精神医療福祉の部屋
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「えりもの春は、何もない春です」
「ベテル」は旧約聖書の「神の家」からとった。精神病の豊かな個性をむしろ持ち味に、浦河の町にとけこむ姿、そこに新潟や会津若松、名古屋の人々がほれ込んだ。費用を出し合い、映像記録「ベリー・オーディナリー・ビープル(とても普通の人々)・予告編」をつくった。すでに8巻になる。
何が人々をひきつけるのか、それが知りたくて、浦河を訪ねた。仕事場では、20人ほどが、その日に働く時間帯を報告し合っていた。管理職はない。勤務時間は体調を考えて自分で決める。大きなテーブルを囲んで、だしパック、おつまみ昆布などの商品が作られてゆく。
★「幻聴さん」と「幻覚&妄想大会」★
入院歴十六回という早坂潔さんに連れられて、町なかにある精神病棟を訪ねた。体験者ならではの的確な助言ができる早坂さんたちは、病棟への出入りが自由だ。退院後の生活に不安をもつ入院者だけでなく、病院の職員からも頼りにされている。
19歳で分裂病を発病したギタリストの下野勉さんはいう。「発病直後に入った別の病院では、外出は禁止。6人部屋で娯楽はテレビだけ。一列にならんで口を開け、薬を口に入れられ、合図とともに水で飲み込む。ぼうっとして寝てばかりでした」
「ここでは、批判はされても、最後は受け入れられ、迎えられる。その体験が安心の世界をつくるのでしょう」と、浦河日赤病院精神科部長の川村敏明さんはいう。
幻聴や妄想は、「変に思われるから他人に話してはいけないもの」「薬で消さねばならぬもの」というのが、多くの精神科医の見方である。だが、ここでは「幻聴さん」と呼んで体験をおおっぴらに話し合う。
★21世紀を先取りする★
日本の精神病院ベッドは諸外国に比べて異常に多い。退院者の在院日数も長い(グラフ)。
何10年も入院している人たちのデータを加えると差はさらに開く。 その理由を精神病院関係者は、「日本では家族が無理解で、回復しても引き取らない」「日本の社会は、精神病への偏見が強く、退院が難しい」などと説明してきた。 しかし、浦河では退院者が地元に貢献しながら一緒に暮らしている。軽症だから可能なのではない。各地の精神病院で「重症」と診断されていた人たちも少なくない。ここでできることが、ほかでできないことはない。 「とても普通の人々」は9巻目の撮影に入った。 今回も「予告編」の三文字がつく。 「べてるの人たちの生き方こそ、21世紀への予告編だ」。映像を見た人たちの間から、そんな声が出たからだという。
経済協力開発機構(OECD)のデータをみると、日本の精神医療が特異な歴史を歩んでいることがわかる。諸外国は、医学の進歩につれて精神病院を縮小し、予算を退院した人の町での暮らしを支えるために振り向けた。日本は私立の精神病院を急速に増やす政策をとり、利益第一主義の病院経営者も参入した。彼らは患者を固定資産のように考え、退院に消極的だった。 |
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