優しき挑戦者(国内篇)

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 お役人といえば、この日本では、お役所仕事がつきものです。その「仕事」に欠かせない役所言葉の辞書をご存じですか?

・前向きに:遠い将来にはなんとかなるかもしれないという、明るい希望を相手にもたせる言い方
・検討します:検討するだけで、実際にはなにもしないこと
・配慮します:机の上に積んでおくこと
・お聞きしておきます:聞くだけでなにもしないこと
・努める:結果的に責任をとらないこと
・見守る:人にやらせて自分は何もしないこと
・鋭意:明るい見通しはないが、自分の努力だけは印象づけておきたいときに使う言葉
・慎重に:断りきれないときに使う。実際には何も行われないこと

 厚生省の課長だった宮本政於さんは、『お役所の掟』(講談社)で、この言葉の背景にある役所の不文律を紹介しています。
1.従来の方針を変えれば、「先輩の仕事に異を唱える」という、行政官として一番避けなければならない掟に触れる。出世街道からはずされる。従って、前例を重んじること。
2.国民のために役立つと分かっていても、動き出せば反対者もかならず出てくる。押し切って政策を実現させ、失敗すれば、責任をとらされ、出世に響く。従って、新規事業を自分から籏をふってはならない。
3.あいつだけ格好をつけやがってと妬みを招かないよう、他人から足をすくわれないよう生き残りを図らねばならない。それゆえ、目立ってはいけない。

■「掟」に異変が■

 この「掟」に異変が起きています。前例を破ることも目立つことを怖れず、新しい政策に取り組もうとする「カリスマ職員」
 「アイドル官僚」という新しい人種が、中央官庁や県庁、市役所、町村役場に増殖しつつあるのです。

 たとえば、「ミスター介護保険」と呼ばれる山崎史郎さんです。老健局計画課長だった2001年までは、全国各地の介護関係の集会に招かれ、土曜日曜の休日返上で快く引き受けました。人気の秘密は、厚生労働省のキムタクという甘いマスクではなく、「現場の挑戦に学んで政策を変えよう」という強い信念が話のはしばしから感じられるからでした。官僚不信、官僚嫌いを公言していた人々が、一度会うと同志のようになってしまうから不思議です。
 わずか3年の在任期間の間に山崎さんは前例を破る政策を次々に打ち出しました。

 グループホーム・宅老所制度の新設 精神病院や老人病院で、いかにも痴呆性老人という風にみえた人々が、見違えるようにおだやかになることを知って打ち出した政策でした。
 身体拘束禁止とゼロ作戦 日本では、オムツに手を突っ込むから、ベッドから落ちるから、経管栄養の管を抜くから、という理由で写真のようにベッドに縛りつける独特の「抑制」「身体拘束」が横行してきました。山崎さんは、抑制をしたら介護保険の報酬を出さないという思い切った方針を打ち出しました。踏み切ることができたのは、ベテランナース、田中とも江さんの実践があったからです。(この写真は、拘束ゼロの特別養護老人ホーム「あじさい莊」のお祭りに招かれたときの二人です。)田中さんの見つけだした手法は、『縛らない看護』(医学書院)にまとめられて、お年よりを救うバイブルになっています。
 グループホームの雰囲気をもった新型特別養護老人ホーム制度の新設 個室とだんらんの部屋を組み合わせた「ユニットケア」に挑戦している各地の実践現場に足を運び、自信をえた上で打ち出した政策でした。

■局長お手製の表彰状■

 山崎さんばかりではありません。こうしたカリスマ職員が、厚生労働省老健局にはなぜか大量発生しているのです。
 わけは、簡単に突き止めることができました。「カリスマ職員」という新語の生みの親でもある堤修三さんが強力にバックアップしたからです。堤さんは、介護保険担当の審議官を経て老健局長をつとめた人物です。生き生きと独創的な仕事をする部下を手製の表彰状で激励しました。近所の文房具屋で購入した表彰状に手書きで毎回違った文章をしたためるのだそうです。
 堤さんの特技はニックネームをつけてスターをつくってしまうことです。「喋る介護保険」「歩く介護保険」「介護保険の鉄人」……。

 その堤さんが「カリスマ職員」という言葉を思いついたのは、滋賀県庁の北川憲司さんの役人離れした仕事ぶりを知ったからだそうです。
 北川さんが、土日返上で県内を動きまわったおかげで、滋賀県の市町村には、前例を破ることを怖れぬカリスマ職員が続々と誕生しています。その活躍ぶりは別項に譲るとして、「いま何人くらいいるのかしら?」と尋ねたときのよどみない北川さんの返事をご紹介しましょう。
 「大津市に4人、近江八幡市に3人、彦根市に2人、八日市市に1人、湖東町に1人、甲良町に1人、米原町に1人……」
 51歳の若さで亡くなった宮本さんは精神分析を専門とする精神科医でした。この「異変」を知ったら、どう分析するでしょうか?

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