2.3. アメリカの現状
次に、外国の例としてアメリカの情報室について取り上げる。情報室に限らず、アメリカは医療に関しての様々な情報公開が進んでいる国でもある。医療過誤に関すること、医学論文のインターネットでの無料公開など、医療情報公開の先進国と言えるだろう。
2.3.1. アメリカの医療情報室
i) ベス・イスラエル・ディーコネス病院(1)とマサチューセッツ総合病院(2)
アメリカでインフォームド・コンセントの概念が広まったのは1970年代で日本より随分早い。しかし、1980年代前半では、患者が病気について学習するということはまだ一般的ではなかった。今や、患者が学習することは当たり前であり、医師が患者の学習に追いつくことが出来なければ、医師の方が半人前の扱いをされることになっている。また、医師の方も患者に学習することを奨励している。奨励だけでなく、実際に学習する場として、多くの病院が「患者学習センター」を設けるようになった。1990年の調査ではアンケートに回答した病院のうち50%が学習センターを設置するようになっていた(3)。
ベス・イスラエル・ディーコネス病院(Beth Israel Deaconess Medical Center)の学習センター(Learning Center)、マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital)の学習センター(Blum Patient & Family Learning Center)を例にアメリカの学習センターの現状を見てみることにする。
資料は代表的な教科書などの書籍、雑誌、教育用ビデオの他、インターネットに接続可能なパソコンが置かれている。特徴的な資料としては、ベス・イスラエル・ディーコネス病院では、肝炎、乳がんなど各種疾患の教育用パンフレットが独自に作成されている。各疾患の診断・治療に関する最新の知識が簡単にまとめられている他、学習センターで利用可能な資料のリスト、インターネットの関連サイトも掲載されている。マサチューセッツ総合病院では子供用テキストも用意されている。
その他のサービスについても、日本とは一歩進んだものが提供されている。ベス・イスラエル・ディーコネス病院では責任者がアドボカシー室室長が兼任しており、患者アドボカシーの一環として情報センターが位置づけられている。患者アドボカシーとの連携は、これからの情報室において必要性が増してくると筆者は考えている。この必要性については4章で述べる。
マサチューセッツ総合病院では、様々な言語への対応、子ども用のコーナーの設置など、情報のバリアフリーとも言うべきサービスがなされている。また、病院内外への配達サービスを行っていることも特筆すべき点であろう。このような誰でも情報が得られるようなサービス、バリアフリーを超えた情報のユニバーサルデザインもこれからの情報室の課題であろう。
スタッフは司書や看護婦、元患者のボランティアなどがヘルパーとして常駐している。アメリカではボランティアと言えどもかなりの専門的な技能を身につけた場合が多く、仕事に対する意識も高い。ボランティアの導入に関しては日本もアメリカに見習う点も多いだろう。
ii) プラントリーモデルとグリフィン病院(4)
プラントリー(Planetree)は1978年にアメリカでできたNPOである。プラントリーは患者の視点から病院モデルを作り、患者の視点からの医療サービス提供に大きな貢献をしてきている。プラントリーモデルの9つのコンセプト(5)の一つに「情報と教育によって患者を励ます」という項目がある。このコンセプトに基づきリソースセンター(情報室)を設置している。プラントリーモデルを病院全体に導入した病院として近年最も注目されているグリフィン病院(Griffin Hospital)の例を紹介する。
グリフィン病院のリソースセンターは入り口付近にあり、アクセス面は非常に良い。週に2回は夜8時まで開いており、地域に開放されている。患者・市民用と医療者用が併設されていて、患者・市民はどちらも利用可能である。そのため、患者・市民も希望すれば医学論文などを見ることが可能である。スタッフは12名のボランティアと3名の有給職員、1名の医療司書で運営している。
グリフィン病院の特徴はサテライト・リソースセンターである。サテライトはリソースセンターの出張所のようなもので、入院患者が1階のリソースセンターまで行かなくとも病棟にあるサテライトでパソコンでの検索などが可能なのである。情報へのアクセスの手段を増やす、患者への負担を軽くする、という意味で、このようなサテライトの試みは重要である。
グリフィン病院の特徴のもう一つは資料の検索法である。前述のベス・イスラエル・ディーコネス病院でも独自のパンフレットを作成し、それによりセンター内の資料が検索できるようになっていたが、グリフィン病院にも似たようなシステムで「情報パッケージ」がある。病名ごとに数字が割り振ってあり、その数字の棚を見れば必要な資料が入手できるシステムとなっている。資料は近年はwebからの情報が多い。このパッケージは看護師が作成している。更にこのパッケージの特徴はきめ細かい情報が提供されているということである。例えば、「糖尿病」だけでなく、「糖尿病と食事」「糖尿病と妊娠」とキーワードが細かく挙げられている。
このように、グリフィン病院のリソースセンターではプラントリーモデルを基にして、患者・市民が情報を得られるようなきめ細かいサービスを行っている。
プラントリーモデルについて、もう一つ特徴的なことは予算である。プラントリーに加盟するには初年度が2万ドル、次年度からは1万5000ドルが必要である。このような直接に医療行為=診療報酬に結びつかない事業は日本ではお金をあまりかけない傾向にあるが、プラントリーがアメリカで(プラントリー・カナダも1999年に設立)事業としてなりたっているのはそれだけのメリットがあるからである。
一つはプラントリーモデルを導入することで患者サービスの向上につながるからであるというのが当然である。プラントリーからのコンサルティングの他、プラントリーモデルを導入した病院からのアドバイスを得たり、逆に自分の病院のモデルを提案するといった、ネットワーク作りにも役立っている。
もう一つはプラントリーモデルを導入することが、利益につながるからである。プラントリーというブランドを手に入れることで競合病院との差別化を図ることができる。プラントリーモデルの導入→顧客の増加→利益とつながるのである。
このようなビジネス的な視点は日本の医療界ではタブー視されている傾向にある。しかし、ビジネス的な視点を導入し競争を促すことで、利益をあげることだけでなく、患者サービスの向上も望める。重要なのはビジネス的視点を「利益のために」ではなく、「患者中心の医療を実現するために」利用することだと筆者は考えている。