2.1. 医療情報室の歴史
2.1.1. 医療における背景
1966年に日本に最初に紹介されたインフォームド・コンセントが、90年代に入り厚生省の検討会などによりようやく広く知られるようになって、患者の自己決定が重要視される時代へと変化した。先に述べたようにインフォームド・コンセントで重要なことは患者の理解と自己選択である。医療の現場における選択では医療に関する情報が不可欠である。
通常の商品の購買においては、客は商品の情報を吟味し選択して購入する。しかし、医療においては情報の非対称性が存在するため、商品=医療サービスを十分吟味することが出来ない。医療を提供する側と受ける側の間で、情報量に圧倒的に差がある。その非対称性を埋めるため、医療を受ける側に情報を得るための手段が必要となったのである。
もちろん医師とのコミュニケーションが情報を得るための最大の手段である。しかし、医師と患者の間では言語に違いがあるのでコミュニケーションを取るのが難しい。専門用語はもちろんのこと、一般的に使われる語でさえ医療者側と一般市民では認識に違いが存在することも多い。その言語の差を埋めるための方法の一つは医療者側にとってはコミュニケーション・スキルの向上である。そして、患者側の方法として自分自身が情報を得て、コミュニケーションのための知識をつけることである。
もう一つ、市民が医療情報を自分で得る意識が高まったきっかけは医療過誤事件の増加である。実際に医療過誤が増加したのか、明るみに出る数が増えただけなのかははっきりとは断定できないが、近年マスコミで大きく取り上げられるようになってきている。このようなマスコミ報道によって、安全な医療を受けるためには医療を受ける側にも医療を受ける時の選択の重要であるということが認知されてきていると言えるだろう。
このような流れの中、90年代後半から医療情報を病院の患者図書室が提供し始めたのである。
2.1.2. 患者図書室の歴史(1)
菊池が1974年に行った日本初めての患者図書室調査(2)によれば、100床以上の病院400施設のうち図書館サービスのある病院は84件(回収件数224件)であった。当時の図書サービスは読書のためのものであり、医療情報提供という側面はなかった。医療者用の医学図書室と患者図書室も分けているところが多く、京都南病院が医療者用と患者用の図書室を併設した「統合型」として登場したに過ぎなかった。また、専門人員もこの京都南病院が患者用図書室のための司書を設置したのが日本初であった。この時期は患部のみの治療から全人としての治療へと医療が変わり始めて、そのためのサービスの一環として図書館サービスが考えられていたに過ぎなかったのである。
その後患者図書室の徐々に認知度・必要性が高まっていくが、図書館サービスを実施しているのは菊池の2000年の調査(3)でも2000施設中298件に留まっている。「担当者」「資料」「専用の図書室」の図書室の3条件(4)が揃った図書館サービスとなると43件である。このように26年の間を経ても、数的には大きな変化がそれほどなかった患者図書室であるが、医療情報提供のサービスについては新たな流れが90年代後半に生まれた。少しずつではあるが、医療情報の提供を始める患者図書室が現れた。また、新たに医療情報を専門に取り扱う図書室・情報室も設置され始めている。
その中でも患者が医療者用図書室を使用できるようにするという形で、1997年から医療情報提供を始めた京都南病院は、病院図書室の患者への医療情報提供において先駆者的存在である。
2000年には国立長野病院がNPOと共同して、国立病院として始めて患者用図書室「楽患らいぶらり・長野」を設置した。
2002年には患者図書館研究の第一人者である菊池佑氏が中心となって、静岡県立静岡がんセンターに世界最先端とも言える患者図書館「あすなろ図書館」が作られた。
2003年には患者図書室という枠に留まらず、「情報室」という広い観点から新たな施設が誕生している。東京女子医科大学病院「からだ情報館」、国立病院大阪医療センター「患者情報室」、などである。
ここで名前を挙げた5つの施設は筆者が実際に見学し、担当者に話を伺うことができた。また、国立大阪医療センターについては筆者が情報室のボランティアとしても参加している。これらの施設についてレポートし、医療情報室の現状を更に詳しく述べることにする。
(これ以降、京都南病院図書室は京都南病院、国立長野病院「楽患らいぶらり・長野」及び「ホッとらいぶらり・長野」は国立長野、静岡県立静岡がんセンター「あすなろ図書館」は静岡がんセンター、東京女子医科大学病院「からだ情報館」は東京女子医大、国立病院大阪医療センター「患者情報室」は国立大阪、と図書館名・情報室名が特に必要な箇所以外は病院名で表記する。)
【注】
(1)菊池佑 2001 病院患者図書館 患者・市民に教育・文化・医療情報を提供、出版ニュース社 を主に参考にした。
(2)菊池佑 前掲書、18-36頁
(3)菊池佑 前掲書、308-317頁
(4)菊池佑 前掲書、308頁