優しき挑戦者(国内篇)

※写真にマウスポインタをのせると説明が表示されます



「ご近所プロジェクト」と「出前講座」が、千葉のまちをあたたかく変えつつあります。風を起こしているのは、自閉症と診断されたわが子、知的なハンディを負ったわが子をもって、一時は絶望の淵に沈んだ父母たちです。



●「大変ね」「お気の毒に」ではなく

図:コンビニプロジェクト
Kプロのホームページから無料で手にいれることができます。

 市川手をつなぐ親の会、50年の歴史をもつ、知的障害の子をもつ親の会です。
 親の会といえば、かつては、「親なきあとのために施設をつくってください」と陳情するのが常でした。
 市川の会は、違っていました。生まれ育ったまちで暮らし続けるためのサービスを充実し、施設に頼らなくてよい基盤をつくろうと方針を転換。17年前から、仕事と憩いの場である作業所をつくったり、グループホームや生活ホームのような小さな暮らしの場を建てたり、喫茶店を運営したりしてきました。

 3年前、新たな活動に踏み切りました。行政に、「ここを住みやすくするためにお願いします」と陳情する前に、ご近所の人たちに障害のある人のことを知ってもらおうという試みです。「pai」(ぱい)という名は、プロテクション&アドボカシー市川の頭文字をとったのですが、権利擁護の前に、とにかく知ってもらうことに力を注ぎました。
 この会のメンバーで自閉症児の父、野沢和弘さんたちが始めた警察プロジェクト、通称Kプロがヒントでした。図は、Kプロの仲間、PA大阪の「コンビニプロジェクト」がつくったわかりやすく美しい冊子です。

 まず、「何に困っているか」「どんなことでうれしいか」を会員に尋ねました。
 「地域の人たちが一声かけてくれた」「温かい眼差しを向けられた」「困ったときにちょっと助けてくれた」というささやかなことに、喜びを感じていることがよくわかりました。
 一方で、好奇心でジロジロ見られると、とてもつらい、「大変ね」「お気の毒に」「かわいそうに」と言われると悲しい、学校の登下校のときにいじめられる、そんな声もたくさんありました。



●キャラバン隊『空』誕生!

 代表の竜円香子さんはいいます。
 「私たちは、この生の声を持って地域に出ていこうと思いました。障害があっても楽しかったり、嬉しかったり、頑張ったり、苦しかったりする普通の人間だと分ってもらおう。地域の人たちから、ちょっと声をかけてもらうことを一番望んでいたんだという原点に返ったのだと思います。」

 こうして始めたのが、たとえば、出前講座。言葉の通じないピカチュウの世界に入ってもらう体験コーナー、紙芝居、お母さんの声、作業所に通う本人の声、ビデオ……学校や公民館など思いつくかぎりの場に出掛けていくことから始めました。
 そのときに、心掛けていることがあります。必ずその地域のお母さんや障害のあるご本人が出ていくということを鉄則にしているのです。
 そうすると「うちの子は毎日あの角を通って登下校しているのですが、よろしくお願いします」とか「見守ってください」とか「この町でいま作業所をつくっていますのでお願いします」という話になります。地域の人たちは身近な話なので熱心に耳を傾けてくれるのです。

 座間市手をつなぐ育成会のキャラバン隊を手本に写真のような、キャラバン隊『空』も誕生しました。立ち上がったばかりのホームページhttp://www.aa.cyberhome.ne.jp/~moroya/から、『空』の名のいわれを引用してみます。
 「空は太陽、雲、山、海・・・どんなものでも、どんな人にも、どんな小さな命でも平等に包み込む存在だからです。」
 『空』の伝えたいメッセージは次のようなことだそうです。

☆障害のある人と家族は、可哀想でも不幸でもない。
☆障害があると知った時、戸惑っていた親たちも、今では生まれてきてくれたことに感謝している。
☆「何も出来ない」「何も感じない」と思わないでほしい。
☆みんながしていることは「やりたい!」、みんなが「イヤ!」なことは、「イヤ!」と思っている。
☆豊かな心も、傷つく心も持っている。
☆暖かい眼差しと、見守る目をいただきたい、それが、地域で暮らすための最も力強い応援。☆様々な人が暮らし、支えあう地域を創っていく、そこに私たちも参画していきたい。

写真@:作業所のメンバーの出前講座 写真A:ピカチュウを使って…
写真B:和室にいっぱいのご近所の人たち 写真C:聴衆を体験者に


●お医者さんへの「説明カード」も

ポスター/クリックで拡大します。

 市川医師会の若き会長の土橋正彦さんがこの活動に感動し、「pai」の呼びかけにこたえて、生まれたのが「説明カード」です。
 指示が守れずじっとしていられない、大声をだしてしまう、暴れる、そんな自閉症や知的障害のある人々に、医師やナースが「もう来ないで」「しつけを直してからきてください」と追い返す光景がありました。そのコミニュケーションギャップを埋めるためにカードが考え出されました。

 ポスター(右の図、クリックで拡大)も生まれました。「待つことが苦手なひともいます〜知的障害・自閉症の人達もこの街に暮らしています」と呼びかけている自画像を描いたのは、キャラバン隊「空」の"女優さん"の娘、平野栄さんです。市川市医師会の会員250人が働く医療機関の待合室に貼られ始めました。薬剤師協会の協力をえて、薬局にも貼ってもらおうと計画中です。

 「障害のある人の特性を教わるチャンスがなかったために、医師自身がパニックを起こして、思いもよらない発言をしてしまっていた」
「嬉しかったことがあります。26の地区医師会が集まった千葉県の医師会でこのことを報告したときのことです。熱心に聞いてくださっただけでなく、みなさん、力いっばい拍手してくださったのです」と土橋さんはいいます。
 コンビニ、小中学校、お巡りさん、消防署、そしてお医者さんを応援団にしてしまった、柔らかな、けれどやむにやまれぬ、ボランティア活動がここにありました。

大阪ボランティア協会『Volo(ウォロ)』2005年11月号より)

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