医療費と医療の質の部屋

(1998年7月16日 朝日新聞社説)

「かたく閉ざされた心から、
イキイキとした感情を呼び戻し、
豊かな表情と笑顔が」

 こんなうたい文句で製薬会社のドル箱となっていた4種の脳循環・代謝改善剤。
 それが、小麦粉なみの効能しかないとわかり、中央薬事審議会が「有用性が認められない」との答申を厚相に提出したのは、5月だった。
 この答申は、中央薬事審議会の医薬品再審査再評価調査会が出した調査報告書をよりどころとしていた。それが、2カ月近く遅れて、7月、やっと公表された。

 厚生省は遅れた理由について「報告書が企業秘密を侵しているかどうかを製薬会社に点検してもらう必要があった」と説明している。
 審査の妥当性を第三者が評価するのに欠かせない各企業の臨床試験報告書も、「企業秘密」を理由に伏せられた。

 いったい、だれのための役所なのかと首をかしげざるをえない。

 医薬品を再審査する意義は大きい。承認された薬も、多くの患者に使ってみると、思いがけない副作用が見つかったり、有効性に疑問が出てきたりする場合がある。
 ただし、これまで日本で行われてきたものの多くは「再審査、再評価もどき」に過ぎなかった。「承認とりけし」という結論が出たことはあるが、それらの薬は売れ行きが鈍って、製薬会社が市場から撤収しようとしているものがほとんどだった。
 今回の再評価は、こうした従来の慣行や常識を3つの点で破るものだった。

 第1は、新たな臨床試験をし、具体的なデータをもとに有効性や安全性の検討が行われたということだ。
 調べようとしている薬と外見はそっくりだが、薬効のない「薬」をつくる。医師も患者も、どちらが使われているかわからないようにして本物と比較し、薬としての実力を評価した。
 第2は、曲がりなりにも調査報告書が公表され、透明性が少し増したことだ。
 第3は、問題の薬が売上総額8700億円を超えて売れ続けていたことだ。

 だが、この再評価は、厚生省の独自の判断で行われたのではなかった。
 医療費の無駄を省こうとする大蔵省の担当官から、「新たな予算をつけるには条件がある。例の痴ほう薬を健康保険から外してほしい」という要請があったという背景がある。

 問題の薬は承認当初から、有効性を判断した際の科学性に問題がある、と指摘されていた。私たちも、1989年、「痴ほう薬を洗い直せ」と社説で主張した。
 「患者の脳循環改善剤としてより、病院や製薬会社の経営改善剤としての方がよく効く」という声も業界でささやかれていた。

 この種の効能のあやふやな薬はまだまだ大手を振って市場にまかり通っている。
 非公開の審議による「権威」に寄りかかるのではなく、臨床試験の「証拠」を公開することを通して、薬を評価すべきだ。

 民主党の枝野幸男代議士への政府の答弁書によると、製薬企業への再就職を自粛する措置を決めた1996年以降、11人の厚生省幹部が、日本製薬団体連合会など医薬品業界団体の要職に再就職していた。
 こういう役所と企業の関係で、薬効や安全性の厳正な判断ができるだろうか。

 薬害エイズの悲劇の背景には製薬企業と役所の親密な関係があった。その反省に立ち、厚生省が薬務局を医薬安全局に改組し業界振興の担当課を他の局に移したのは、ほんの1年前のことだ。忘れては困る。

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