陳述書
平成18年4月26日 打出 喜義
金沢地方検察庁検察官 殿
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私は,金沢大学医学部附属病院(以下,「大学病院」と言います。)産婦人科に勤務しております。
大学病院に入院していた堤和枝さんが無断でCP療法とCAP療法の比較臨床試験の被験者とされていたことが発覚し,和枝さんが亡くなった後,和枝さんの遺族らが大学病院を相手取り国家賠償請求訴訟を提起した民事訴訟事件で原告側勝訴の判決が出されたことはテレビや新聞,週刊誌上でも報道されているとおりです。
私は,大学病院の医師が患者さんの人格権を侵害して比較臨床試験を行っていたことを知り,このような不正を正すことが大学病院に勤務する者として,また,医師としても,正しいことであると確信し,原告側に協力をして参りました。
この民事訴訟の中で,大学病院側は症例登録票などの虚偽の証拠を提出したり,比較臨床試験に携わっていた医師らが虚偽の証言をしていたことが明らかとなりました。
さらに,民事訴訟が係属している間,私は上司である大学病院産婦人科教授であり,上記比較臨床試験の責任者であったP教授から,辞職を強要されたり,再三にわたり,嫌がらせを受けました。
これらの件について,金沢大学ハラスメント調査委員会に対し,事実関係の調査と適切な処置を執るよう再三求めましたが,大学側の調査や措置は極めて不十分なものでありました。
現在も私はアカデミックハラスメントの被害に遭っており,大学側の自浄作用も期待できないことから,今回,P教授や主治医であったQ医師を被告訴人・被告発人として告訴・告発をする決意をした次第です。
これから,これまでの経緯をご説明致します。
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まず,私が上記民事訴訟に関与するに至った経緯については,上記民事訴訟において甲第8号証として提出している私の陳述書に記載されているとおりであり,平成14年7月22日に金沢地方裁判所で行われた証人尋問の際にも証言したとおりです。
要するに,平成9年12月2日以降大学病院産婦人科で入院していた和枝さんの夫繁男さんから,和枝さんが入院中であった平成10年4月ころ,和枝さんの治療について相談を受けたことがきっかけで,私の方で和枝さんの診療録等の書類綴を調べてみたところ,和枝さんが比較臨床試験の被験者とされていることは症例登録票の記載内容から明らかであったのに,和枝さんの同意書がなく,和枝さんに無断で比較臨床試験の被験者にしていたことが判明したのでした。私は,患者さんに無断で比較臨床試験が行われていたことを知り,比較臨床試験の責任者であったP教授に対し,産婦人科教授室で,卵巣がんに対するクリニカルトライアルについて抗がん剤の投与量が高用量であることを指摘するとともに,患者さんに無断でこのような比較臨床試験を行うことは幾ら何でもひどいので止めて下さいと直訴しましたが,P教授は,数が集まらないと途中で止めることはできないと言って聞き入れてくれませんでした。私は,この不正を見過ごすわけにはいかないとの思いから,繁男さんに真相を話しました。真相を知った和枝さんも繁男さんも大学病院を訴えたいと言われましたが,和枝さんは平成10年12月21日に亡くなったことから,和枝さんの遺志を継いで繁男さんら遺族が大学病院を相手取り提訴したのでした。
その後,私は,患者さんに無断で比較臨床試験の被験者にするなどといった不正を正そうと,原告側に必要な助言をするなど協力をして参りました。当初は,大学病院側が和枝さんを比較臨床試験の被験者にしたこと自体まで否定するとは予想もしておらず,堤さんや原告代理人にも私の大学病院内での立場を考慮して頂き,私の実名まで裁判の中で明かすことは考えていませんでした。ところが,大学病院側は,裁判の中で和枝さんをそもそも症例登録していないと主張し,さらには,虚偽の症例登録票まで証拠として提出してきました。このままでは大学病院としての信用が失墜し,多くの患者さんに不安を与えてしまうことになると思い,原告代理人であった敦賀彰一弁護士にも相談して,私の実名を裁判で出して,私が場合によっては証人として証言する覚悟をもって,大学病院長の河崎先生に事態を説明し,大学としても信用維持のための体制をとって欲しい旨を懇請しました。河崎病院長は私の話には驚かれたようで,問題の重大性に一定の理解を示されていましたが,そのすぐ後「裁判中であるので,今はどうにもできない」旨言われました。私は,裁判での大学病院側の姿勢に呆れ,不正を黙っているわけにはいかないとの思いから,断腸の思いで陳述書を書いて裁判に証拠(甲第8号証)として提出するとともに,証人として証言することになったのです。
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このような経緯から,裁判では,2つの症例登録票が原告・被告双方から証拠として提出され,その真偽が重要な争点の一つとして審理されましたが,判決では金沢地裁も名古屋高裁金沢支部も原告提出の症例登録票を採用し,大学病院側提出の症例登録票については信用できないと判断し,大学病院側が提出した症例登録票が偽造されたものであることが明らかになりました。
Q医師は大学病院側が提出した症例登録票が真正に作成されたものであると裁判で証言していましたが,その証言が偽証であったことは上記各判決により明らかになったのです。
また,P教授は控訴審で,和枝さんは卵巣がんではなかったとし,そのために症例登録しなかったと証言をしていましたが,和枝さんが卵巣がんであったことは明らかであり,和枝さんを症例登録しなかったという点についても上記各判決では症例登録されたと認定されているとおり,P教授の証言が偽証であったことも上記各判決により明らかになりました。
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既に述べたとおり,私は,この裁判で原告側に協力をして参りましたが,その間,上司であるP教授から様々な嫌がらせを受けました。
私は,私が原告側に協力していることが大学病院側に知られる覚悟で河崎病院長に直訴し,その後,陳述書を証拠(甲第8号証)として裁判所に提出しましたが,その直後である平成12年9月21日午前9時ころ,私はP教授から教授室に呼び出され,教授室へ伺ったところ,P教授は,私を一種の病気とまで言って罵り,私の意図するところは何かと問い質し,「ここにいるよりも,自分で辞職してどこかへ行った方が良い。裁判までして,嘘の情報を流して」といわれなき造言蜚語を浴びせて上記民事訴訟への関与を止めないならば辞職せよと強く要求してきました。
さらに,平成13年4月3日には,P教授の指示を受けた当時の医局長であったX医師から,私が申請していた土曜日,日曜日の社会保険病院(勝山,金沢)での兼業について教授印は付けないと言われました。医師が他の病院で兼業することについては一般的に行われていることであり,それまでも兼業を認められていましたが,突然,P教授は私の兼業を認めないようになり,収入面からも辞職せざるを得ない状況に追い込み,民事訴訟への関与を止めさせようとしていることが分かりました。
また,同年9月18日午前11時ころには,P教授がQ医師とともに,非常に興奮した様子で私を罵り,平成15年2月4日には,P教授から指示を受けた当時の医局長Y医師が,産婦人科講師室にいた私に対し,民事訴訟での私の姿勢が変わらないことに苛立ち辞職を強要してきました。
さらに,P教授は,平成16年6月1日午後5時31分ころ,私を院長の部屋に呼び出させ,院長をして「医局の中で味方になるものはいないのか?」などと,さも私が医局の中でつまはじきにされているようなことを強調させ,私を精神的に追いつめたり,同年12月22日に行われた忘年会が始まる前,産婦人科医局員や看護師さんがいる前で,私を見つけるや否や「何でこんなところに来ているのか!」などと暴言を吐いたりしました。
このようにP教授から受けた嫌がらせは枚挙に暇がなく,P教授は,私を辞職せざるを得ない状況に追い込み,何としても民事訴訟での原告側への協力を止めさせようとしていることが分かりました。私は,年余にわたるP教授の脅迫を受けながらも上記民事訴訟で原告側への協力を続け辞職をせずに耐えてきましたが,民事訴訟で原告勝訴が事実上確定し,大学側も私の訴えに真摯に耳を傾けるのではないかと思い,これまでP教授から受けてきたアカデミックハラスメントを是正してもらおうと,平成17年11月10日ころ,金沢大学が設置しているハラスメント調査委員会に対し,事実関係の調査と適切な措置を求めて申立書を提出しました。その申立書の中でもP教授から受けたハラスメントの内容を具体的に記載しています。
これに対し,同調査委員会は,平成18年1月20日,私に対し,調査委員会の結論を書面で通知してきましたが,これによれば,退職勧告についてはハラスメントとして認定したものの,その余の申立事項についてはハラスメントとして認定しませんでした。また,退職勧告に対する対応として学長から文書による厳重注意が申し渡されたとのことでしたが,P教授からは一言の謝罪もなく、私の受けた精神的苦痛や経済的損失に比べ,また,他のハラスメントの事例と比較しても,余りに軽い処分であると言わざるを得ません。しかも,書面の最後には「関係者のプライバシー保護やハラスメント相談体制の趣旨の観点から,守秘について格別のご配慮をお願いいたします。万一,守られなかった場合には,名誉毀損や処分の対象ともなり得ることを申し添えます。」と記載されており,まるで私の方が悪いことをしているかのような対応であり,これではハラスメントを是正すべき立場にある調査委員会が大学内で起こった不祥事をひた隠そうとする姿勢が見え見えです。
上記民事訴訟で原告勝訴が事実上確定したのを受け,大学側は調査委員会で和枝さん以外の被験者についても調査したところ,和枝さん以外に被験者とされた23名の患者さんに対しても無断で被験者にしていたことが判明し,和枝さんを含む被験者24名の患者・遺族に謝罪することを約束しましたが,その中のお一人のお話によりますと、実際には,謝罪というより,むしろ治療方法として適切であったことを説明しに来たような有り様であったと聞いています。和枝さんの遺族に対してもQ医師やP教授から謝罪はまったくありません。しかも,調査委員会は裁判で問題となった大学病院側が提出した症例登録票について何ら調査をせず,これを不問に付する姿勢に終始しています。しかも,症例登録票は薬剤臨床試験の公正を担保するものであり,その改ざん・偽造はカルテの改ざん・偽造と同様、重大な問題であるにもかかわらず,これを調査しようとしないインフォームド・コンセント調査委員会の姿勢には非常に憤りを感じてなりません。
最近,コンプライアンスという言葉をよく耳にしますが,地域の医療の中心的存在たるべき大学病院がこのような姿勢・対応しかできないのであれば,大学病院に勤務する者として非常に情けなく,地域の人達にも大変申し訳なく思います。今の大学病院に自浄作用をこれ以上期待することは無駄であると考えざるを得ず,告訴・告発を通じて不正を正していく他ないと決心し,本告訴・告発に至った次第です。
御庁におかれては捜査を尽くして頂き,被告訴人・被告発人に対して厳重なる処罰を求める次第です。
以 上
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