デンマークで出会って以来、「日本も、こうだったらいいな、でもムリかなあ」とあきらめていた「夢」が、東京・小平の住宅街で現実のものになりつつあります。しかも、デンマークの人たちに、「日本って凄いでしょ」と自慢できるような形で。
話は、死の臨床研究会に遡ります。私は意地悪な性格ではないとは思うのですが、講演のようなものを頼まれると、"気に障る一言"を付け加えることをモットーにしています。
そのことについて、日本のホスピスの草分けの一人、山崎章郎(ふみお)さんは朝日新聞の連載「在宅医を生きる―東京・小平の現場から」 に、こういう意味のことを書いておられます。
「大熊さんは最後に我々聴衆に向かい、皆さんは、なぜ、ホスピスの中だけに、癌の患者さんだけに、目を向けているのですか、と柔和に問いかけてきた。腹にドスンと来る問いかけであった」
結局、私は2002年秋、山崎さんをデンマークにお連れし、「一人暮らしでも、病気や障害が重くても、自宅で安らかな死を迎えることができるのはなぜか」をプロの目で見ていただくことになりました。
人生の最期を思い出いっぱいのわが家で過ごせる鍵は、医学レベルの違いではありませんでした。
往診をいとわぬ家庭医、24時間対応のヘルパーと訪問ナース、困難な事態になると助太刀にくる総合病院の緩和ケアチーム、有給の「看取り寄り添い休暇」の仕組み、その背後に、尊厳と自律を大切にする文化がありました。
山崎さんは旅の最後の夜のことを、連載に、こう綴っておられます。
「帰国後、僕が取り組むべき課題が次から次と目の前に浮かんできて、一睡も出来なかったのだ。僕は高揚する思いの中で幸せを感じていた」
山崎さんは、2003年春、育て上げた桜町ホスピスを後輩にまかせ、新しい道に一歩を踏み出しました。
桜町ホスピスでの長年の同志、長谷方人(つねと)さんは、父の遺産で有限会社「暁記念交流基金」を立ち上げ、拠点となる、「ケアタウン小平」の"大家さん"になってくれました。
2005年スタート。いつまでもそこにいたい気持ちになる木の香ただよう空間ですが、それだけでありません。
キッズボランティアが活躍し、中庭は子どもたちの遊び場になって、世代を超えた触れ合いができるように設計が工夫されました。
ネコの置物のそばの表札は、1階のデイサービスセンターのものです。
よそでは断られる重度の人を引き受けられるように、熟練したナース3人が控え、キッズボランティアも利用者の心を和ませています。
重度の人向けの前例のないナイトケアも厚生労働省との研究事業として始めました。家族は夜の外出ができるようになって元気を取り戻しました。
1階の玄関を入ると、クリニック、訪問看護ステーション、訪問介護ステーションの洒落た表札を掲げた3つのドアがならんでいます。入口は3つですが、中に入るとつながっているのが愉快なところ。
事業の母体が違うのに、きめ細かなチームケアができる、これが秘密です(下の図・上段)。一人の患者さんを違う時間に訪問しても、同じ場所に戻ってくるので情報と理念を共有でます。
それが従来型のネットワークチーム(下の図・下段)と違うところです。
このチームのケアを受けて亡くなった人は2年間で164人。
最期まで自宅で過ごした人は70%ほど。
病院で亡くなる人がほとんどの日本では、驚異的な数字です。
ケアタウン小平の2−3階は、21室の賃貸住宅「いっぷく荘」。人の手助けが必要にあっても、自分のペースで、尊厳をもって暮らせる安心の住いです。
日本独特の雑居の特別養護老人ホームや、住まいのぬくもりのない療養型施設にはない、でも、デンマークではあたりまえの住文化が日本にも実現したのでした。
ここでの活動のうち、デイサービス、訪問看護、子育て支援、豊かな庭づくり、地域のボランティア育て、文化・スポーツ倶楽部事業、食事サービス、医療や福祉に関する様々なセミナーなど8つの事業を受け持っているのが、NPO法人コミュニティケアリンク東京です。
医療の質・安全学会は、このNPO法人を第一回「新しい医療のかたち賞」の1つに選びました。この賞は、医療者と患者、市民が上下関係ではなく、パートナーとして協働する、医療の新しいかたちを広める目的でことし初めて設けられました。
授賞式で報告に立ったのは、NPOの理事でボランティアの聖心女子大准教授、河邉貴子さん。写真のホワイトボードの前で子どもたちに話しかけている女性。生まれてから老人になるまでの時間の長さをイラストで示し、「子ども」という自分たちと、これからかかわるお年寄りとの間に一本の長い道が続いていることを話している場面です。
子どもたちは実に真剣です。
ボランティア活動が終わると、こどもたちはA4の紙の左半分に「今日の感想」を書きます。どの子もお年寄りたちから「ありがとう」「また来てね」といわれた感激を綴っています。
右半分には河邉さんが父母あてに、細かい文字でぎっしり、こどもたちの活躍ぶりを報告するしきたりです。実に丁寧なボランティア育てです。
ことし11月3日、中庭で開かれた「応援フェスタ」には、ご近所から400人を超える人たちが集まりました。「みんなでコミュニティで支える」という理念が、地域に浸み込みつつあるようです。
(大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』12月号より)