卒論・修論の部屋

ハンディキャップを持つ人と旅行から見えてくるもの〜草薙威一郎さんのライフヒストリーを通して〜
地家 杏奈さん

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 現在日本では、ノーマライゼーションという言葉をしばしば目にし、ハンディキャップを持つ人にまつわる国の政策は近年整備されつつある。また、少子高齢化も手伝って公共交通機関のバリアフリー化は国の掲げる重点7分野の一つ(注1)として今後積極的に推し進められていくであろう。
 しかし、ここまでの道のりは決してスムーズに作られてきたのではない。個々の具体的内容は、<4.ハンディキャップを持つ人と旅行に関する年表>で述べることにして、ここで強調しておきたいことは、この道のりが、ハンディキャップを持った人やその団体の運動や活動に押される形で簡単に推し進められてきたのではないこと。しかしまた、国が国連や外国の圧力を受けながらも協力的に推し進めてきたわけでもないこと。この両者が、お互いの活動を見張りながら常に緊張関係を保ち、働きかけ合いながら現在に至る福祉を発達させてきたのである。
 ところが、この政策や環境整備に比例してハンディキャップを持つ人の生活の豊かさが向上しているのかといえば、残念ながらそう言い切れない。ハンディキャップを持つ人に対する世間の偏見や差別といった目に見えない障壁が存在するからである。障害者白書平成12年版によれば、バリアフリーとはもともと建築用語として建物内の段差解消等物理的障壁の除去を意味していたが、93年に発表された「障害者対策に関する新長期計画」では対象となる「障害者を取り巻く4つの障壁」を掲げている。そこには、物理的なものの他に「文化・情報面での障壁」、「意識上の障壁」が挙げられ、これを除去することが真のバリアフリー社会の実現であると明記している。現在は、インターネット等を通じて簡単に必要な情報が手に入る情報化社会ではあるが、それだけ情報が氾濫しており、人々は自分が関心のあるものだけを選択することも可能になった。すると、この「意識上の障壁」が置き去りにされかねない。そこで、ここでは特にこの問題に注目し、人々の意識を変え、真にバリアフリーな社会の実現を目指すにはどのようにすればよいのかを考える。
 では、この目に見えない人々の意識をまず、どのようにして明確に問題化すればよいであろうか。私は、その好材料がレジャーとりわけその代表格である旅行ではないかと考える。なぜなら、ハンディキャップを持った人が『日常生活もままならないのにましてや非日常の旅行を楽しむなんて贅沢だ』と言われるのは、障害者の人権白書などからも容易に想像される差別だからである。そして、このような状況ですらここ10年のうちに急速に整備されつつあるハンディキャップを持つ人と旅行の関係を追うことは、この差別を顕在化させると同時にそれをいかに克服してきたかを見ることができるであろうと考えるからである。
 また一方で、ハンディキャップを持つ人の旅行というのはこれからも伸び盛りであると思われる。2001年3月現在で、およそ1兆4700億円の売上高を誇る日本一の旅行会社である株式会社JTBの統計を例にとれば、2000年度のバリアフリーツアーにはおよそ18万8千人の参加があった。ところが、このうちの大半は『一般のお客様』とは区別された団体や個人参加型のツアーである。JTBには、国内と海外にそれぞれ主力商品を持っており、我々が街中で目にする旅行パンフレット等はそれにあたるが、これら「一般パッケージツアー」のみの人数を見ると、全体が896万6千人(注2)のうちハンディキャップを持った人の参加はわずか5千人となっている。そこで、旅行会社が切磋琢磨し、今後ハンディキャップを持つ人が気軽に旅行を楽しめるようにどのような施策を考えているのかを見ることは、未だ残る社会意識上の障壁を明確にし、どのように克服するかのヒントが隠されていると考える。
 このようにして、ハンディキャップを持った人が感じる目に見えない障壁を過去、現在、未来に渡って明確にし、克服していくための方法を模索するのがこの論文の目的である。
 以上の目的を達成するための具体的方法は次に示すとおりである。

(注1)2001年4月29日発足の小泉政権は、聖域なき改革を謳い2002年の一般会計に重点7分野を掲げた。その7分野とは、環境問題への対応、少子・高齢化への対応、地域の活性化、都市の再生、科学技術の振興、人材育成・教育、世界最先端のIT国家の実現である。
(注2)この内訳は、JTBの国内トップブランド「エースJTB」756万人と海外トップブランド「ルックJTB」140万6千人である。(2000年現在)
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