卒論・修論の部屋

ハンディキャップを持つ人と旅行から見えてくるもの〜草薙威一郎さんのライフヒストリーを通して〜
地家 杏奈さん


(4)障害者旅行ガイド執筆(1980年代後半)

@活発化する市民団体

 1980年代前半に引き続き、ハンディキャップを持つ人自身の旅行に対する声がより具体的になってきたのが1980年代後半である。例えば、1986年には東京都中野区に「空とぶ車イス・トラベルサロン」が発足する。高齢者を含めたハンディキャップを持つ人のための外出や旅行相談を行うこの市民団体は、脳性マヒのため車いすを利用している成瀬史恭氏を代表としている。成瀬氏は、トラベルジャーナル旅行学院(現・同旅行専門学校)を卒業後1993年には一般旅行業務取扱主任者試験に合格、現在JTBの嘱託社員としても活躍している。また、1989年には東京都八王子市に「旅行のソフト化をすすめる会」が発足する。代表の大須賀郁夫氏は、脊髄損傷により人工透析や車いすを利用している。彼は、ハンディキャップを持つ人々対象の旅行情報の少なさを実感し、自らさまざまな形で情報を発信している。さらに、市民団体ではないが、財団法人鉄道弘済会が社会福祉事業の一環として1989年から東京上野駅構内で旅行者援護事業を初める。そこで、全国の援護事業の中では初めて身体にハンディキャップを持つ人や高齢者を対象に旅行相談を開始した。ところが、立地条件が地下3階の新幹線改札内ということもあり知名度も低く、ほとんど利用されていなかった。そこで、1996年には、東京駅丸の内南口の「福祉ゾーン」と名づけ、その一角に移転している。また、新たに電動車いすの貸出し用のバッテリーや充電器なども取り揃えた。
 一方、海外に目を向けると、航空機の主な生産国であるアメリカで画期的法律が制定される。ハンディキャップを持つ乗客に対する差別を禁止する「航空アクセス法」(ACAA)である。この法律は、1990年に施行規則が公布されてからより効力を発揮するが、航空会社がこれに従わない場合は罰金や罰則が科せられる点で強制力があるといえよう。具体的には、航空会社が「障害を理由にその搭乗を拒否すること」を禁止したり、「障害を持つ人に搭乗の事前通告や介助者の同行を求めてはいけない」ということまで明言されている。さらに、トイレ等の航空機の設備についても規定しており、施行規則発行後に発注される航空機や発行後2年経過後に引き渡されるの航空機全てに適用される徹底的なものである。

A障害者旅行ガイド

 一方、草薙氏もまたこの時期「会社とは別に頼まれて」画期的な旅行ガイドブックを執筆する。それが、1986年に発行された<障害者旅行ガイド>である。全国社会福祉協議会から出版されたこの手のガイドブックには、1973年の「全国車いす宿泊ガイド」や1975年の「車いすホテルガイド」などがあるが、これらは宿泊施設に限ったデータ集に過ぎなかった。
 これに比べて、当時存在したハンディキャップを持つ人のための旅行情報全てを掲載したのがこの著書であるといえる。例えば、各種鉄道機関やバス、タクシー、旅客船、航空機、空港、駅の利用方法や設備の状態、さらに各種割引制度の紹介を載せた。また、全国の利用可能といわれた宿泊施設においても徹底的な調査が行われている。なぜなら、「うちはエレベーター設置で車いすに対応しています」といっても、その「入口幅が80センチ以上で、操作ボタンは車いすでも容易に届く高さ」でなくては意味がないからである。また、情報というものは日々変化するものであるから、個々に相談することも考えて、どこにアクセスしたらどんな情報が得られるのか連絡先一覧を載せてもいる。その他、徹底ぶりが垣間見えるのは相談すべき旅行代理店や航空各社の連絡先の責任者名や担当部所がはっきりと書かれていることである。これは、相談を拒否されたり、嫌がられたりするのではないかと危惧する者にとって非常に心強いに違いない。
 さらに、<障害者の旅行のすすめ>と題した章には、現在でも有益な理念が書かれている。例えば、「本人の意志で外出する限りにおいて、特に医者の証明書や、特定の保証人をつけたり、行動目的や旅行先を明示する必要もない。(中略)もっともっと自由に旅行してもよいものである…」という一節は、のちに書く『念書問題』の先をゆく考え方であろう。さらに、将来を考えて「身内に頼らずに自ら介助者(協力者)を見つけだす」べきであり、一人旅の前段階として、行く先々で介助者を頼んでおく「バトンタッチ方式」も有効だとしているのは、それぞれ現在新たな取り組みとして注目される『トラベルボランティア』や『観光ボランティア』といったものの萌芽すら感じさせる。さらに、「重度障害者」への旅行のすすめも行っているが、これは数年後には実現されることになる。

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