目からウロコのメッセージの部屋
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隈本邦彦さん(北海道大学特任教授、元NHKチーフディレクター)
いまの日本のカルテ開示の状況はどうなっているのでしょうか。
法制化は「決まってしまった」のかも
タネ明かしをしましょう。日本のカルテ開示は,2004年5月に成立した個人情報保護法という法律で「決まってしまった」のです。なぜ「決まってしまった」と書いたかというと、関係者の中には本当に「よくわからないうちにカルテ開示法制化が決まってしまった」と受け止めている人もいるからです。
その最終年度に当たる2002年7月に、このカルテ開示法制化の問題に最終的な決着をつけるべく「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」が設置されたのです。長い議論ですが、なぜ長引いているかというと、患者側の意見と医師会側の意見が次のように食い違っているからです。
蛇足ですが,この論争,夫が風呂に入っている間に携帯のメールをチェックする奥さんと夫の論争に似ています。
この論争は明らかにダンナさんの完敗ですが,日本医師会は2002年7月に設置された厚生労働省の「診療に関する情報提供等の在り方に関する検討会」でも「個別の法制化は必要ない」と論陣を張りました。
個人情報保護法第25条の衝撃
実は,この検討会が審議を続けていた2003年5月に,国会で個人情報保護法が可決・成立しました。この法律の第25条にはこう書かれています。
ただしこの法律が規制対象としているのは,概ね5,000件以上の個人情報を取り扱う事業者、となっています。ほとんどの病院は5,000件以上のカルテを保管していますから、当然個人情報取扱事業者ということになります。厚生労働省の調査では、個人開業医などの診療所でも平均のカルテ保存数が6,000件程度ということなので,一部を除いて大部分の医療機関が,法律の規制の対象になる「個人情報取扱事業者」となるわけです。これを踏まえて法律の文章を翻訳すると「(ほとんどの)医療機関は、患者の求めがあればすぐにカルテを開示しなければならない」となります。まさにカルテ開示の法制化ですね。
厚生省主管の法律ではないから?
もちろんこの個人情報保護法第25条は,もともとカルテ開示の推進を意図してつくられた条文ではありません。自分の個人情報が、企業などに勝手に収集され,目的外に使用されたり,第三者に流出するといったプライバシー侵害の事態が多発していることへの対策として定められた法律です。そうした被害を防ぐための手段の一つとして、本人が自分の個人データを確認したいと求めてきたら、確認させなさいと「業者」に求めているのです。当然といえば当然の権利ですね。むしろ今まで,カルテに載っている患者の医療情報を「患者の個人情報=プライバシーのひとつ」と考えてこなかったかつての医療の世界のほうが「非常識」だったのかもしれません。 この法律は内閣府のホームページに掲載されています。つまりこの法律はカルテ開示を法制化するかどうかで議論をしていた厚生労働省が主管する法律ではないわけです。だからすんなり決まったという部分もあるかもしれません。
どうもすっきりしない気分
さて,長年カルテ開示という患者の権利を法律で保障することが必要だと考えてきた私としては,ようやく日本でもカルテ開示が法制化されたか、先進国並みになったか、よかったよかったと喜びたいところなのですが,どうもすっきりしません。この法律が完全施行された2005年4月になっても、国民の多くが,患者の権利としてカルテ開示が法律で保障されたと考えているとは思えないからです。
責任はマスコミにもあります。個人情報保護法が成立した当時,新聞やテレビは「この法律の成立によって報道の自由が奪われるのではないか」という論点を中心に伝えていました。このままでは政治家のスキャンダルなどが取材できなくなるということばかりが強調されたのです。そうした報道の中で,この法律が,実質上のカルテ開示を法制化したものであることが,国民に広く十分理解されたとは,とてもいえません。
一方日本医師会の側も,患者側や関係団体側との話し合いの上,納得ずくでカルテ開示の法制化を認めたわけではないので,すっきりしないのではないでしょうか。日本医師会はずっと以前から「カルテ開示は必要だけれども、それは医師と患者の信頼関係に基づいて自主的に開示するものであって、法制化をする必要はない」という基本的な考え方です。それは変わっていないような気がします。
(日本看護協会出版会刊『ナースが学ぶ「患者の権利講座」』 |