目からウロコのメッセージの部屋

松井孝典教授の「おばあさん仮説」

 農耕牧畜が一万年前に始まった理由は、ほかにもあるはずです。気候変動だけなら、それ以前にでもあったはずだからです。今生きている我々以外の、ほかの人類が農耕を始めてもいいわけです。しかし、実際に農耕を始めたのは我々現生人類だけです。したがって、我々の側にも何か理由があるはずです。
 その理由は二つ考えられます。一つは、現生人類が生物学的な意味でほかの人類や類人猿、哺乳動物と決定的に違う点です。それは"おばあさん"が存在するということです。 "おばあさん"とは、ここでは生殖年齢を過ぎたメスが生き延びている状態を表すことにします。

 哺乳動物でも、サルでも、類人猿でも、メスは子どもが産めなくなると、それから数年ぐらいで死んでしまいます。一方オスはいつまでも子どもをつくれる能力がある。したがって、おじいさんは存在します。自然の状態では、哺乳動物にも、サルにも、類人猿にも、おばあさんは存在しません。どういうわけか現世人類にだけ、おばあさんが存在するのです。

 おばあさんがいると何が違うか。一つはお産が安全になることです。加えて、娘が産んだ子どもの面倒をみたりする。このため、メス一個体当たりの出産数が増え、群れの個体数増加につながるわけです。人口増加です。
 人口増加が起こると、ある地域で生きる人の数は決まっていますから、地域を移動するという圧力になり、新天地へ散っていきます。このため、現生人類は「出アフリカ」と呼ばれるような行動をとるわけです。十数万年前アフリカに誕生した現生人類が、人口増加にともなって世界中に散らばる。これが、我々が何故、人類圏をつくって生きるようになったか、一つの理由です。

(NHK人間講座 2002年12月〜1月 「宇宙からみる生命と文明」 より)

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