シンポジウムの部屋 | ||||||
<基調報告>
●「介護保険」の制定を 隅谷三喜男さん
1987年1月に妻から、がんだと告知されました。医師は、私には絶対に告げるなと言ったのですが、夫婦の間では、がんになったら、お互いに話そうと約束していたからです。
計3回の手術と25回の放射線照射を受けました。この年の秋、仕事を整理し、やり残したことを実行するため、友人、知人には知ってもらう方が良いと思い、病状を書いて送りました。がんを公表すると、仕事を断るのがとても楽なんです(笑い)。人生が充実いたします。
これまで日本の社会保障制度は最低保障に重点が置かれていましたが、国民生活を広く保障する体制に構築し直す必要があります。その視点で21世紀を展望すると、特徴として高齢化、核家族化、女性の就業増加、費用の増大があります。
●家族と技術が支えに 上村数洋さん
14年前の初雪の日に、自分の車の運転ミスで6メートル下の谷底に落ちていきました。よく死ぬ間際にいろいろなことが浮かぶといいますが、本当にいろんなことが浮かんできました。私が死ぬと決め込んで、見舞いの人たちが話しているのが聞こえ、「死ぬもんか」と思いました(笑い)。後で聞くと、その時、瞳孔は開いていたそうです。
命は助かったものの、首から下が動かないので、蚊も追えず、子どもも抱けないので悔しかったです。「自分だけ社会から取り残されるのか」といった不安に毎日悩んでいました。
それに、支援技術です。息を吸ったり吐いたりして、身の回りの電化製品やベッドを動かせる制御装置をリハビリテーション・エンジニアが開発してくれました。
●「自宅で最期」が理想 佐藤智さん
私たちのライフケアシステムは、病んでも美しく輝いて生き、死んでいくための草の根組織です。自分の健康は自分たちで守り、病気は家庭で治すことをモットーに、1980年に40数人で作りました。一世帯月7000円の会費を出し合い、私ども医師や事務局を雇います。今では300世帯、900人に増えました。
この14年間に亡くなった222人の半数は、自宅で最期を迎えました。がん患者も、60%が家で亡くなりました。全国平均は5%です。
62歳の肺がんの男性の場合、書斎にベッドを置き、最期は家族一人ひとりを呼んで、自分の思いを伝えたそうです。そして、ベッドから身を起こし、家族の手を握って、「ありがとう、ありがとう」と言って、亡くなりました。その人らしい最期を送ることは、ホスピスでも難しいと思います。
●24時間体制の介護を 宮崎和加子さん
私は訪問看護婦です。東京・足立区北千住で17年間、自転車で、寝たきりのお年寄りや末期がんの患者さんのお宅を回ってお世話してきました。
92年に、「訪問看護ステーション」という形で病院から独立し、昨年、「巡回型24時間在宅ケア」を始めました。夜1回のおむつ交換にだれかが行きさえすれば入院せずにすむ人が、大勢いたのです。
●患者の尊厳、取り戻せ 高柳和江さん
母はそのころ67歳で、いたって元気でした。ただ足が痛いので、入院すると、検査のたびに食事抜き。体力がなくなって、あっという間に寝たきり状態になりました。
まず個人の尊厳を取り戻そうと、香水を振りかけ、口紅をつけました。ピンクの服を着せて、「お母さん、きれいね」と言い続けました。寝かせないように、ベッドには掃除機や本などを置いておくようにしました(笑い)。
母は一カ月で元に戻り、家族と楽しんだ夏休みの欧州旅行では毎日、ホテルのプールで泳ぎ、元気に歩き回って日本に帰れました。
○患者いやす社会の連帯
司会
上村さんの奥さま、八代衣(やよい)さんに、「介護の苦労を本音で聞かせて下さい」との質問が会場からありました。
上村八代衣
夫を見捨てるわけにもいかず、仕方なく面倒をみているんです(笑い)。ただ、自分がかわいいので、自分の人生を充実させるためにも、機器を導入したり、少しずつ生活を作りあげてきました。ノイローゼになりそうになったこともありましたが、「今より下はない」と開き直ったら、怖いものはなくなり、楽しい人生を送ろうと決意できたのです。
司会
では、隅谷先生の提言された公的な介護保険について議論したいと思います。
上村
介護保険にも新ゴールドプランにも、障害者という文字が入っていません。在宅介護のホームヘルパー制度、ショートステイサービスでも、地方では高齢者だけが対象です。行政に問い合わせても、「家族がいるなら、ヘルパーは必要ないでしょう」と言われました。行政の担当者は無理解か不勉強か、実情を分かっていないなぁ、というのが私の印象です。
佐藤
皆が具体的提言をしていく時期です。上村さんのような人が、だれもが承服する形でデータを出す。その積み上げが必要なんです。
宮崎
介護保険から家族に手当を出すという案には全面的には賛成できません。お金が家族にばらまかれてしまい、きちんとした質の介護にお金が回ってこない可能性があります。これまでのヘルパーのような「滞在型」ではなく、「巡回型」で短時間ずつ、一日に何回も行くようなサービスも同時にしていかないと、むだが多いのです。新ゴールドプランの西暦2000年にヘルパー17万人ではとても足りません。その数倍は必要です。
高柳
家族によるお世話は精神的なものにして、実際の介護は公的に保障すべきです。それなら家族も精神的に安定し、肉体的にも楽なのです。公的な費用による看護者、介護者が増えれば、社会全体への経済効果も出ます。
上村八代衣
本当にその通りです。現在のヘルパー制度すら十分に適用されていないので、三百六十五日休めません。公的サービスがあれば、私自身、もっといい人生を送れるように思います。
隅谷
介護というと、対象は老人だけではないかと上村さんは心配されていますが、私も入っている「社会保障将来像委員会」の第二次報告は、身障者の介護問題も、スペースは小さいですが提言しています。
司会
「病んでも輝いて生きる」ことを今の病院や医師は重視しているでしょうか。
佐藤
私は職員百五十人の病院で院長をしたことがありますが、検査をたくさんして、どんどん治療する。そうでないと職員の給料が払えないのが現実です。がん告知でも、在宅なら、ゆっくり腰をすえて話せます。
高柳
病院は病気を治すために入るのに、入ったとたんに病気になる、というところがありますね。
隅谷
医師は医学を勉強します。医学は病気についての学問です。医師は病気のことはよくわかるが、病人のことは知らないですね。病人は病気のために悩んでいるのです。健康保険は、病気に点数をつけて金を払っていますから、病院だけを責めることはできませんが……。
宮崎
隅谷さんがそう言って下さるのは、大変うれしいことです。
ところが同じような患者さんが病棟に入って私が婦長として黙って死なせると、死を自分が早めているのではないかというような気持ちに陥ったのです。
司会
上村さんと同じ症状の方は、ほとんど入院しています。退院のために工夫された点は。
上村八代衣
自分で排便ができないので、なるべくお通じの良い食事をと心掛けてはいます。今は3日に1回だけ浣腸を使って15-30分くらいで排便を済ますようにしています。おしっこは、昼は手作りの蓄尿袋、夜はそれを外して、しびんを使っています。私が二、三日家をあける時は、コンドーム式の蓄尿袋をぶらさげています。
○人材・機器の充実不可欠
司会
美しく輝く大前提として、こうした熟練した介護が不可欠なのですね。ところで、みなさん、輝くための手段として機器を使いこなしておられるようですが……。
佐藤
在宅ケアは、患者さんの情報がどこにいても取れるようにしないといけません。私は往診した後、患者さんの情報をパソコンに打って、自動車電話からライフケアセンターに送ります。すると、それをチームで仕事をしている別の医師がすぐに見ることができます。
司会
往診先でちょっと血を採るだけで、検査データが得られるそうですね。
佐藤
血液をチップに載せてかわかし、封筒で送ると、必要な検査をして、結果をファクスで教えてくれる方式も開発中です。
上村
昨年、同じ障害者の人たちで会合したときに、移動ベッドで参加した人が二人いましたが、二人とも「自分に乗れる車いすはない。これでしか動けない」と思い込んでいました。なぜかといえば、障害者一人ひとりのところまで、福祉機器などの情報が伝わらないからなんです。 司会 最後に、美しく輝くためのご提言を。
高柳
私はこれからの医療社会では、個人や社会が育たねばならないと思っています。個人が育つというのは、フルタイムの患者からパートタイムの患者ということです。上村さんは、そのお手本です。
宮崎
「看護や介護に社会的評価を」といいたい。看護や介護が家事労働と同じように「だれでもできる」と低く見られる傾向がありますが、そうではなく、社会で非常に大事な専門職です。
佐藤
在宅医療を実現するための提言をしたいと思います。まず、地域で、互いに報い合う「互酬制度」、「顔と顔の見える関係」を作るよう努力すべきです。さらに、医者が高額の投資をして診療所を造らなくても、応接間のようなところで患者さんの話をじっくり聞ける、それが健保で認められるような体制が必要です。
司会
福祉と医療の名コーディネーターでもある上村さんの奥さま、どうぞ。
上村八代衣
主人は病院では病人でしたが、家では検温も消灯もなく、人間になりました(笑い)。
上村
二つのお願いがあります。日本も障害者を受け入れる社会になってほしい。例えば、リフト付きの路線バスを使えるのは、車いすの人たちだけで、つえをついたお年寄りはステップからしか乗れません。欧米では低床バスが一般的です。
隅谷
私も障害者の就職問題を真剣に考えるべきだと思います。そのことは、審議会の提言にも書きました。また、コーディネーターの役割も重要です。福祉行政は縦割りのため、サービスを受けようという人は右往左往してしまいます。地域の中で、十分に考えて、処置を決めていく機関が必要です。社会福祉の主体は地域におろすべきだと考えています。
司会
ボランタリズムとは自分自身の中からわき出る自発的な行動ですよね。それが、政治や社会を変えるはずです。病んでも美しく輝いて生きられるような社会を築くための、体験に根ざしたご提言をありがとうございました。 | ||||||
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