが6%、スウェーデンが2%となっている。日本の28%と比べると大きな違いである。
こうして欧州の家庭では私生活にゆとりが生まれる。家族生活に割く時間がなければ子育てなどとても正面から向かい合えない。
社会全体に男女平等が浸透してきたことが大きいいのである。男女が共に社会で仕事を持つのが当然となれば、子供を日中預けられる保育制度に社会として力を入れざるを得ない。ベビーシッターや保育園の整備は当たり前。その土台がしっかりしているから、社会的な問題にならない。
日本はやはり男女平等が欧州に比べはるかに遅れている。その社会観が追いついていかないと、少子化は進む一方だろう。だからこそ、逆に、土台の施設やシステム整備から始めなければならない。そのためにも、保育園の増設が真っ先かけて取り組むべき課題だろう。
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もし、現金給付が出生率を高めるなら、会社の業績が上がって給料やボーナスが増えれば、その親の家庭で子供が多く生まれるはずである。だが、支給される現金が子育て支援に使われる保証はない。
実は、欧州の中でもドイツの出生率は、04年に1.36だったのが07年になっても日本と変わらない1・37にとどまっている。児童手当は第1〜3子に月2万1千円、第4子に2万4千円とフランスやイギリスを凌ぐ金額を17歳まで支給している。それでも出生率の回復にはつながっていない。決して、お金だけではないということが分かる。
と、ここまで書いてきて改めて民主党のマニュフェストを見ると、「子育て・教育」の6項目の5番目に「保育所の待機児童を解消する」とあり、その具体策として「小中学校の余裕教室・廃校を利用した認可保育所分園を増設する」「保育ママを増員、認可保育所の増設を進める」としている。
なあーんだ、書いてあるじゃない。
でも、民主党から保育園の話はさっぱり聞こえてこなかった。子供手当に議論を集中させてきた。他の5項目には所要額がはっきり書かれているのに、この保育園についてだけは金額が示されていない。
積極的に謳いあげていないことは確かなようだ。全部で55項目に上るマニフェストの政策の中では、優先順位は後の方だろう。
少なくとも、ここで述べられている待機児童は厚労省が発表している4万人どまりであり、ことの本質を見極めているとは思えない。
市民協FAX通信9月8日号より