目からウロコのメッセージの部屋

ベル博士とヘレン・ケラーの運命のえにし、
そして日本初の聴覚視覚障害ある若者のための大学の誕生
国立大学法人 筑波技術大学 入学式での大沼直紀学長の式辞から抜粋

本日ここに、聴覚に障害のある学生50名と、視覚に障害のある学生40名を、新しく生まれた筑波技術大学の第1期生としてお迎えいたしました。
200名の教職員と200名の上級生が皆様の入学を心から歓迎いたします。
入学おめでとう。

これから皆さんは、産業技術学部と保健科学部の2つのキャンパスに分かれて生活することになりますが、ぜひ交流を進めてください。視覚障害者と聴覚障害者とのコミュニケーションが最も困難なことであることを自ら体験してください。
そして、自分と異なった障害を持つ友人を沢山つくってください。

かつて、聴覚障害学生とコミュニケーションしようと努力し、視覚障害系のキャンパス内に手話サークルを創った先輩がいました。
また、聴覚障害者と視覚障害者とのコミュニケーションをガイドする解説書を、視覚障害者と一緒に作り出版した聴覚障害の先輩がいました。
その本の表紙をお見せします。
スライドが見えにくい保健科学部の新入生にも分かるように、言葉で説明しましょう。

「ゆう子とカリンのバリアフリー・コミュニケーション」という本です。
副題が付いています。
「視覚障害者と聴覚障害者が書いたコミュニケーションガイドブック」と大きな字で書いてあります。
この本のタイトルの「ゆうこ」とは、視覚障害のある芳賀優子さんのことです。
「カリン」とは、デザイン学科を卒業した松森果林さんのことです。
この二人が著者です。
目の不自由なゆうこさんと、耳の不自由なカリンさんの二人が友達となり力を合わせ出版した本です。

皆さんは「見ること」あるいは「聞くこと」の情報バリアを、これまで何度も克服してきたに違いありません。
今度は、視覚障害者と聴覚障害者の間にあるコミュニケーションのバリアを取り除くことにも挑戦してみてください。
そうすることにより、自分だけの障害にとらわれないで、本物の「障害補償」とは何か、本物の「情報保障」とは何かが分かってくるはずです。

聞こえない世界を知ることで見えない世界がよりよく理解できます。見えない世界を知ることで聞こえない世界がよりよく理解できます。
「よりよく観ようとする心が、よりよく聴く心を育てる。よりよく聴こうとする心が、よりよく観ようとする心を育てる。」ということです。

狭い観点からより広い観点に立つことを心がけてください。
聴覚障害者と視覚障害者のために創られた特別な大学だからといって、同じ障害者同士の環境の中だけで苦労なく安住し、自らを世の中から分離・隔離してしまうような学生生活を送らないように心がけてください。

この大学は学生に楽な暮らしをしてもらうために設立されたのではありません。
君たちが卒業後に自立し、社会に貢献できる人間になってもらうためにあるのです。
君たちにはその能力があるのだということを日本の社会が判断し、入学を許可し、他の大学の学生とは比べようもないほど多額な国家予算を君たち一人一人にかけてみようと国が判断したのです。
我国唯一の聴覚障害者、視覚障害者のためのこの国立大学に入学したからには、必死に頑張って勉強をして欲しいのです。

ここで、頑張る必要はないなどとは絶対に言わなかった3人の姿を紹介します。

今から110年ほど前、14歳のヘレン・ケラーと28歳のアン・サリバン先生、そして電話の発明者であるアレキサンダー・グラハム・ベル博士の3人が一緒に写っている珍しい写真です。

視覚障害の学生にも分かるように絵の内容を声で説明してみます。

ヘレン・ケラーの左手はサリバン先生の口元に伸びて触れています。
その人差し指、中指、親指がそれぞれ鼻の振動、唇の動き、喉の振動をとらえ話しを理解しようとしています。
同時にまた、ヘレン・ケラーの右手とベル博士の右手は、互いに包みこんで指文字の動きをとらえ話しを理解しようとしています。
聴覚にも視覚にも障害のあるヘレン・ケラーを間にして、3人がコミュニケーションを交わしているこの記録は、私が今日まで障害教育を続ける励ましとなったものでした。

今から約130年前、ベルが29歳の時に発明した電話機が、その後の音を電気的に伝えるあらゆる通信の基となり、遠隔通信、テレ・コミュニケーション革命と高度な情報化社会をもたらしました。
このように、電話の発明者として有名なベルが、聴覚障害者の母を持ち、若い頃から聾学校の教師であったこと。
そして「視話法」という新しい発音指導の方法を開発し、その教え子であった聴覚障害者と結婚し、その妻を一生の伴侶としたことは、あまり知られていません。

そして、ヘレン・ケラーのあのような成長はベルのお陰であったということもあまり知られてない話です。
今から約120年前の3月3日、 ヘレン・ケラーのこれからの教育の相談を受けたベルが、アン・ サリバン先生を紹介し遣わしたのでした。

ヘレン・ケラーは日本を3度にわたって訪問し、我国の盲教育や聾教育に大きな貢献をいたしました。
ベルはそれより前、今から110年前に日本を訪問し、東京、京都、長崎などで講演を行い、その後の日本の聾学校や盲学校の発展に大きな影響を与えました。

アメリカには有名なギャローデット大学があります。
およそ140年前に、リンカーン大統領が関わって創られた世界最古の障害者のための大学です。
そして、今から40年前には、ロチェスター工科大学・国立聾工科大学が創られました。
そして、世界で3番目の障害者のための大学は、18年前に日本の、ここ筑波に創られたのです。

我国唯一の障害者のための国立大学である本学への進学を希望しながらも、様々な理由で受験を諦めたり、入試で不合格になったりし、入学が果たせなかった人が全国にいるはずです。
今日、入学を許されここにいる皆さんの2倍くらいの数に上るのではないかと想像します。
きっと今日も、日本のどこかの病院で、聴覚や視覚に障害があることを宣告され、死んでしまいたくなるほどの絶望感に打ちひしがれている子供達と親御さんがいるにちがいありません。

その方々に頑張ってみようと、将来の希望や勇気を示してあげることができるのは、君たち一人一人のこれからの生き方なのだということを忘れないでください。

耳の障害、目の障害に負けずに、ここまで成長した皆さんと、それを支え頑張った保護者の皆様方を、敬意と愛情を持って、大学はお迎えします。
入学おめでとう。

平成18年4月7日
国立大学法人筑波技術大学長
大沼直紀

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