優しき挑戦者(国内篇)

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 あなたの町の「地域福祉計画」が、どこで、どう、つくられているかごぞんじですか?
 「人としての尊厳をもって住みなれたまちで暮らし続けられるために」という理想を掲げて、社会福祉法で定められた計画です。
 社会保障審議会福祉部会は、「一人ひとりの地域住民への訴え」という異例の副題をつけた指針を発表し、こう述べています。
 「最大の特徴は、地域住民の参加がなければ策定できないことにある」。

 ところが、多くの自治体は市町村合併でアタマがいっぱい。例によって申し訳ていどの「公募委員枠」を少々つくって「住民参加」の形を整え、誰も読まないような役所の作文でお茶を濁そうとしています。

■「理不尽な理由で辛く悲しい思いをしている人はいないか」■

 こうした常識を覆し、目覚ましい動きをみせているのが、千葉県です。堂本暁子知事のもと、人々がわきたっているのです。
 県の健康福祉部政策室長、野村隆司さんが投げかけた「五つの疑問」が、人々の心に火をつけました。こうです。
 これまでの健康福祉施策は
@真のノーマライゼーションの要請にこたえられているか?
A個人のニーズを無視した既製服型になっていないか?
Bすべての人が「自分らしい」毎日を過ごすことができているか?
C理不尽な理由で辛く悲しい思いをしている人はいないか?
D縦割りやパターナリズムの施策になっていないか?

 これを受けて、知事の諮問機関、「二十一世紀健康福祉戦略検討委員会」が「健康福祉千葉方式」を提案しました。二つの柱からできています。
@こども、障害者、高齢者といった法律による縦割りではなく横断的な施策展開をはかることにしよう。
A白紙段階から、当事者を含めた県民と行政が協働して施策をつくり展開しよう。

 政策提言の作業部会に、知的障害、肢体不自由、視覚障害、聴覚障害、精神障害など様々なハンディを抱えたご本人や二十代、三十代の福祉現場の若者が委員として参加できるようになりました。
 とはいえ、「予算なし」の門出です。交通費も謝金もありません。けれど、委員一同、意気に感じて手弁当で参加しました。仕事をもっている人がほとんどなので、会合は平日の夜や土日祭日に行うのが慣例となりました。
 自宅に戻ってからも、インターネットを使ったメーリングリストで提言や論争が展開されました。ここに県職員も加わりました。
 新たな行政文化の誕生でした。

超福祉  市町村の地域福祉計画を応援するのが県の「地域福祉支援計画」ですが、この策定した作業部会もその一つでした。「素案」と書かれた百四十ページの提言書に、当事者や現場の人ならではの知恵がつまっています。
 たとえば「超福祉」(図)。
 新たな地域福祉は、従来の「福祉」サービスを改善するだけでは実現できない。教育、就労、まちづくりなどに、従来の「福祉」を超えた分野に幅を広げ、社会に打ってでようという考え方を表しています。
 「知る権利の保障と情報保障」「県の事業の評価と見直し」といった原則も盛り込まれました。

 おそらく、全国で初めてではないかと思われるのが、住民が行政と一緒に計画の策定に携わるだけでなく、策定「後」も日常的にかかわっていく仕掛けです。
 国や自治体のこれまでの各種「計画策定委員会」は、報告や提言が刷り上がるとその時点で「お役ごめん」でした。計画は「作るために」作られ、作られた時点でおしまい。その後、どうなるかは、行政の胸三寸、というわけです。

 そうならないように、健康福祉千葉方式は新しい仕掛けを組み込みました。地域福祉支援計画素案も、作成中の新千葉県障害者計画も、策定作業部会の活動は計画が完成しても終わらず、それどころか、その下に専門部会をつくって末永く、かかわり続けるという仕組みです。

 いずれも従来のお役所仕事と真っ向から対決する、けれど住民のしあわせには欠かせない原則です。

■「そのままのキミがいい」■

 骨子案、素案、完成版と一歩一歩すすめながら、九回のタウンミィーティングが開かれました。タウンミィーティングというと、役所が「無難な意見」「ほどほどの批判論」を述べる人物を指定して行う儀式が多いのですが、千葉県の場合は、すべて、実行委員会方式で進められました。半年がかりのブレーンストーミングと勉強会の中からプログラムがつくられてゆきました。

 その結果、「動員」もしないのに、六千人が会場に駆けつけました。小地域で催されたミニタウンミィーティングに集まった人も加えると八千人にもなります。
 県の職員が自ら印刷した分厚い素案が八千人全員に配られました。

写真@:オープニングで「そのままのキミがいい」と歌うキャリースマイルもボランティア出演  毎回工夫をこらした演出です。十二月二十日、千葉市で行われた「千葉県とわがまちの福祉について語り合おう」の場合――
 キャリースマイルというグループのライブ演奏で幕が開きました(写真@)。このグループのもち歌が、「そのままのキミでいい……キミがいい。君は世界で一人だけ」だったことから、催しにふさわしいと、白羽の矢がたったのでした。

写真A:開会宣言(写真左)とタイムキーパー(写真右)は知的ハンディを負った人が活躍  開会宣言は、知的なハンディを負った中学一年生です。家族と水泳ボランティアに付き添われて登場した伊藤大史くんは恥ずかしそうに「はじめます」と一言(写真A)。右に写っているお二人も同様なハンディがあり、発言が長引くとベルで警告する役割を見事にやってのけました。
 堂本知事も一般市民も差別せず、時間がきたらストップをかける、という生真面目な特技が買われたのです。会場に視覚障害、聴覚障害の人がいることに配慮して、ベルの音とイエローカード・レッドカードの両方が用意されました。
写真B:夢の木をかこみ、全9回のタウンミィーティング実行委員会の人々がフィナーレ
写真C:福祉力・地域力をイメージした巨大な風船を参加者全員で舞台へおくっているところ。目の見えないひとのために中に鈴を入れてあります。  「地域で暮らしたい」という夢を、葉っぱに書いた「願いの木」が舞台の真ん中に据え付けられました(写真B)。フィナーレには、「福祉力「地域力」と書いた、色とりどりの巨大な風船が参加者全員の手で舞台に送られました(写真C)。

写真D:9つの会場をリレーされてきた折り鶴を、願いをこめて堂本千葉県知事へ  市民の中にも無意識にあった縦割りが、半年かけて準備する間に、崩れてゆきました。タウンミィーティングが終わったいま、思いがけない人の縁が結ばれ、まちづくりの輪が広がっています。

 「涙がでるほど感動しました。素晴らしいうねり、素晴らしいふれあいの場でした。現場の意見を聞きながら政策を立案することの大事さを改めて感じました」
 九回のタウンミィーティングのすべてに出席した堂本さん(写真D)のことばです。

※写真は明角和人さん撮影

大阪ボランティア協会『Volo(ウォロ)』[旧・『月刊ボランティア』]2004年1.2月号より)

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