優しき挑戦者(国内篇)

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(29)運転に聴力は必要ですか?運転免許とケッカク条項

 「ケッカクジョウコウ」と聞いたら、何を思い浮かべますか?
 「えっ、結核?」
 朝日新聞で社説を書いていたころは、同僚からよく間違えられたものです。
 欠格条項とは、たとえば、障害がある人に対して、十把ひとからげに「できっこない」「危険」と決めつけ、可能性をはじめから否定する、法制度のバリアです。

 障害だけではありません。たとえば、日本の女性は1945年までは、「女に生まれた」という、ただ、それだけの理由で、参政権がありませんでした。国籍による欠格条項もあります。欠格条項は今も様々な分野に残っています。

 聴覚障害のある臼井久実子さんがコツコツと集めていた欠格条項の情報をもとに、1999年、障害者の欠格条項をなくす会が旗揚げしました。
「もうやめよう!あれもダメ、これもダメ」(1999年)
「試験に受かってもダメなの? 門前払い、なぜ」(2000年)
「あきらめから挑戦へ、開かずの門をこじ開けよう!」(2001年)
「門は開いた!でも中に入れない?」(2005年)
 若者たちが知恵を絞ったタイトルのシンポジウムを開いて、社会にアピールしてきました。
 海外にもアンケートをして『欠格条項にレッドカードを』や『Q&A 障害者の欠格条項』も発行。省庁にも一目おかれる存在になりました。

写真@

 ことしは全日本ろうあ連盟(全日ろう連)と全日本難聴者・中途失聴者団体連合会(全難聴)と合同で「聴覚障害者と運転免許アンケート」を実施。それをもとにした公開シンポジウム「運転に聴力は必要ですか?」を10月15日開きました。
 コーディネーターの松本晶行さん(写真左端)は8歳のとき聴力を失ったのですが京都大学を卒業し64年、ろう者として初めて司法試験に合格。「ろう者に運転免許を与えない道路交通法は憲法違反」という裁判などに弁護士としてかかわってきました。

 左から2番こちらを向いて笑っている黒崎信幸さんは7歳で、まったく聞こえない身になりました。
 けれど、"聞こえるフリ"をして免許を獲得。毎日かかさず運転して、50年間無事故無違反なのが自慢です。車がないと買い物もできない土地に住んでいるので、近所の人をしじゅう乗せているのですが、「誰も乗るのを怖がったりしませんよ」とユーモラスに語りました。

グラフ@

 耳が聞こえない人々にとって、この日の発表は意外な事だらけでした。
 たとえばグラフ@は、3団体で昨年暮れから行った1475人調査をもとにつくった「補聴器を使わない理由」です。補聴器をつけることを条件に運転免許をとった人も、「運転の邪魔になるから」とはずしていました。
 近視の人は眼鏡をかければよく見えるようになるのですが、補聴器は雑音や不要な音も拡大するので頭痛のもとになるのです。

 「ほとんど使わない」理由は、「音がなくても運転できる」が最も多く、「音がないほうが運転に集中できる」「騒音で疲れる」も相当数ありました。
 つまり、補聴器は安全な運転にとってマイナスになる場合もあるのです。運転者が、その状況で補聴器が役に立つか、マイナスか、判断しながら運転していることがうかがわれます。実際に運転している聴覚障害者と、免許を与えている行政機関の認識の違いが浮き彫りにありました。

グラフA

 グラフAは、聴覚障害をもって運転している人の実感です。運転に必要な情報は視覚がほとんどを占めるので、「安全性に問題はない」という答えが大半でした。

 参加した人々からも様々な経験が語られました。
 たとえば、「耳が聞こえる人も聴覚は使っていない」という意見。
 音楽を聴いたり冷暖房の効率を上げるため窓をきっちり閉めているからです。
 「幼稚園児の列に突っ込んで痛ましい事故を起こした人は、音楽を聴くためのカセットをとろうとしたために運転を誤った。聞こえる人の方があぶない」
 「酔っても平気で運転するような性格の人をチェックすることの方が大切。危険度は、聴覚障害の比ではないのだから」
 写真左から3番目の清成幸仁さんは大学卒業の直前の事故で聴力を失いました。
 「聞こえたときには事故を起こしたけれど、聴力を失ってからは無事故です」

 最後に、3つの団体で練りに練ったアピール文を抜粋してご紹介します。
 写真のように大きな「拍手」で承認されました。腕を高く上げて、「キラキラ星」のようなしぐさをする「拍手」です。
 当日の記録の全文は以下でお読みいただけます。
 http://www.dpi-japan.org/friend/restrict/shiryo/menkyo/symposium061015.pdf

 運転に聴力は必要でしょうか?
 多くの調査研究を実施されてきましたが運転免許交付に「聴力検査」を求めることの科学的かつ合理的な根拠を未だに見いだすことができません。客観的なデータは存在していないのが実状です。
 警察庁の委託調査は、補聴器を外した状態で標準的な自動車で実験をして、安全性に問題がないことを示しています。
 非商業用の交付条件として聴力の有無を問わないのは、欧州連合(25カ国)、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、スイス、韓国など多数であり、日本と同様に制限を設けているのは、イタリア、スペインで、少数です。
 補聴器を必要とするかどうかも、人によって、また場面や環境によって異なります。補聴器をどんな時につけるかは、個人が選択できるようにすることを望みます。補助機器についても同様です。誰にとっても使いやすいワイドミラーであれば、それは聴覚障害者のみに装備するものではなく標準的な装備にしていく必要があります。
 聴力の有無より、「情報・コミュニケーション・道路交通」の環境の整備を進めること、全ての人にやさしい街を作ることが大切ではないでしょうか。
 運転免許を取得するにあたって情報・コミュニケーション保障、障害者が実質的に権利を行使できるようにするために必要な合理的配慮の実施を求めたいと思います。

写真A


大阪ボランティア協会の機関誌『Volo(ウォロ)』11月号より)
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