資料の部屋

新たな高齢者介護システムの構築を目指して
高齢者介護・自立支援システム研究会-----1994.12



1.問題の所在
  •  今日、高齢者介護の問題は、個人の人生にとってはもちろんのこと、その家族、さらには我が国社会全体にとって大きな課題となっている。
(1)高齢社会における介護問題
  •  高齢者介護は、まさに現代が抱える課題である。かつて、多くの高齢者は在宅で家族に看取られながら死を迎えたが、その時代は高齢者の数は少なく、しかも介護の期間は今とは比較にならないほど短かった。言わば、高齢者の「最期を看取る介護」であった。
  •  今日、生活水準の向上や医学の進歩等により、国民の半数以上が80歳を迎える高齢社会が到来し、80歳を超えた高齢者の少なくとも5分の1は何らかの形で介護を必要としている状況にある。介護を要する高齢者数は激増し、介護期間も長期化しており、その意味で今日の介護は、高齢者の「生活を支える介護」であり、かつて家族が担ってきた介護とは量的にも質的にも大きく異なるものであると言えよう。
     このような高齢社会における介護システムを如何に構築していくかが、今我々に問われている課題である。
(2)「個人の人生」にとっての介護問題

(老後生活の不安要因)

  •  老後においても、自らが望む環境で生活を続け、長い間培った人格と経験を活用して社会に参加し、生きがいのある人生を送りたいというのは、高齢者の切実な願いである。介護の問題は、高齢者にとって、こうした心豊かな老後生活の可能性を喪失させる、大きな不安要因として受け止められている。
  •  健康を損ない、何らかの介護が必要となった時には、誰がどこで介護してくれるのか、どこに相談に行けばよいのか、日常生活を支えてくれるサービスが受けられるのかなど、高齢者が抱いている不安は多い。また、介護の必要な高齢者は、日常生活上の不自由、精神的な苦痛とともに、孤立感、自尊心や生きがいの喪失といった状態に追い込まれる場合が多く、経済的に特別の出費を要することもある。そして、介護サービスの整備の立ち遅れに加え、家族介護をめぐる状況や地域社会の変貌により、できる限り住み慣れた家庭、地域で暮らしたいという高齢者の願いはかなえられにくい状況にある。
     こうしたことが、「長生きし過ぎた」、「ポックリ死にたい」といった言葉を生むこととなっていることを、我々は直視しなければならない。

(将来設計としての問題)

  •  介護の問題は、高齢者にとどまらず、いずれ高齢期を迎える現役世代にとっても重要な課題である。家族形態の変化に伴い、今後は老後生活は一人暮らしや夫婦のみの世帯がより一般的となることが予想される。そうした中で、多くの国民は、将来介護が必要となった時にどのような形で生活を続けられるか、確固たる見通しが立てられない状況にある。現役世代にとっても、介護の問題は、老後生活の将来設計を描く上で大きな不安要因となっている。
     少子化の進展により、いわゆる「1・2・4現象」という言葉に表わされるように、1人の子供が2人の両親、さらに4人の祖父母を持つという状況も多く見られるようになり、介護問題は、適切な社会的支援の施策が講じられなければ将来一層深刻化するおそれが強い。
(3)家族にとっての介護問題

(家族の重い負担)

  •  我が国の高齢者介護は、家族による介護に大きく依存しており、介護にかかる社会的コストの半分以上は家族が負っていると見込まれている。
     そうした中で、心温まる介護を続け高齢者を支えている家族は多いが、同時に、家族の心身の負担は非常に重くなってきている。介護の必要な高齢者数の増加、介護内容の困難化、介護期間の長期化、介護者自身の高齢化などのいずれをとっても、昔とは比較にならないほど事態は深刻化している。
  •  例えば、食事、入浴、排泄の世話による疲労や睡眠不足、時間的拘束などから、家族が身体的にも精神的にも大きな負担を負っている場合がしばしば見られ、家族はまさに「介護疲れ」の状態にある。経済面を見ても、施設入所に比べ重い負担となっている。こうしたことにより、家族間の人間関係そのものが損なわれるような状況も見られる。

(介護サービスの立ち遅れ)

  •  このような問題が生じている最も大きな要因は、介護の必要な高齢者の増加に比べ、高齢者やその家族を支援する社会的なサービスが大きく立ち遅れていることである。介護が必要とされる時に、近くに頼れる介護施設や在宅サービスが存在しない、あっても手続が面倒で時間がかかる、介護の方法など身近の問題を相談できる相手がいない、介護に関する総合的な相談窓口がない、といった数多くの問題点が指摘されている。
  •  また、我が国の場合には、「福祉のお世話になる」という言葉に表されるように、国民が公的福祉サービスに対し心理的な抵抗感を抱いている状況もある。
     このため、限界ギリギリまで家族だけで支え、その結果家族は心身ともに疲れ果て、その後やっと福祉サービスに辿り着くケースが往々にして見られる。このようなことは、高齢者本人のためにも決して好ましいことではない。介護サービスをスムーズに利用できるようなシステムづくりを求める声は強い。

(高齢者と家族の関係)

  •  一方、長寿化は高齢者と家族の関係について、新たな問題を提起しつつある。家族による介護放棄や虐待の問題が指摘されてきているほか、さらに、高齢者の人権擁護の観点から、痴呆症に伴う財産保護や身上監護はどうあるべきかといった課題が提起されている。
(4)社会にとっての介護問題

(家族介護に伴う問題)

  •  高齢者介護が家族介護に大きく依存している状況は、社会経済的にも大きな問題を提起している。今日、家族介護のために、働き盛りの人達が、退職、転職、休職等を余儀なくされ、それまでの社会生活から離脱せざるを得ないような人が増えている。このようなケースは、中高年層を対象に生じることが多く、本人や家族はもちろんのこと、企業や社会全体にとっても大きな損失となっている。
  •  しかも、今日の高齢者介護は、家族が全てを担えるような水準を超えており、高齢者の「生活の質(QOL)」の改善の点でも、家族のみの介護には限界がある。また、社会全体から見ると、家族による介護は、専門職が行う介護に比較して効率的とは言えない面がある。

(女性問題としての介護問題)

  •  どのような統計調査の結果を見ても、家族介護の主な担い手は女性である。
     介護を主婦労働に依存することは主婦にとって大きな負担となっており、特に介護者自身が高齢化しつつある状況において、高齢女性にかかる負担は過重である。
     また、職業を持っている女性が介護のために離職を余儀なくされているような場合も見られるが、こうしたことは女性の職業上のキャリア蓄積の阻害要因となるとともに、年金制度においても基礎年金の受給権は確保されるものの、厚生年金等の受給額が低下するという現象をもたらすことになる。
     さらに、介護を女性に依存することは、女性就業の促進にブレーキをかける可能性もあり、今後労働力人口の減少が予想される中で、将来の労働市場に大きな制約要因となってくるおそれがある。

(国民経済的に見た介護問題)

  •  このように社会全体が負担している介護コストは、国民経済計算上、社会保障給付費に計上されているものだけでなく、目に見えない形で家族や企業、さらには高齢者本人が負っている負担も含んで考える必要がある。現在公的に負担している介護コストは約1.5兆円と見込まれるが、これに家族による介護コストを加えると、全体で約3.5兆円にのぼると推計される。
     このように家族介護に大きく依存している我が国の現状は、社会的な介護コストの規模という観点からも、また、国民経済的な資源の適正配分や負担の公平の観点からも大きな問題を有していると言える。

2.現行システムによる対応
  •  高齢者介護については、これまで福祉、医療などの現行システムがそれぞれ個別に対応してきた。しかし、介護問題が深刻化する中で、こうした対応について様々な問題点や矛盾が生じてきている。
(1)福祉
  •  今日に至るまで、高齢者介護に関する公的制度として中心的な役割を担ってきたのは、「措置制度」を基本とする老人福祉制度である。
     老人福祉に係る措置制度は、特別養護老人ホーム入所やホームヘルパー利用などのサービスの実施に関して、行政機関である市町村が各人の必要性を判断し、サービス提供を決定する仕組みである。その本質は行政処分であり、その費用は公費によって賄われるほか、利用者については所得に応じた費用徴収が行われている。
  •  このシステムは、資金やサービスが著しく不足した時代にあっては、サービス利用の優先順位の決定や緊急的な保護などに大きな役割を果たし、福祉の充実に寄与してきた。また、近年は、ニーズの多様化等を踏まえ、契約入所のモデル実施や利用券方式の導入、事務承認制の検討が進められるなど、時代の要請に合った制度運営の弾力化に向け関係者の努力が払われてきている。
  •  しかし、今日では、高齢者を「措置する」、「措置される」といった言葉そのものに対して違和感が感じられるように、高齢者をめぐる状況が大きく変化する中で、措置制度をめぐり種々の問題点が生じている。
     利用者にとっては、自らの意思によってサービスを選択できないほか、所得審査や家族関係などの調査を伴うといった問題がある。被保険者がサービスを積極的に受ける権利を持つ社会保険に比べると、国民のサービス受給に関する権利性について大きな違いがある。
     さらに、その財源は基本的に租税を財源とする一般会計に依存しているため、財政的なコントロールが強くなりがちで、結果として予算の伸びは抑制される傾向が強い。
     我が国においては、社会保障給付費で見ても、医療と年金が9割を占め、福祉分野は低いシェアにとどまっているが、その背景の一つには、このような福祉制度自体の制度的な限界をあげることができる。
(2)医療
  •  国民皆保険及び自由開業医制を基本とする我が国の医療制度は、国民の健康の維持・増進に大きな成果を上げてきた。
     その中で医療保険は、本来的には「疾病」という、全ての年齢層に確率的に発生し得る非日常的なリスクを対象とする「短期保険」であるにもかかわらず、高齢化等に伴い、「社会的入院」という形で介護の必要な高齢者をカバーしてきた実態がある。我が国の場合は、福祉サービスの整備が相対的に立ち遅れてきたため、病院などの医療施設が、これに代わる形で実質的に大きな役割を果たしてきたという背景があげられる。
  •  介護サービスは、高齢者の残存能力の維持・向上を図るとともに、その生活全体を支援するサービスであり、基本的に疾病の治療を目的とする医療サービスとは種々異なる面がある。このため、医療の枠組みの中での対応には、ケアのあり方や日常的な生活に対する配慮などの面で限界があると言わざるを得ない。
     また、医療保険という観点からは、入院治療を必要としない高齢者をこのような形でカバーすることは、医療本来の機能を歪めかねないし、高齢者介護によって医療保険制度が実質的に変容し、本来予定していない分野にまで医療資源が投下されているとすれば問題がある。
(3)年金
  •  年金制度は、基本的には高齢者の稼得能力の減少や喪失といった事態に対応し、老後生活に要する基本的な費用を、現金給付としてカバーしようとするものであり、国民皆年金の下で老後の所得保障に重要な役割を果たしている。しかし、一方で介護の不安から年金等の収入が貯蓄に回り、老後生活の確保の上で有効に活用されず、年金制度の本来機能が阻害されているとする指摘もある。
     さらに、年金は、高齢者が病院や施設などに入院・入所し、医療保険や福祉などの公的制度によって日常生活費用のかなりの部分がカバーされている場合にも、在宅の場合と同様に支給されており、年金等によりもたらされる高齢者の購買力が有効に介護サービスに結びついていないといった面もある。
(4)各制度間の不整合
  •  このように高齢者介護については、これまで福祉、医療、年金など各制度が相互に十分な連関をもたないままに、個別に対応してきたため、「介護」という面からみると制度間で不整合が生じている。

(施設ケアにおける制度間の差)

  •  施設ケアにおいては、実態的には同程度の介護が必要な高齢者が、特別養護老人ホーム、老人保健施設、老人病院といったように、本来異なる機能を有する施設に入所している状況が見られる。そして、これらの施設は、利用手続や利用者負担もそれぞれ異なっている。


  • 機能 利用手続 利用者負担
    (平成6年度)
    特別養護老人ホーム 介護 措置 月額0〜24万円
    (平均約4万円)
    老人保健施設 療養・介護 直接契約 月額約6万円
    老人病院 治療・療養 直接契約 月額2.1万円
    (他に食費1.8万円)
    (注)特別養護老人ホームの場合は所得に応じて費用徴収が行われる。

(各サービス間の連携の欠如)

  •  現状では、在宅ケアのサービスの内容や利用方法等が国民の間で必ずしも十分に知られている状況にない。また、それらのサービスは保健、医療、福祉それぞれの制度にまたがっており、高齢者のニーズに即した総合的なサービスの提供に欠ける面がある。このため、在宅介護支援センター等の設置が進められているが、今後、サービスを総合的にコーディネイトするための取組みをなお一層推進していくことが求められている。
(5)私的保険による対応
  •  私的保険としての介護保険は昭和63年から平成元年にかけて導入されたものであり、保険商品としては比較的新しいものである。導入当初は販売実績も急速に拡大したが、最近は安定傾向にある。
  •  これらの私的介護保険については、1.現金給付であるため、介護サービスに直接結びつかない、2.保険料がリスク(年齢)に応じて設定されているため、中高年層の場合には保険料が高額となる、3.保険会社側においても要介護認定などの面で体制に限界があるといった指摘がある。
     このため、大きな役割を期待されつつも、その普及は一定規模にとどまっているのが現状であり、私的保険による対応も十分とは言い難い。
(6)高齢者の財産管理
  •  高齢者の財産管理の問題については、民法では無能力者保護制度として、禁治産・準禁治産制度が設けられており、裁判所の宣告によりそれぞれ後見人や保佐人が指定されることとなっている。しかし、こうした制度は、裁判所や裁判官が不足していることや費用が高くつくことなどから、利用しにくいのが実情である。このため、財産管理能力が衰えていく高齢者を実効的に保護する制度として、西欧諸国のような「成年後見人」の創設を求める意見が強い。
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