物語・介護保険
(呆け老人をかかえる家族の会の機関誌『ぽ〜れぼ〜れ』、社会保険研究所刊「介護保険情報」の連載より)

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介護保険草創期と与党福祉プロジェクトチーム
1989.12介護対策検討会報告(第9話
12ゴールドプラン策定(第10話
1993.11厚生省に省内プロジェクト(第17話
1994.2細川首相国民福祉税構想を発表、撤回(第18話
4厚生省に高齢者介護対策本部を設置(第19話
4羽田内閣が少数与党政権として発足(第18話
5村山内閣が発足。井出正一厚生大臣(第35話
9社会保障制度審議会小委が公的介護保険を勧告(第29話
9与党福祉プロジェクト第一回顔合わせ
12高齢者介護・自立支援研究会報告(第20-22話
12新ゴールドプラン策定
1995.2老人保健福祉審議会が高齢者介護について審議開始
6与党福祉プロジェクト中間とりまとめ
8第2次村山内閣が発足。森井忠良厚生大臣
8老人保健福祉審議会が中間報告
12与党福祉プロジェクト第2次中間とりまとめ
12障害者プラン(ノーマライゼーション7カ年戦略)策定
1996.1第1次橋本内閣が発足。菅直人厚生大臣
2老人保健福祉審議会が第2次報告
4老人保健福祉審議会が最終報告
4与党福祉プロジェクト厚生省に試案作成を要請
5厚生省が老人保健福祉審議会に「介護保険制度試案」を提出

 介護保険物語も、いつのまにやら、第36話。
 これまでの「物語」を駆け足で振り返ってみますね。
 まず、表をごらんください。

 「介護」と名のついた日本初の公的な検討会が厚生省に誕生したのは、1989年のこと。
 当時の事務次官、吉原健二さんの苦い思いが出発点でした。
 「老人ばかりを、ただ入れただけで、過剰な注射や検査をしてやたらに儲けている病院ができてしまった。こういうものをなくさなければ」

 吉原さんは、その8年前、老人保健法制定の中心にいました。この老人保健制度から、日本独特の鬼っ子、老人病院というシロモノが生まれてしまったのです。
 介護対策検討会は、"老人病院や介護地獄がない国"デンマークの福祉サービスをモデルに、「どこでも、いつでも、的確で質の良い24時間安心できるサービスを、気軽に受けられる体制」を「住民に身近な市町村を中心に」展開すべきであると提案しました。
 財源については「公費、社会保険料、"双方の組み合わせ"のいずれにするか検討をすすめ、国民の合意形成につとめるべきである」と結論づけました。

 実は、その10年前、自民党は、北欧型福祉を否定し、家族による介護を礼賛する「日本型福祉政策」を打ち出していました。検討会の報告は、この政策に真っ向から逆らったものでした。
 にもかかわらず、それが自民党政権の救世主「ゴールドプラン」に結実したのですから、歴史は皮肉です。
 それは、介護対策検討会発足の16日後に起きた政治史上の大事件がきっかけでした。
 自民党誕生以来初めて、参院選で過半数を割ったのです。消費税をもちだしたのが敗因でした。首相も大蔵大臣も交代!!!!!!!
 検討会の提案を下敷きにした「ゴールドプラン」が、消費税の大義名分として誕生しました。

 94年2月、細川首相が国民福祉税構想を発表。ただし、わずか34時間で撤回せざるをえない状況になりました。この一部始終を見て、厚生省は、介護財源として税方式に見切りをつけました。そして、社会保険方式に舵を切ったのです。
 4月には、高齢者介護対策本部を設置。7月に高齢者介護・自立支援システム研究会(略称、システム研)をに立ち上げる準備を進めていました。

■シキタリとメンツと■

 新しい制度や法律をつくる時、日本では、次のような手順を踏むのがふつうでした。
 まず、担当省庁の中に、高齢者介護対策本部のようなプロジェクトチームを組織して大筋を決めます。続いて、システム研のような私的研究会をつくって新しい制度の方向性を示し、メディアを巻き込んで世論を盛り上げます。続いて、老人保健福祉審議会(老健審)のような、法律で定められた審議会にかけて手際よく答申を取りまとめ、法案を作成。

 次に、与党から横やりが入らないように根回しをします。
 具体的には、自民党の政務調査会の部会(たとえば社会部会)で局長が説明。質疑をくぐり抜けて部会了承となると、政務調査会審議会(政審)で部会長が法案を説明。総務会の了承をえて、閣議決定、国会への法案提出。これが、自民党単独政権の長年のシキタリでした。
 厚生省の当初の筋書きは、95年のうちに老健審報告、96年1月からの通常国会に法案を提出、97年に施行、という段取りでした。
 そこに「まさか」という事態が、なんと、2つも持ち上がりました。

 まず、システム研の発足を目前にした5月、社会党委員長の村山富市さんを首相に迎えた「自・社・さ政権」が誕生しました。
 自民単独政権の下での法案提出のシキタリが土台からひっくりかえってしまったのです。
 介護保険の成立を願う厚生省の面々は、社会保障制度審議会(制度審)の将来像委員会に望みを託しました。制度審は、隅谷三喜男さんを会長にいただき、珍しく役所の操縦がきかない格式ある審議会です。それだけに、影響力が強かったのです。
 勧告そのものは9月にずれ込みましたが、6月には新聞が特ダネとして報じ、介護保険制度への社会の関心は高まってゆきました。
 7月、システム研発足、12月には北欧を手本にした介護のシステムと名前はドイツと似た介護保険の財源方式を提案しました。

 ここで、もう1つの番狂わせが起こりました。
 翌95年2月に開いた老健審の委員が、メンツをつぶされた、とヘソを曲げてしまったのです。「システム研報告は審議会無視の越権行為だ」というのです。
 その上、委員の間の意見の対立は日を追うごとに深刻になってゆきました。
 保険料負担と徴収方法、事業主負担の是非、保険者、被保険者の範囲、現金給付の是非をめぐって、市長会、町村会、健保連、国保中央会、日経連、連合、自治労、有識者の意見が食い違うのです。(詳細は後の号で)

■救いの神、与党福祉プロジェクト■

 当時渦中にいた"介護保険の鉄人"、香取照幸さん(いまは雇用均等・児童家庭局総務課長)は述懐します。
 「介護保険の創設っていうのはトータルなシステムリフォームです。措置から契約へ、国から市町村へ、介護報酬のあり方、ケアマネージメントの創設、財源構成の変更、これに医療保険もからんでくる。それをいっぺんにトータルにつくりあげなければならない。それはそれは大変なことで、審議会は星雲状態でした」
 95年8月に「中間報告」、96年2月に「第2次報告」。
 ただし、制度の骨格部分についての意見の溝は深まるばかりでした。

 市町村を保険者にする意見が多数を占めたものの、肝心の市町村の委員は国営を主張しました。保険料負担については、日経連の委員が事業主負担の義務付けに納得しません。
 被保険者の範囲も意見が分かれたまま。家族介護を評価する介護手当についても激論が闘わされました。96年4月の最終報告では、両論併記や多併記でなにがなにやら分からないグジャグジャ報告になってしまいました。

 このピンチを救ったのが、なんと、与党福祉プロジェクトチームでした。
 村山連立政権で、連立与党の間の政策調整役に位置付けられた5つの組織の一つです。

 9月、高齢者介護問題について議論を始め、95年6月には「高齢者介護問題に関する中間まとめ」、12月には「第2次中間まとめ」。老健審内の意見が対立が激しくなった96年1月ごろからは、強いリーダシップを発揮するようになりました。
 96年月の「介護保険制度の試案作成に当たっての基本的視点」もその1つで、その後の議論をリードしていくことになりました。

 プロジェクトチームは、自民3人、社会2人、さきがけ1人を基準に構成され、座長は2カ月づつの持ち回りでした。写真は、左から、衛藤晟一(自民党)、五島正規(社会党)、荒井聡(新党さきがけ)の3座長です。
 3座長のあいだに生まれた、党派も信条を超えた不思議な友情、戦略については次号で。

座長(自民党)衛藤晟一さん 座長(社会党)五島正規さん 座長(新党さきがけ)荒井聡さん

与党福祉プロジェクトチーム1996.4.26資料
〔要請書〕

 急速な高齢化の中で介護問題を解決していくためには、新たな介護制度を創設することが求められている。このため、与党福祉プロジェクトチームとしては、当チームとの調整を図るため厚生省に対したたき台として介護保険制度に関する試案を作成し、提出することを要請する。当チームとしては、この試案を基にさらに審議を重ね、国民的議論の中でコンセンサスを得て法案化を進めることとしたい。
 その際、特に次の点に留意して試案を作成されたい。

1. 国民負担のあり方や社会保障制度の効率化、公平化の措置を含め社会保障全体の道筋を示すこと
2. 保険者については、まず、市町村の不安を払拭するため財政不安の解消、事務体制の整備、広域化等具体的な対応策を十分に検討すること
3. 介護サービス基盤整備の着実な実施のための方策を明らかにすること
4. 費用は、国、地方公共団体、事業主、高齢者及び現役世代等が納得できるような確実かつ公平に分担するための理念、方策を明らかにすること。
 また、この際あわせて、民間事業者や住民参加型組織の活用、文教施設等の介護施設への転用、十分な準備体制の整備にも留意されたい。

介護保険制度の試案作成に当たっての基本的視点

与党福祉プロジェクトチーム
自由民主 党座長 衛藤 晟一
社会民主 党座長 五島 正規
新党さきがけ 座長 荒井  聰

1. 老化に伴って生じる介護ニーズに適確に応えられる効率的で公平な、負担と受益のバランスのとれた利用者本位の制度とすること。
2. 制度構成は、地方分権という時代の流れを踏まえたものとすること。この場合、市町村に財政・事務両面で過度の負担をかけないための必要な措置を講じること。
3. 高齢者、現役世代、事業主等が納得して費用を負担できるような方策を講じること。また、将来にわたって保険財政が安定するような措置を盛りこむこと。
4. 社会的入院の解消及び施設間の利用者負担の適正化等を進めつつ、国民負担が過度にならないよう努めること。
5. 介護サービスが充実するよう、現物給付を原則とすること。特に、マンパワーの養成確保及び施設整備の促進について配慮すること。
6. 規制緩和を進め、多様な民間事業者の参入を促し、介護関係の市場の拡大につながる制度とすること。また、民間保険との適切な連携がとれる給付設計とすること。
7. 施行までの間に、十分な準備ができる期間をとること。また、実施に当たって市町村等の不安を少なくするとともに施設整備の状況等を踏まえ、段階的な施行を検討すること。さらに、施行後一定期間内に介護を巡る諸状況の変化を踏まえ、制度を全面的に見直すこと。

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