聴覚障害者にとって、パソコンや携帯電話によるメールの普及ほど福音となったものはない。しかし、インターネットのホームページなどで「問い合わせ先」として電話番号のみを載せている例もある。メールアドレスやファクス番号も載っていて、それで問い合わせられるところでも回答の保証はなく、相手の反応が確実に得られる電話での問い合わせとは大違いである。聴覚障害者が情報を得るための環境としてはまだまだ未整備な点のあることを人々に知ってほしい。
私は自分自身、耳が聞こえず、障害者問題を社会的・文化的視点からとらようと障害者・研究者・実務者らが03年に設立した障害学会のメンバーでもある。
最近話題の裁判員制度に関し、「聴覚障害者が裁判員に選ばれた場合、コミュニケーションの保障はどうするのか」を調べているうち、最高裁のホームページで制度を啓発する映画ができたというニュースを知った。
そこで「ぜひ、その字幕版を作ってほしい」と最高裁に申し入れようとしたが、同ホームページには電話番号しか掲載されていなかったため、やむなく手紙を出した。だが、1カ月以上も音さたが無く、家人に電話をかけてもらったところ、「文書による返事はしないことになっている」との返答だった。
とりあえず当方の手紙は着いているのかを尋ねると「着いている」と言う。字幕のことを話すと「考慮します」とのことだった。電話さえかけられれば、この程度のやりとりは自分でできるのにと残念だった。
その後、同ホームページを見ても変化がないのでそのままとなり、約1年後に見てみると「DVDまたはVHSを貸し出しています(日本語字幕版もあります)。貸し出しをご希望される方は、最寄りの地方裁判所の総務課にお問い合わせください」とあり、地方裁判所の電話番号リストが掲載されていた。ここにも電話番号しかなかったので、やむなく手話通訳などをしている知人に電話してもらい、借りに行ってもらった。
その際「聞こえない人のためにファクス番号も載せてほしい」と要望してもらったところ「いたずらがあるので載せられない」と言われたそうだ。
最近は、裁判員制度についての「ご意見メール」の窓口が設置され、映画の字幕版が直接ダウンロードできるようになったものの、ビデオなどを借り出す際などの申し込みが電話に限られている点は元のままである。
聴覚障害者にも、いろいろ問い合わせて回答を得る権利はあるはずだ。だが、ちょっとした思いやりが足りないためにバリアが改善されないケースは他にも、聴覚障害者向けのページを設けていながら、照会先を載せていないJR東海の例などまだまだある。
このように、せっかくの技術が生かされずに障害者が情報から阻害されているケースを、人々の配慮で減らしていってほしい。
(朝日新聞 2007.7.13 朝刊「私の視点」に掲載)