優しき挑戦者(国内篇)

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(27)「Cネットふくい」は、仕事で元気

 「真のボランティアは、自分がボランティアであることに気づかない」
 法則づくりが趣味の私の17年前の"作品"です。ノーマライゼーション思想の父、N.E.バンクミケルセンを病床に訪ねた時にヒラメいたのです。

 彼は、大学生の時、"命がけのボランティア"であるレジスタンス運動に身を投じ、強制収容所に囚われの身となりました。
 その経験が、「どんなに知的なハンディキャップが重くても、人は、まちの中のふつうの家に住み、仕事や余暇を楽しみ、友人、恋人、家族をもつ"ふつうの暮らし"をする『権利』があり、社会はそれを実現する『責任』がある」という1959年の法律制定の原動力になったのでした。

■後継者不足解消にも貢献■

 このノーマライゼーション思想を日本で現実のものにしつつある「Cネットふくい」、その牽引車である松永正昭さんは、"法則"を地でいく人物です。
 下の図をごらんください。福井県内の全領域に、知的なハンディを負った人500人の仕事の拠点14カ所をつくり、スタッフを育てあげました。1991年から15年をかけてです。

図

 仕事の内容も、使っている制度も実に多彩です。福祉工場、授産施設、通勤寮、デイサービスに加えて、農業後継者育成事業の農業生産法人……。
 農業生産法人のオーナーは、重度の障害をもった人たちです。1人が100万円づつ出資し、年10万円の配当を手にします。

看板

 福井県のあわら市の田園地帯を車で走ると、左のような看板に、たびたび出会います。

福井県特別農産物栽培農産物認証圃場
地域に貢献する農業を目指して
有限会社 シーネット坂井

 働き手は様々なハンディのある人々で、プロの農家の助言のもと、右の写真のように、楽しげに稲作づくりに励んでいます
 化学肥料と農薬を極力ひかえている上に、刈り取ったコシヒカリは、いまでは珍しい天日乾しをするので、味も、安全性も抜群。
 これを注文に応じて配達します。
 餅や餅菓子にも加工。ワラは、雪で農作業ができない時期の縄加工の原料になります。
 柿と梨450本の手入れと収穫もまかされています。

■新製品を続々開発■

 稲を刈り取ったあとには、大豆や蕎麦を植えます。大豆は別の拠点で豆腐に変身します。後継者不足に悩む老舗の豆腐屋さんが設備を提供、秘伝を伝授してくれます。
 豆腐を作ったあとに残るオカラの活用法もみんなで智恵をしぼりました。下の写真のように、おからコロッケ、オカラうどん、イソフラボンの効能をうたった「うの花茶」が生まれました。

おからコロッケ オカラうどん この花茶

 それでも残ったオカラは有機肥料に。この肥料で、菊や野菜を育てて直売します。菊は品評会で賞をとる出来ばえです。

 パンも様々に工夫しています。
 若狭の焼さばパンは、マヨネーズ、しょうが、バジルで臭みを消しました。高浜名物を巻き付けたチクワパン、お年寄りが一口で食べられるプチバン……とアイデアはとどまるとこを知りません。
 売り方にも工夫をこらしています。
 ショッピングセンターの一角でつくって、「焼きたてほやほや」をセールスポイントにしたり、(下の写真左)店と交渉して空きスペースを借り受けたり(中)、街頭に進出したり(右)、街の小さなパン屋さんを譲り受けたり……。

■地域に寄り添って■

海のシルクロード

 最近のヒットは「海のシルクロード」と名づけた天然塩と、中学校の給食づくりへの進出です。
 天然塩を考えたのは、学生時代にCネットふくいを訪ね、魅入られたように就職した、いまは福祉工場長の鶴田一成さんでした。
 小浜市内で見かける「御食国(みけつくに)」が気になって調べ、平城京に塩を送り続けていた若狭の歴史を知りました。市内の海水を汲み上げて調理場で煮詰めてみると、キラキラ輝く結晶が現れました。
 ここでは近所のお年寄りが火加減を見にきて「生きがい」と言ってくれています。まろやかな味がセールスポイントです。

 この4月には、新設の中学校の隣で、給食づくりの工場が動き始めました。
 日替わり2種類のメニューから選んでもらう方式です。塩はもちろん、特製の天然の塩が使われます。
 全校生徒と全職員が1堂に集まるランチルームの何処からも見える場所に、「こんにちわ」「わたしたちがつくっています」という言葉とともに、11人の笑顔が顔が並んでいました。

 CネットふくいのCはコミュニティーのC。「地域と寄り添って」が、モットーなのです。

■企業の"よき文化"をもちこむ■


 ここまでお読みになった皆さんは、Cネットふくいの実践が、従来の「福祉」と、どことなく違うことに気がつかれたことでしょう。

@顧客のニーズを先取りする
Aムダを可能な限り省き、廃物を出さないようにしてコストを下げる
B働く人の持ち味を生かした働き方を工夫し、心身の健康に気を配る
 つまり、成功している企業の文化が持ち込まれているのです。
 知的なハンディのある人が気軽に入力できる右上の写真のようなタッチパネルで心身両面の健康を毎日見守る仕組み、知的なハンディのある人に分かりやすい右下のような手順の掲示もその1つです。

 実は、松永さん、本業は、太陽電池など電気関係の施工をする会社の社長さん。27歳のとき、倒産した会社の再建を任されて以来苦労を重ねた、経営のプロなのです。
 Cネット専務理事の仕事は無報酬。
 この世界との縁は、重いハンディを負った子の父となったことでした。
 「だれでも働いて社会保険に加入し、誇りをもって地域の中で働ける、それを証明したかったのです」

大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』9月号より)
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