3.2. 医療情報とは何か
前節のように、医療情報には様々なニーズがあることがデータから分かった。そのデータと筆者の考えを基に、医療情報の分類を考察する。
3.2.1. 医療機関情報
一つ目は医療機関情報である。これは先のデータでも高いニーズがあった。広告規制の問題もあり、医療機関の情報というのは今までなかなか入手が難しい状況にあった。しかし、近年の規制緩和などで、少しずつではあるが医療機関からの情報の発信が見られるようになっている。また、健保連のホームページ(1)でも医療機関の検索ができるようになったり、病院ランキングの本など、市民が医療機関の情報を入手しやすくはなっている。
一つの問題は情報が正しいのかどうかという基準の問題である。財団法人日本医療機能評価機構(2)による認定など第三者機関による評価が近年行われてきている。第三者機関が病院の評価を行うことは、情報の質を高めるのに有効であろう。
もう一つの問題はその情報の内容である。どこにあるか、どのような診療科があるのか、病院の大きさ、といった基本情報については比較的入手しやすくなっている。しかし、市民のニーズはさらに詳しいデータである。その中で最近高まっているニーズの一つは、病院・医師の実績である。病院・医師の手術・検査の症例数、成功数などの情報が求められている。これはセカンド・オピニオンの浸透によるものではないかと筆者は考えている。手術をどちらで受けるかといった場合の一つの指針として病院や医師の手術の症例数を基準にしているのだろう。このような情報はなかなか入手しにくい。病院・医師側があまり公表していないという情報の量が少ない。あっても、数だけでは判断しづらい情報でもある。このような情報を集めて吟味し公開する専門機関が必要になってくるだろう。
病院・医師の手術・検査の実績は「質」の情報であるとも言える。「質」の情報は他にも足りないものが多い。病院の質という点では、病院のアメニティに関する情報などはあまりない。4人部屋、2人部屋、個室、といった病室の人数、広さ、テレビ・パソコンなどの設備の情報、といった病室のアメニティの情報は、このような選択肢自体が少ないという理由が大きいが、あまり見られない。
病院の「質」としては、患者の権利が守られているか、カルテの開示を行っているか、領収書の明細を渡しているか、という点も患者にとっては重要である。
他の「質」としては、医師以外のコメディカル情報である。老人病院などでは介護の人員配置などは重要であるし、一般病院でも看護師の数は気になる情報である。その他、薬剤師、技師、医療ソーシャルワーカー、といったコメディカルの情報はチーム医療の指針にもなるだろう。
このように「数」のデータだけの情報ではなく、病院の「質」が見えるような情報が必要である。
3.2.2. 医学情報
二つ目は医学情報である。検査や診断、手術や薬といった治療の過程や方法そのものやそのメリット・デメリットのことである。メリットはもちろん、デメリットもインフォームド・コンセントには欠かせない情報である。薬の事典や家庭の医学の事典などの普及で、この情報は比較的手に入りやすいものだといえる。
しかし、その情報の「質」という問題がここにもある。治療法や薬というのは本当に標準的なものなのかというのは素人の市民・患者には分かりづらい。一つの解決策としてEBM(Evidence-based Medicine)=根拠に基づいた医療がある。つまり、標準の治療法を根拠に基づいて作ろうという動きである。この流れによって、様々な治療法のガイドラインが出来つつある。重要なのは、このガイドラインを遵守するのではなく、個々の患者に合わせてガイドラインを使用することである。
3.2.3. 診療情報
三つ目は診療情報である。これは自分自身が診療を受けた際の情報、つまりカルテやレセプトの情報である。
カルテの情報とは検査結果、医師の所見、治療の経過や結果、看護記録、などである。カルテ開示が行われることが情報公開への道だと言える。しかし、病院側が「開示」するのではなく、そもそもカルテは患者のものであり、患者がいつでも見ることができ、書き込むことができるようにするシステムが必要である。このような試みは「私のカルテ」などいくつかの病院で行われ始めている。
電子カルテの普及も診療情報を得るのに役立つであろう。電子カルテのメリットはカルテが読みやすくなることである。従来の紙カルテでは、患者に、場合によっては同僚の医療者でさえも、読みにくい文字でカルテを書いたり、用語がバラバラであったりしたが、カルテの書き方が統一されれば、患者にとっても見やすいカルテになる。専門用語があったとしても、用語が統一されていればすぐに調べることが出来る。IT化が進めば、カルテを自宅のPCから読んだり、書いたりすることも可能であり、すでにそのシステムを導入している病院もある。ベッドサイドのPCから電子カルテを読むことも可能なシステムもある。インターネットに接続されていれば、分からない用語を調べたり、医師と電子メールでやりとりをしたりと様々なメリットが考えられる。しかし、電子カルテを医療者の仕事を楽にするためだけに導入したり、電子カルテのために画面を見て人を見ない医師になっては逆効果である。
診療情報の開示にあたっては、診療情報管理士や医療事務従事者といった、今までは裏方の事務職的役割であった人が、その道のプロフェッショナルとして先導役となるのではないかと考えている。
3.2.4. 予防・健康情報
四つ目は予防・健康情報である。文字通り病気にならないための「予防」という意味が一つである。予防接種、感染症の流行状況、食中毒の予防法、といった直接的な予防情報がこのような情報に含まれる。さらに、糖尿病にならないための食事・運動、高血圧にならないための生活方法、など予防だけでなく、健康づくりのカテゴリーに入るものも含まれるだろう。近年は生活習慣病が増加しているが、生活習慣病は普段の生活での予防が必要なため、このような情報は重要である。
健康情報というのは、「病気にならないため」だけではなく、「健康になるため」というニーズで、近年の健康ブームにより高まっている。健康に関するテレビ番組や雑誌が人気を集めているが、中には効果が疑わしいものも多い。このような情報は質を測るのは難しいが、情報を吟味し評価するような機関を設置したり、利用者側が眼を養うことが必要であろう。
このような予防・健康情報は病院で病気にかかった患者よりは、一般市民に必要であるので、病院以外の場所での公開が望ましいだろう。例えば、市役所・保健所からの広報、学校での教育、などが考えられる。
3.2.5. 福祉情報
五つめは福祉情報である。これは、筆者が独自に考えたものであり、特に重要だと考えている。ここでいう福祉情報とは病気にかかった後の治療そのもの以外のアフターケアの情報という意味である。前述の予防情報が病気になる前であるのに対し、これば病気になった後の情報である。具体的には、退院後の在宅看護・介護、障害が残った場合の対策、経済的なサポート、心理的なサポート、などが含まれる。このような情報は医師から入手することが難しい。医療ソーシャルワーカー、看護師、ケアマネージャーといったコメディカルからの情報が中心になるだろう。
このような情報は特に患者個々人によって適用の仕方が異なる。そのため、チーム医療によるチーム内の情報交換、コミュニケーションや患者もチームの一員であるという意識が医療者側、患者・家族側双方に必要である。
3.2.6. 経験的情報
六つめは経験的情報である。これは、筆者が考えたものであるが、ボーグマンの体験的知識を参考にしている。ボークマンは専門的知識との対比からその特質として以下の3点を上げている。(藤田 2001)(1)
@理論的あるいは科学的であるよりも、実践的
A知識の長期的発展やシステム的蓄積よりも、現時点での行動の指向
B区分化よりも、ホリスティックで全体的
このような経験的情報というのは専門職からの入手は難しい。例えば、運動を制限してください、と医師に言われても、どの程度の運動がよくて、ダメなのかというのは具体的には分かりづらいし、医師も指示が難しい。
このような患者の経験を一番知っているのは、同じ病気を経験した患者である。患者の経験を聞く手段としては、直接的な手段としては患者会(家族の会)がある。患者会に参加することで、このような体験談としての情報を得られると同時に、同じ患者と話をすることで「癒し」を得ることもできる。直接患者に会うという方法以外では、闘病記を読むということが挙げられる。これは前述のように、なかなか今までは手に入りにくいものであったが、一般の患者も闘病記を書くようになり普及しだしている。既に述べたパラメディカは闘病記を集めたインターネット古書店として注目を集めている。
3.2.7. 情報の情報
最後は情報の情報である。ここまで六つの情報を挙げたが、情報の入手先というのは様々である。例えば、医学情報であれば、「医学事典を読む」という手段であり、福祉情報であれば「医療ソーシャルワーカーへの相談」が手段になるだろう。このような多様な情報の海から必要な情報を探すにはガイド役が必要である。インターネットから情報を探す時に使うリンク集やポータルサイトの役割とも言えるだろう。
その手段として情報室がガイド役になると考えられる。情報室にある情報だけでなく、必要な情報がどこにあるかを的確にアドバイスできるような情報室が求められるだろう。それには情報のプロフェッショナルである司書の存在は重要である。
また、どの情報がどこにあるかというような一覧を作ることで的確な情報が素早く探すことも出来る。それには前述のアメリカのグリフィン病院の「情報パッケージ」が参考になる。
静岡がんセンターの様な、インターネットの情報をプリントアウトする、本の目次を一覧にする、といった試みも情報検索には有効であろう。