たばこの部屋

 「幼い息子2人から大箱に入った200本のたばこをプレゼントされた日のことは忘れられないわ」と、来日中の米国の医療人類学者ダナ・ラファエルさんは言った。
 「当時の私は、毎日2箱は欠かさないチェーンスモーカー。大喜びでたばこを取り出し火をつけようとしたら……」

 たどたどしい筆跡で、こう書いてあった。
 「1本すうと2分30秒、いのちがちぢみます。ぼくはママを愛してる。すわないで!」
 「なんと200本全部に書いてあった。
 ずいぶん時間がかかったでしょう。
 あまのじゃくな私は『たばこは健康に悪い』という話を聞くたびに、『やめるものか』と思っていた。でもその日以来、吸えなくなった。
 それは、たぶん、息子への愛と息子からの愛のせいだと思う」

 いま、医療の世界で「難がん戦争」が泥沼化している。「難がん」とは、早期発見が難しく、見つけても治療が難しいがんのことで、そのチャンピオンが肺がんである。このがんは、死に際がつらいがんでもある。
 痛みを和らげる薬や技術は飛躍的に進んでいるが、肺がん末期の苦しさを救う特効薬はまだない。それは、おぼれていく人の苦しみに似ているという。
 だが、どうすれば肺がんの危険から身を守れるかは、はっきりしてきた。

 さきごろ米国で開かれた「がん予防国際会議−事実・可能性・うわさ」で、「肺がんとたばこの関係」は「うわさ」でも「可能性」でもなく、「事実」に分類された。

 吸う本人が危ないだけではない。米国では年間5万3000人が、同僚や家族のたばこの影響で死んでいるという推計が米環境保護局でまとまった。
 世界保健機関の中嶋宏事務局長は、5月31日の世界禁煙デーによせ、次のようなメッセージを各国に送った。
 「喫煙者の周囲に漂う煙が非喫煙者の健康を危険に陥れることは証明ずみです」

 「喫煙と健康女性会議」は真っ赤なハートをあしらったステッカーを作り、こう印刷している。
 「禁煙は愛です」

〈雪〉

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