同じ志で次々と結ばれていった9人が、2008年9月の連休、大阪、名古屋、東京から小田原に集まりました。医療事故の遺族が2人、医師3人、法律家1人、ナース3人。
ナースのひとりは、蒸留水とそっくりな容器に入っていたエタノールを人工呼吸器にセットして、17歳の少女を死なせてしまった辛い体験の持ち主です。
9人に共通しているのは、次のような思いでした。
@医療事故の当事者は、患者・家族、医療者、どちらも、心の底まで深く傷ついている。
A当事者どうしの信頼は、誠実に対話を重ねていくことで、小さな信頼が次第に大きな信頼に結びつく。
B患者と医療者はパートナーである。
そのような思いは、9人の実体験に根ざしたものでした。
◆北田淳子さんの物語……どんな小さなことでも隠さずに
淳子さん(写真右から2番目)の夫、義典さんは筋萎縮性側索硬化症(ALS)が進行して、人工呼吸器なしには、生きられない身でした。その管が外れたために、49歳でこの世をさらなければなりませんでした。4年前のことです。
事故が起きたその阪南中央病院の患者情報室「とまり木」で、淳子さんは、いま、相談員として活躍しています。
事故が起きた直後、主治医は、深々と頭を下げていいました。
「僕が管をつなぎかえたとき、うまく入っていなかったのかもしれない。もうしわけない。」
主治医は、いつも義典さんの身になって親身に考えてくれた人でした。
病院側は、どんな小さなことも隠さず家族に報告しました。
和解後も事務長は、何度も淳子さんの家を訪れました。
その病院から「患者情報室で働いてみませんか」と誘われたことが、「とまり木」で働く決心につながりました。
◆豊田郁子さんの物語……理不尽な死に、何の説明もなく
郁子さん(写真@右から4番目)の体験は淳子さんと対照的でした。
息子の理貴ちゃんが、理不尽な死を迎えたとき、病院は何の説明もしませんでした。
死の原因が、診断ミスと引き継ぎの悪さによるものと知ったのは、見るに見かねた院内スタッフが新聞社に寄せた内部告発文書からでした。
失意のあまり、郁子さんは、理貴ちゃんと同じ年頃の子どもを見るとパニックになるなどノイローゼ状態になりました。
その郁子さんが蘇ったのは、新葛飾病院の清水陽一院長の「うちの病院でセーフティー・マネジャーとして働いてみませんか」という誘いでした。
ここで働くうちに、事故を起こした医療者自身も、立ち直れないほど傷ついていることを知りました。
患者や家族に病院が包み隠さず、誠実に向き合うこと、ミスを教訓にして2度と起きない体制をつくることが、患者や遺族の癒しにつながることを知りました。
そして、日米2人のジャーナリスト、早野・ZITO・真佐子さんとローズマリー・ギブソンさんの仲立ちで、アメリカの医療被害者を訪ね、大きく変わりつつあるアメリカを知ることになりました。
ギブスンさんは、アメリカの医療被害者の声を綴った『沈黙の壁』の著者です。
◆ソレルさんの物語……被害者の「物語」が病院の文化を変える
郁子さんが会ったソレル・キングさんは、7年前、1歳半のジョージーちゃんを麻酔薬の誤使用でなくした経験の持ち主でした。それは、名門のこども病院でのできごとでした。
病院の対応は、ここでも郁子さんの場合と対照的でした。全面的に非を認め、賠償金も支払いました。
ソレルさんは賠償金で、ジョージー基金をつくり被害体験を語り始めました。
アメリカでは、いま、「被害者の体験の物語こそ、データ以上に大切」といわれるようになりつつありました。
その物語が人の心を動かし、病院の文化を変えていくからです。
郁子さんとソレルさんは、涙の中で気持ちを伝えあいました。
◆リンダさんの物語……事故の当事者はどちらも心に傷を
リンダ・ケニーさん。彼女は、足の手術をうけたときの麻酔の事故で心停止に陥りました。その後の処置が功を奏して後遺症もなかったのですが、心に深い傷を負いました。
事故にかかわった麻酔科医も、悩みに悩んでいました。そして、病院の上司や弁護士の助言に逆らって、彼女に詫びる手紙を寄せました。
それがきっかけで、彼女の気持ちは変化しました。同じような境遇にある人々の心のサポートをする組織を立ち上げました。
「医療が原因でトラウマを負った人々にサポートと癒しを与えるネットワーク」の頭文字をとったMITSSです。
◆稲葉一人さんの物語……従来の「メディエーター」に疑問をもつように
稲葉さん(写真右端)は、法律を教える大学教授です。
裁判官の経験をへて、94-95年にかけて米国に留学し、医療者と患者の間にたつ「メディエーター」に期待をかけてきました。
その稲葉さんが、郁子さんや淳子さんをはじめ現場と接することで変わりました。従来のメディエーター観に次第に疑問をもつようになったのです。
トレーニングを受けた人にメディエーターという資格を与えて医療機関に置けば、医療紛争が解決するという考えは、幻想ではないのか。
事故を起こした当事者が、患者・家族に知りうる限りの事柄を真摯に告げ、説明する態度が大事なのではないか。
◆病院の文化を変える
9人は、「架け橋〜患者・家族との信頼関係をつなぐ対話研究会」という名で、病院に新しい文化を根付かせる運動を始めようとしています。
ミスがあっても、隠さず、逃げずに、誠実に患者や家族に向き合う、そういう文化です。代表は郁子さん、副代表は淳子さんと清水さんです。
(アメリカでの写真は、関西テレビに提供していただきました)
(大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』2008年10月号より)
以下は、11月8日(土)13:30-17:00に開かれるオープンセミナー
「患者との信頼関係を再構築していくために医療者がやるべきこととは何か」
のお知らせです。
プログラム
「この半年間で見えてきたこと―真の架け橋とは何か、これから何を目指すのか―」
新葛飾病院 患者支援室 豊田郁子
「患者と医療者の信頼関係が崩れる時、回復する時―対話し続ける勇気―」
阪南中央病院 患者情報室 北田淳子
「患者・家族と信頼関係を再構築する過程の困難さー医療事故後の2つの時空―」
(社)神奈川県看護協会 安井はるみ・高山詩穂
「米国MITSS(医療に起因するトラウマを負った人々にサポートと癒しを与えるネットワーク)の取り組み」
医療福祉ジャーナリスト 早野・ZITO・真佐子
討論「患者との信頼関係を再構築していくために医療者がやるべきこととは何か」
座長:中京大学 稲葉一人、架け橋メンバー
神奈川県医療会館7階講堂/〒231−0037 横浜市中区富士見町3−1
(最寄り駅:横浜市営地下鉄「伊勢佐木長者町」徒歩5分、JR「関内駅」徒歩15分
参加費 資料代 1000円/定員 300名(先着順)
申込方法 (お名前、ご所属、ご職業、E-mailアドレス、電話番号)をご記入の上、
medmed-kakehashi@nifmail.jp
または、事務局 新葛飾病院 医療安全対策室内 電話03-3697-8331(内線791) 杉本・豊田へ
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