インフォームド・コンセントの部屋
|
●由美かおる、ロザンナ、そして大熊由紀子
――カルテ開示はどのような段取りで話し合われたんですか? ゆき 1997年7月からの「カルテ等診療情報に関する検討会」でまず1年間の検討をして、その結果が98年9月から、医療審議会に持ち込まれました。私はその両方の委員でした。 ――この検討会と審議会とは同じメンバーがダブるんですか?
ゆき 2人だけだぶっています。私と日本医師会常任理事の宮坂雄平さん。 ――女優の? ゆき 女を何人か、飾りに入れておくということになっていたそうです。でも今回、厚生省は、医師会に対抗してものを言う人間を入れておかないといけないんじゃないかと思ったらしくて、断わっても断わっても、という感じで10回以上担当の方から連絡があり、結局私が参加することになりました。 ――由美かおるさんは医療に関心がおありなんですか?
ゆき 健康な体のお手本として貢献しておらたのでは? カルテ開示検討会の前の「インフォームド・コンセントの在り方に関する検討会」でその位置におられたのは、「ヒデとロザンナ」のロザンナさんでした。座長が作家の柳田邦男さんでした。インフォームド・コンセントを法制化するのは良くないという結論の「元気のでるインフォームド・コンセント」という報告書を出しました。 ●どんな人たちが、どんな意見を持って集まったのか
――順に、まず検討会に最初に集まった時のだいたいの色分けといいますか、どのような人たちがどういう意見を持って? ゆき 職業で大きく分けると、お医者さんグループと、法律家グループと、その他グループ。看護婦さんが1人。法律家は大学の先生から、日本医師会の顧問弁護士さんまでいろいろ。その他グループは、評論家の木元教子さんと私の2人です。 ――カルテ開示に関しては、それぞれどのような意見を? ゆき 1番最初、法制化について賛成の人は? と座長が尋ねたら、その時は私1人しか手を挙げなかったんです。そして、医師会の方と歯科医師会の方は、最初から「反対」と強く言っていたの。 ――カルテ開示そのものに対して反対しているわけではないんでしょ? ゆき そうでもなくて、カルテ開示自体にも最初は反対していました。表向きの理由としては、「がんだと知るとがっかりするので気の毒」とか、「精神病の患者さんがカルテを見ると、家族を恨んだり症状が悪くなる」とか、そういう理由が述べられていたのね。だから、「1 対 2 対 その他」という感じで始まって。 ――その他の人たちというのは、どっちつかず? ゆき はい。特に明確な意見はその時は打ちださないで始まりました。診療録の学会の理事長の木村明さんという方は、お金をちゃんとつけてくれということだけを一生懸命おっしゃっていました。 ――開示手数料のことですか?
ゆき というより、カルテ管理のためにかかる人手や資材の費用です。 ●公開にすると、理屈にあわないことはいいにくい
――心の友よ、ですね。 ゆき そうそう。頷いてにっこりして(笑)というようなことをやってました。ただし、日医の宮坂さんも、このお二人と並んでいるのね。宮坂さんはいつも私ことを睨みながら。 ――バチバチと火花が飛んでいるんですね。
ゆき でも結局、検討会の最後の段階では宮坂さんも了承する形になりました。 ――法制化も仕方ないなと、宮坂さんも納得したんですね? ゆき ええ、その時は。でもそのことが、あとの医療審議会で宮坂さんが豹変して強硬に法制化反対でがんばる原因になったの。 ――というのは? ゆき 検討会が終わった時に、「法制化を打ちだした」という記事がバーッと新聞に大きく出て、そしたらたくさんの医師会から、「なんで医師会の宮坂が入っていたのに法制化なんかにOKしたんだ」と非難ごうごうで、宮坂さんは窮地に立ったの。そしたら、宮坂さんがとるべき道は「反対」で頑張るしかない。 ――仲間に合わせる顔をつくると。 ●厚生省は何を考えていたか
――そもそも今回のカルテ開示の議論で、厚生省は当初、法制化まで持っていくつもりだったんですか? ゆき うまくいったら持っていきたいな、と思っていたんじゃないかな。外から見ると厚生省は一枚岩のように見えるけれども、あの中にも「医療の質を良くするためにはカルテ開示することから始めなくては」とか、「医療費の不正請求をなくすためにもカルテ開示しなければいけない」と思っている人たちがいる。でも、普通に医師会がぶつかったのでは負けちゃうので、審議会などで合意が得られればうまくいくかも、と思っていたんじゃないかな。 ――基本的には厚生省は、大熊さんの仲間に近いと? ゆき 近い。特に年賀状などで「審議会での大熊さんの勇姿に心から拍手しています……」と書いてきてくれる若手の人が結構います。 ――心の中で声援を送りつつ。でも厚生省の人たちの中でもあまりカルテ開示のことを。 ゆき 快く思ってない人もいる。たとえば担当の医事課のお医者さんにもそういう人がいるし、総務課も医師会への窓口だから、あまり積極的ではない。 ●世の中、変わってしまった
――検討会で了解された法制化が審議会に移って、最初の場での参加者たちの意見はどのようでしたか?
ゆき 日医の宮坂さんが豹変して元の「反対」に戻り、日本歯科医師会も。歯科医師会の場合は、がん告知問題とかの表立った理由は言えない。でも、不正請求が表面化したら大変と戦々恐々だった感じですね。診療報酬請求書とカルテが全く違っていたりとか。 ――だから法制化は待ってくれ。
ゆき そう。「日医のガイドラインでうまくいかなければ、それから法律を考えてください」と、そういう変化球になってきたんです。最初は、医師会・歯科医歯科医VSその他の委員、とバチッと対立していたのが、そういう変化球になると、委員の中にも物わかりのいい人が出てくる。それに個別の懐柔があったのか、それまで一言も発言しなかったのに、理由も言わずに突如、「法制化は時期尚早」みたいなことを言う人が出てくるやら……。経済の教授は、今回の医療法改正で病院の広告の規制が緩和される。だから、「うちの病院はカルテ開示をしています」とPRできるようになるわけだから、それを見て患者さんは選択できるからいいじゃないかとおっしゃったり。 ――ちょっと骨のある官僚なんですね。 ゆき その方がある時、「とうとう、大熊さんとぼくと2人になったみたいですよ」と言うんですよ(笑)。 ――変化球が功を奏した。お医者さんがここまで言ってるんだから、と。
ゆき その間に、医師会は厚生省の局長やなんかをかなり脅しあげたらしいんです。審議会の事務局は厚生官僚が務めていますが、そこが法制化にすごく消極的になって。というのは、医師会の後ろに自民党がついているから。小選挙区制導入で、医師会は国会議員の候補者を「落とす力」を持つようになったと言われているのね。あの候補はだめだと患者に言いまくられたら困るということで、自民党も医師会の顔色を窺う状況になっている。
●罰せられることへの極端な恐れ
――この検討会と審議会の中では、医療機関がカルテ開示を拒否した場合の罰則を法律の中に設けることについては、ハナからこれは無理そうでしたか? ゆき 罰則を言ったら、この話はもうおしまい。検討会の時も、もうひとつの禁句は、遺族への開示でした。私が最後まで少数意見で言い立てたんですが、結局入らなかった。「遺族への開示義務づけ」というのほうへいったら話が壊れる、と事務局が言ったからです。事務局の人が言うには、「まず法案を作ってしまって、法案をだすことが重要。国会に提案されさえすれば、国会議員の中には法律家の出身者もいるから、そこの段階で手直しできる可能性がある」と。だからまず法案を出せるところまでもっていくことが肝心だ、遺族への開示の件は諦めてくれと。 ――遺族開示に抵抗がある理由としては、医師会はどういうことを言い立てているんですか? ゆき 私は開示法制化の必要性として3つの理由を挙げました。1つはきちんとカルテを書くことで情報が共有されて、医療者の中で医療の質が上がるということ。2つ目は、そもそも情報には自己コントロール権があるんだから、患者には見る権利があるということ。3つ目は、法制化されれば医科大学がビックリ仰天してちゃんと学生にカルテの書き方を教えるだろうということ。でもそのうちの情報の自己コントロール権のことは審議会メンバーの誰もまったく理解できないの。医師会は、カルテを見せろと言ってくる遺族は、医療側に落ち度があるんじゃないかと疑っている人に違いない。遺族に開示したら裁判が増えるだろうと恐れてます。 ――そのことは口に出してはっきりと? ゆき 口に出しては言わない。でも医療訴訟が増えるのではないかというふうに言ったので、私はこういいました。大阪市では条例で開示を義務づけているけれども、そのことで大阪市立の病院をめぐる裁判が増えたことはありません、と。かなり言ったんですけれども、それは市立の病院だからで、開業医レベルではそうはいかないだろうと思ったみたいです。 ――そこを恐れていると? ゆき だから医師会のガイドラインでは「本人に限る」となっています。 ――前に小泉純一郎さんが厚生大臣の時に「死んだ子のレセプトを親が見られない現状は親の気持ちを考えると憤慨に耐えない」という発言がありましたよね。あれは生きてないんですか? ゆき 私はそのことと、「宮坂さんだってお子さんがお亡くなりになったらカルテを見たいと思うでしょう?」と、さんざん言ったんだけれども、「大熊委員はいつもその話をされるから」と言って逃げました。 ●今後の展開予測
――今後は、とりあえず医師会のガイドラインによって、医師会が医者を指導していこうとしているわけですか? ゆき これをちゃんとやらないと次は法制化が待ちかまえていてもっときつくなるから、ちゃんとやらなくちゃと思っているところも結構ありそうです。 ――医師会はそのガイドラインでうまくいけば、法制化は永遠にしたくないと?
ゆき そう。厚生省が今どう思っているかというと、今回無理やり法制化したとしても罰則のない法律だから、法律は作ったけれども、みんなが破ってしまって無効な法律になる可能性がある。それよりは、医師会が自分たちのメンツにかけてやっていく、その土台の上に法律ができたほうが実効が上がるのではないか。 ――審議会に出ておられた感じとして、法制化が実現するとしたら何年後ぐらいですか?
ゆき 政権交替があるかどうかですね。自自公政権が続いている間はダメですね。民主党の中でも、お医者さんと法律家ですごく温度差はあるんですけれども、あの政党は一応情報開示を大切な柱にしているから、あの勢力が大きくなってくれば法制化は少し早くなるでしょう。それと、カルテ開示をみんなでどんどんお医者さんに請求して、「医師会がガイドラインを作ってもやっぱりダメじゃないか」という声が上がっていくとか、そういうことがあれば早まるでしょう。 ――検討会の冒頭で、日本医師会や歯科医師会は「カルテ開示なんてとんでもない」という姿勢で臨んだのだから、その人たちが自ら「カルテ開示のガイドライン」を作るところまでは確かにいきましたね。 ゆき これからは市民として医師会のガイドラインを活用していく必要があると思います。それも、個々人が直接医師に請求するのはやっぱりかなり勇気がいるから、個人とお医者が対決しないですむような仕掛けをもっと作らないといけないですね。友人がいっていましたが、かかっていたある歯医者さんが、絶対に歯医者さんに行けなかった日の診療報酬を請求したことがわかったれど、その歯医者さんに抗議するのは、「なんだか気の毒」なんていってましたから。 ――まず関係が壊れてしまうことを心配しますね。 ゆき もうその人のところにはかかってないのだそうですけれども、それでも相手の立場も思いやって(笑)。 ――確かに個人ではカルテ開示といっても、実際にはなかなか。 ゆき 子どもさんが死んでしまって、というくらいの時でないとね。 ――結局、カルテやレセプトを見せてほしいと患者が言うのは、よくよくのことですよね。医療者にはそういう患者のよくよくの気持ちを汲んでほしい。 ゆき そうなんですよ。 ――では、このへんで。ありがとうございました。 『いのちジャーナルessence』No.1特集「カルテ開示法制化断念の内幕」大熊由紀子さんに聞く「カルテ開示法制化は、かく葬られた」(1999年12月)より |