精神医療福祉の部屋

目次

日本のMattoの町をどうする! シンポ「強制入院の不条理」より 2017.10.9
★身体拘束されて10日後、心肺停止になったニュージーランドの青年の理不尽な死
2007年3月の第1号以来、ご本人の写真が表紙を飾っています。志願者が絶えず、なんと200人が待機中。
「重度かつ慢性」新たな差別に利益相反のうたがいも……東京新聞「こちら特報部」2017.4.11
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案(2017.2.28提出)
★精神保健福祉法の「改正」に反対する意見書・大阪精神医療人権センター(2017.3.17)
ピーク時は150床。まず認知症のお年寄り対策に取り組んだ。統合失調症の病床が、認知症のお年寄りに入れ替わって温存される逃げ道を断つ意味もあった、と長野敏宏医師。テキストはコチラ。「病棟で一生を過ごした方より、自由と責任をもって地域で暮らしている方のほうが生き生きとしていることゆるぎない事実」と結んだ2009年の専門誌の論文はコチラ
みずほ銀行から精神医療の世界に転じた大学教授が、日本独特の身体拘束に驚愕。わが身もモデルにして、衆院議員会館大会議室で訴えたパワボ「これでいいのか精神医療!!」
「精神科、患者拘束1万人超す…10年間で2倍に」 2016.4.8読売新聞
グラフはこちらを。2013年6月30日の厚生労働省調査の日に縛られていた入院斜が1万人を超えたことが、通称「630調査」で判明しました。 
障害者の権利条約の精神に反して、当事者委員がが25人中2人であることが批判されましたが、今回は30人中2人とさらに低い割合になりました。
著名な精神科医が経営しているクリニックと福祉事務所との驚くべき「連携」。サンケイ新聞とフジテレビでも報じられました。
やっと逃れたご本人からの願いで、「東京精神病院事情(ありのまま)」の活動で知られる東京精神医療人権センターの老舗の月刊ミニコミ紙「おりふれ通信」2015年9月号に掲載されました。掲載紙面はコチラ
精神科病院を考える……朝日新聞 2014.12.16〜17
回復は 社会の中で ロベルト・メッツィーナさん(WHO精神保健調査研修共同センター長)
根強い 入院中心の文化 上野秀樹さん(内閣府障害者政策委員会委員)
精神病院を使わないイタリアの地域精神保健サービスは、いまや世界のモデル。メッツィーナさんは、それを世界に普及させるWHOの推進責任者です。
☆精神科入院 減らそう…読売新聞 2014年10月14日の一面特集
(全国精神障害者 地域生活支援協議会 代表理事 )
(NPO法人・大阪精神医療人権センター 副代表)
(日本精神科病院協会副会長)

身体拘束廃止の立法化を求める会 2014.9.14奉遷大学市ケ谷キャンパスで補正
浦河“楽”会で分析・発表された、利用者から見た浦河日赤のナースの変貌とは? 2004.8.29
特別賞には、上のパワボに登場する、ひょっとこ踊りが特技の72歳のカリスマナースが選ばれました  2014.8.30
べてるの家のについてはコチラを 2012年の「べてるまつり」と「幻覚&妄想大会」の風景はコチラ
イタリアには、トリエステの他にも異彩を放つ町がいくつかあります。トレントの地域精神保健サービスもその一つです。キーワードは、fareassieme(fare行う・ assieme一緒に)、専門化された利用者と家族が精神保健システムに溶け込んでいます。精神保健局長のステファーニさんたちが7月、来日して講演したときのパワボをupします。日本語訳は鈴木鉄忠さん。
共同通信社・生活報道部遊軍キャップの市川亨さんの連載。佐賀新聞に5回にわたって掲載されました。
「漱石は、体格と性格の相関、PTSD的な現象について、精神科医に先駆する形で描いている」「精神障害者を一人の人間として尊重し、いかにすれば彼らの苦悩を軽減できるかを作品の中で繰返し描いていることこそが、漱石文学を世界に誇りうる文学たらしめているのではないか」
改革の担い手、前トリエステ精神保健局長のペッペ・デッラックアさんさんとトリエステ市議のマリア=グラツィア・コリアティ・デッツァさんを招いた2013.12.10の講演会から
『「寝たきり老人」のいる国いない国〜真の豊かさへの挑戦』第2章ノーマリセーリングの波……精神医療の世界でも・イタリアで より
第1回日本医学ジャーナリスト協会賞の記念シンポジウムから、編集長とコンボライターの発言を抜粋しました。特定非営利活動法人 地域精神保健福祉機構・コンボのHPはこちら。笑顔の表紙はこちら
医療の質・安全学会の第6回目の受賞者東京・世田谷の「ハーモニー」のみなさんの活動の紹介です。
「バザーリア映画を自主上映する180人のMattoの会」のご厚意でプログラムから転載させていただきました(*^―^*)
以下は、朝日新聞論説委員時代に書いた社説と「その後」です
心病む人にも福祉の光を   1986.01.22
追悼・街角の精神科医・浜田晋さん
 臨床メモ 2011.2.26朝日新聞夕刊 最後のお手紙
☆「精神病院の構造的な人権侵害」NPO法人すみれ会理事長・宮岸真澄さんのレジメ
すみれ会は、2010年に40周年を迎えた当事者組織の老舗。宮岸さんはPSW。小学校教員時代に発病した当事者でもあります。このレジメは、2011.3.5開かれたPSW協会のシンポで配布されたものです。

☆マディソンモデルのいま マディソン市長の講演草稿 日本語版英語版
マディソンモデルの産みの親・ル・コントさんの2006年のパワポから
22世紀スーパーシンポジウム・イン・帯広 2008.1より

1982年、住宅街に、賄い付き下宿「朋友荘」が誕生。5つの病院から16人がここに退院しました。食事もつくれない、幻聴や妄想もある、お金の管理もできない、銀行や交通機関の利用の仕方も知らない、家族も引き取らない……「退院不可能」と考えられていた人々です。"管理人"は、勤務先が違う5人のソーシャルワーカーが買ってでました。自宅の電話を入居者に伝え、365日24時間応援する体制を組みました。

さびれた浦河の町に、牧師もいないオンボロの教会がありました。ネズミがわがもの顔に走り回るその教会に、精神病棟を退院したけれど行き場のない男たちと新米ソーシャルワーカーが住み着いた、それがことの始まりでした。1978年のことです。
べてるの家の最新情報は、http://www18.ocn.ne.jp/~bethel/をどうぞ。

犯人は当初、精神病を装っていました。池田市の倉田薫市長は、作業所を激励に回りました。いま一番心を痛め、不安なのは、精神病を体験している人たちに違いない、と思ったからだそうです。そして……。
咲笑のその後についてはhttp://www.ikeda-sakura.com/をどうぞ。

「偶然手に取った精神医学の教科書。石田昇という少壮医学者の書いたも魅力的な本がきっかけで、私は精神科医の道を選びました。そして勤めた松沢病院で受け持ちになった患者さんたちの中に、なんとその石田先生がおられたのです。」

「異国」の主人公、秋元波留夫さんが07年4月25日、肺炎のためなくなりました。101歳でした。80歳をすぎてパソコンを覚え、05年に『99歳 精神科医の挑戦』(岩波書店)を出版。100歳を迎えても講演や執筆を続け、亡くなる前日も「早く治して仕事をしたい」と語っていたとのこと。その秋元さんが自ら操作して講演されたパワポファイルを生前いただいていましたので、みなさまにお裾分けします。


http://www.psy-jinken-osaka.org/ をクリックしてください。実にユニークな活動が展開されています。その歴史をたどりながら将来を展望します。

(1)何が差別か(2)どうして差別は生まれたか(3)罰則は有効か(4)心の中の差別はなくせるか(5)「公平」とは何か(6)一般の人のためにも パワーポイント資料(134KB)
私が体験した精神障害差別