優しき挑戦者(国内篇)

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(46)アルビノ、2万人に1人の若者たちが出会ったネットワーク

 「教室に入ると異国にいるような錯覚を覚えました。"バロック音楽のひととき?""クラシックの夕べ?"。これがその時の気持ちでした」
 「かっこいい、が最初の印象でした。白い長髪に黒のスーツ。ロックグループのよう。お話も個性的で、温かく、素敵でした」
 まるで、ファンレターみたいですが、れっきとした授業「医療福祉倫理特論」のレポートの冒頭です。
 国際医療福祉大学の大学院生と聴講生たちを魅了したのは、「2万人に1人」の籖を引き当てて生まれた、アルビノの4人の若者たち、そして、遺伝カウンセラー養成にたずさわっている写真右端の小児科医、石井拓磨さんでした。

■あわや抹殺されそうに……■

 4人の若者の半生は、写真のエレガントな雰囲気とは対照的な、辛い日々に彩られたものでした。
 アルビノ、日本名で白皮症の人は、髪の毛が白かったり金髪だったり、瞳が赤かったり青かったりという特徴をもって生まれます。

 右から2番目に写っている最年長の石井更幸さんは、誕生するや、親族の間で「つぶす」つまり、抹殺することが、真剣に話しあわれました。
 命乞いする人がいて生き延びたものの、髪を黒く染め続けなければなりませんでした。
「うちの家系にはない、お前の血筋に違いない」と母は婚家から責め続けられました。

 左端の矢吹康夫さんは、自身の生い立ちをバネに、「障害のある人はどのような戦略で人と付き合っているか」を立教大学の修士課程で研究しています。アルバイトしようとしても、一目みるだけであっさり、門前払いされてしまいます。

 その右側、市川知美さんは、保育園から短大時代、そして肢体不自由児を支援するいまの仕事につくまで、差別やいじめにあうことなく過ごしました。
 ところが、結婚を考えたとき、壁が立ちふさがりました。恋人の両親から、「とんでもない」と猛反対され、別れることになったのです。

 アルビノは、メラニン色素をつくる酵素の設計図が、突然変異などで欠けてしまったときに起こります。ただしそのような遺伝子を親の一人から受け継いだだけなら、メラニン色素はふつうにつくられ、何の問題も起きません。遺伝学を学んだ人にとっては、初歩的な常識です。
 父母の両方からもらったときだけアルビノになります。
 そんなことはめったに起きないので、「2万人に1人」なのです。両親にも祖父母にもご近所にもアルビノの仲間がいないので、孤独です。

■インターネットが縁結び■

 更幸さんの場合もまわりに同じ経験をもつ人はなく、尋ねあてた専門医に「チロシナーゼ陰性型白皮症」という診断されたときには26歳になっていました。
 覚えたてのインターネットで検索しているうちに、「アルビノのページ」に出会いました。

1.アルビノって何?
2.紫外線は大敵
3.視力について
4.我が家の場合
5.酵素のこと遺伝子のこと
 アルビノのわが子を慈しむ母の目線で、優しく書かれていました。

 更幸さんの父は色があさ黒く、そのためもあって母からの遺伝が疑われたのですが、父と母の遺伝子がそろったからこそアルビノで生まれたことが分かり、母を肩身の狭さから救い出すことができました。

 このホームページが縁で知り合った人々と直接会いたいという気持ちが、更幸さんの中で募るようになりました。
「千葉で開いた初めてのつどいで、生まれて初めて自分以外のアルビノに会う事になりました。母は集いの間中、ずっと泣いていました」
「世の中みんながアルビノ。あ〜、うちだけじゃない、と思って喜んだら目がさめて夢だった時を思い出して、涙がとまらないのよ、と母はいいました」
「親御さんたちから、様々な事を聞かれ、目の前にいるかわいい天使の様な子供たちに私たちの様な思いはさせたくないと毎年会を開くことになりました」
 自身をさらけ出した「白い旅人」というホームページも立ち上げました。
 母校に講演にも出かけます。

 中央の相羽大輔さんは、少し変わった経験をもっています。
 大輔さんもいじめがもとで幼稚園に行くのが怖くなり、母に尋ねました。
「なぜ、僕は他の人と違うの?」
 その時、母は答えました。
「あなたがおなかにいたとき、『ジャングル大帝レオみたいに白くて強い子が生まれますように』と祈っていたのよ」
「当時の僕は、レオが好き好きでたまらなかったので『あっ、そうなんだ』と、単純に納得しました。以来、見た目を気にしなくなりました。アルビノの子を授かったとしても、何も心配しません」
 大輔さんは、筑波大学の博士課程で心身障害学を学びながら、こどもたちを支える側に回っています。

 写真に写っている4人の若者たちは、こうして出会いました。
 いま、アルビノネットワークをつくろうと準備中です。
 石井拓磨さんは言いました。
「僕は、小児科医なので、こどものアルビノにしか会ったことがありませんでした。この若者たちに出会ったことで、わが子の将来を心配する親や祖父母に、自信をもってものが言えるようになりました。」

大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』3月号より)

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